◇130 歳末参り
先行したエステルの弾くゆっくりとしたベースのリズムに合わせて、私はギターを弾き始める。
曲はベン・E・キングの『STAND BY ME』。言わずと知れた近代音楽に燦然と輝く名曲だ。
1980年代には青春映画の主題歌にもなった。
この『STAND BY ME』は、曲としての完成度が高いだけでなく、初心者にも弾きやすい曲として有名である。もちろん弾きやすいだけで、様々なテクニックを駆使しなければ、高い完成度にはならないのだが。
それでもこの、なぜだか郷愁を誘うリズムと優しいメロディは、演奏していてなんともいえない充実感を与えてくれる。音楽っていいな、と思わせてくれるのだ。
「はい、大変けっこうです。だんだんと上手くなってきてますね。サクラリエル様は後半にいくつかミスがありました。エステル様は常に同じリズムをキープするように心がけて下さい」
演奏を終えるとパメラ先生から厳しいお言葉をもらう。確かに私は後半ミスが多かった。一度ミスると慌てちゃって、立て直そうとまたミスるんだよね……。
「一人で練習している時より、やっぱり一緒に合わせた時の方が楽しいですね!」
エステルが笑顔でそう言うが、彼女の方はほとんどミスはなかった。あっという間に抜かされてるなあ……。いや、ベースとギターを比べても仕方ないのだけれども。
「もっと練習して、新年の宴にちゃんと演奏できるようにしましょうね」
「はい!」
「はーい……」
元気よく答えるエステルとは違い、私はちょっと陰鬱な返事をしてしまった。
『新年の宴』とは、新たな年になったことを祝うパーティーのことである。ただ、パメラ先生の言っている『新年の宴』とは、お城で開かれる新年パーティーのことではなく、身内で開くパーティーのことだ。
今年は我がフィルハーモニー公爵家で、『皇王派』の貴族たちを集めて行うことになったのだが、その席で私たちの演奏会も決定されてしまった。
まあいつかは人前で演奏しなきゃならないのだから、初めは身内ばかりのパーティーの方が気が楽だろうという親心……かもしれんが、どんな状況だろうと人前で演奏なんて緊張するに決まってるよ……。
なんとかミスをしないで最後まで弾けるようにならないとなあ……。前世はもっと上手く弾けたと思うんだけども……。子供の身体だからかしら?
「ベースとギターだけだと少し寂しいかもしれませんね。やはりドラムやキーボードが欲しいところです。やはり新年の宴では私が……」
「あの」
先生の言葉を遮るように、たまたま私たちの授業を椅子に座って見学していたビアンカが声を上げた。
「その、ドラムなら私にやらせていただけませんか?」
「ビアンカ?」
え? ドラムやるの? ビアンカが?
「サクラリエル様のお店で叩いた時、なんとなく私はこっちの方が合ってるのではないかと……」
確かにドラムを叩いていたけど……。ビアンカってフルート習ってたんじゃなかった?
「元からフルートはあまり向いてないと言われてましたし。一、二曲吹ければうちのお茶会では問題なかったので……」
あー……。ビアンカのところは完全に騎士爵仲間のお茶会だろうからね……。武人系の家が多いから、そもそも音楽に重きを置いていないのか。
「それと、キーボードなら律ができるかもしれません。先輩のメイドたちに教えてもらって、簡単な曲なら弾けるようになってました」
「えっ、律が?」
その言葉に私は驚いて、ビアンカの横に座っていた律を思わず見てしまった。
確かにうちの音楽室は使用人にも解放されていて、申し出れば誰でも使えるようになっている。
うちの使用人はもともと貴族の出が多いので、楽器を弾ける者が多いのだ。律が先輩メイドから楽器を習っているのは耳にしたけど、そんなに早く弾けるようになったのか。
試しにと律にキーボードを弾いてもらうと、たどたどしくも、簡単な練習曲をちゃんと弾けるようになっていた。え、まだ習い始めてそんなに経ってないよね!? 覚えるの早くない!?
ビアンカにもドラムを叩いてもらったが、こちらも荒々しいけど一応形にはなってる。
「いいですね。ではこの四人で楽団を組んで練習してみましょうか」
「え、と……。私も入っていいんでしょうか、サクラリエル様?」
パメラ先生の提案に自信がないのかおずおずと尋ねてくる律。貴族の生まれでもない自分がいいのか、ということだろうけど……。
「大丈夫。他所の家のパーティーにお呼ばれして演奏しに行くわけじゃないし、身内ばかりだから問題ないわよ」
そう、問題ない。問題ないのだが……。これはよっぽど練習しないと、あっという間に抜かされて、私が一番ヘタクソになりかねないぞ……。
こうして私たちは四人でバンドを組むことになった。『悪役令嬢ズ with ヒロイン』なんてバンド名が付きそうだな……。
◇ ◇ ◇
だんだんと年の瀬も近づき、お父様はお城の式典の準備などで忙しく、お母様は新年の宴の用意で慌ただしい。
地球ならもう少しでクリスマスというところだ。が、あいにくとこの世界にクリスマスという風習はなく、ケーキを食べることも、サンタがプレゼントを持ってきたりもしない。
その代わりといったらなんだけど、今年一年を無事に過ごせたことを神々に感謝する『歳末参り』という習慣がある。まあ、教会に行ってお祈りをするってだけなんだけど。
日本でいう『年末詣』みたいなものらしい。貧民街じゃなかったな、そんな行事。教会がないから当たり前かもしれないけどさ。
今年はいろいろあったな……。あったというかありすぎだよ。
育ててくれた薬師のお婆さんが亡くなって、公爵家に戻ってきて、『ギフト』をもらって、【聖剣】を授かって暗黒竜を倒した。
他にも魔剣の黒騎士を倒したり、領地に行って伝染病を防いだり、秋涼会で帝国の皇女たちと友達になったり……。この一年、濃すぎるでしょ……。
来年は平穏な1年になればいいなと思うけど、いろんな破滅フラグがまだ残っているし、そう簡単にはいかない気がするなぁ……。
とりあえずはパメラ先生の死を回避しないといけない。
ここ数日は『新年の宴』に向けてみんなで楽器を練習をするという名目があるから、パメラ先生には毎日会っている。
今のところ特にこれといった事件は起きてないようだ。年が明けてからなんだろうか? いや、油断は禁物だ。
「サクラちゃん、もう行ける? 用意できた?」
「あ、はい。行けます」
ドアから顔を覗かせたお母様に返事をしながら、私は律に桜色のダウンジャケットを着せてもらう。
公爵家は今日『歳末参り』をするのだ。
『歳末参り』はその年の最後の一週間に神殿にお祈りに行けばいいのだ。地球で言えばクリスマスから大晦日の間に行けばいいってわけ。
さっさと終わらせてしまおうと、公爵家はもう初日に行こうということになっている。
なんとか半休の休みをもぎ取ってきたお父様とお母様、そして私の三人と琥珀さんを乗せて、公爵家の紋章の入った馬車で一路教会へと向かう。
やがてケルン大聖堂にそっくりな第一区の教会が見えてきた。
懐かしいな。あそこで『ギフト』を授かったのが、もう何年も前のように感じるよ。実際は一年も経ってないんだけども。
教会前にはいくつかの貴族家の紋章が入った馬車が並んでいた。ウチと同じく、さっさとお参りを済ませておこうというせっかちさんだな。
ここ一区の教会は基本的に上級・中級貴族が訪れるから、上級貴族は王家に公爵と侯爵、あとは辺境伯、中級貴族は伯爵と子爵になる。まあ、第一区に居を構える中級貴族はよほど羽振りがいいところなので少ないが。
社交シーズンなのでほとんどの貴族は皇都に出てきているが、お祖父様のような辺境伯は領地にいることが多いため、領地の教会の方で『歳末参り』をするけどね。
馬車を降り、教会の中へと入る。
前回『ギフト』を授かった小部屋とは別の方へ進むと、荘厳な礼拝堂へと辿り着いた。
正面には美しいステンドグラス、壁際には複数の祭壇が並び、彫像や絵画などが飾られている。
正面の祭壇にはそれを囲むように九つの柱が立ち、美しい女神様の像が飾られていた。
あれって『創世の九女神様』だよね? 私が会ったことがあるのはリンゼヴェール様、サクラクレリア様、リーンベルテ様、ユミナリア様の四神だけだけど、どれも似てない感じだな……。いや、綺麗は綺麗なんだけどね? なんというか特徴がない。
特に胸のあたりが……。リーンベルテ様とユミナリア様はもっとこう……慎ましかったような。盛られてる?
『似とらんな』
「しっ!」
ぼそっと琥珀さんが呟いたのを私は唇に指を立てて黙らせる。
教会の関係者は琥珀さんが神獣だということを知っている。さっきから遠巻きに熱い視線を送ってきているからね。
その琥珀さんが『似ていない』なんて言ったのを聞かれたら、間違いなくあの女神像は撤去されて新しいものを作ることになる。
幸い、聞かれてはいないみたいで私は胸を撫で下ろした。
聞かれていたら女神様がどういう容姿か延々と質問される羽目になったところだよ。琥珀さんが。
まあ、女神様に会ったことがない以上、想像で作るしかないんだろうし、こういう感じになっても仕方ないんだろう。
福音王国にいる聖女だって声しか聞けないって話だしね。
礼拝堂の中にはすでに別の貴族の人たちが何人かいて、一心に祈りを捧げていた。
「いいかい、サクラリエル。女神様に跪いて祈るんだ。そして、この一年のことを思い出し、無事に過ごせたことを感謝するんだよ」
「わかりました」
神社での二礼二拍手一礼みたいな礼拝作法かな? お父様とお母様に従って、跪き、両手を合わせて目を瞑る。
えーっと、今年一年無事に……無事? うん、まあ、無事に過ごせたことを感謝します。
なにとぞ来年もよろしくお願い致します……って、新年の挨拶みたいになっちゃったな。
「まあ、あけましておめでとうにはまだ早いのう」
「え?」
知らない声に私が目を開くと、見覚えのある美しい庭園の景色が飛び込んできた。
目の前にある大きなガゼボには、サクラクレリア様、リンゼヴェール様、リーンベルテ様、ユミナリア様ともう一人、金髪ロングウェーブのちょっと背の低い女の人がいた。少しユミナリア様に似てるな。
「初めましてじゃな。わらわはスゥティアラ。よろしくの」
「ああ、ハイ、よろしくお願いします……」
あ、やっぱり九女神様だ。万物の命を慈しむ生命の女神、スゥティアラ様。
というか、なんで私、ここにいるの……?




