◇128 それぞれの冬
「取った! 私たちの勝ちだ!」
「くそっ! やられた!」
ビアンカが旗を掲げ、その勝利に喜び、ジーンが悔しげに雪玉を地面に投げつける。
男子チームと女子チームの雪合戦は我ら女子チームに軍配が上がった。ま、向こうはエリオット、ジーン、リオンの三人で、こっちは私、ビアンカ、律、エステルの四人だから、初めから人数的に有利なんだけどね。
「リオン! もっと粘れよ!」
「無理言わないで下さいよ! 僕一人で三人を相手にできるわけないでしょ!」
ジーンが早々に脱落したリオンを責めるが、それは酷ってものだ。
私たちは試合開始直後から、まずは運動神経の鈍いリオンをターゲットにし、集団で攻めたのだから。相手のウィークポイントを攻めるのは戦の常套手段よ。
ジーンが助けに行こうとしたが、ビアンカがそれを阻み、リオンはあっさりとやられてしまった。
こうなるともう二対四。倍の数を相手にしなければならない。男子チームはだんだんと攻められて、隙を見たビアンカが相手チームの旗を奪取したのである。
「女相手にハンデだなんだと言ってたが、負けたなあ? どうしたジーン?」
「ぐぬぬ……! もう一回だ! 今度は勝つ!」
ビアンカがジーンを煽ってる。まあ仕方ないか。そもそも三対四でいいと言い出したのはジーンなのだ。女が相手だから一人多いくらいの方がいいと。
これにカチンときたのがビアンカと私。容赦ない作戦を立案し、実行に移した。
ジーンは確かに命中率もいいし、肩もいい。たが、ビアンカだってそれに負けてはいない。ならジーンをビアンカに抑えてもらって、その間に三人で一人に集中攻撃してしまえ、となったわけ。
「この雪合戦という遊びはなかなか面白いですね。ちゃんとルールが決められていて、作戦を立てる必要がある」
その後、何試合かした後に休憩が入り、休んでいたエリオットがそんなことを口にした。
こっちの世界にも雪玉を投げて遊ぶことはあるらしいが、明確なルールまではなかったからね。
まあルールといっても、雪玉が当たったらアウトでエリア外に出る。時間以内に旗を取るか全滅させたら勝ち。時間切れの場合は残っていた人数で勝敗を決める。それくらいのものなんだけど。
「もっと多い人数で、陣地を自由に構築してからやるとさらに面白いんだけどね」
「それは面白そうですね!」
「いいな! 今度は騎士団の従卒連中とやってみようぜ!」
私の話にビアンカとジーンがノリノリで話している。確かに騎士団での訓練にもなるかもしれないね。
「運動したら暑くなっちまった。このダウンジャケットっていうのすごくあったかいな」
あちー、と言いながら、ジーンが着ていた赤いダウンジャケットを脱ぐ。身体から熱気が出てるよ。汗が冷えて風邪ひくぞ?
あのダウンジャケットはフィルハーモニー公爵家で発売した商品だ。すでに貴族の中で話題になり、飛ぶように売れているとか。
ここにいるみんなもそれぞれ好みのダウンジャケットを着ている。軽くて動きやすいからみんな気に入ったみたいだ。
エステルのユーフォニアム男爵家からも、庶民向けのダウンジャケットが売りに出されている。こっちもそこそこ売れているようだ。まだまだ知名度が低く、商人や一部の富裕層がメインみたいだけど、そのうち一般の市民にも浸透するだろう。
この冬は皇都だけしか売れないかもだけど、次の冬は全国展開を狙いたいね。まあ、来年には類似品が出回りそうだけど……。
「しかしこれだけ雪が積もったら、都民は大変ですね……」
「一区や二区はいいけど、三区や四区はまだ除雪が終わってないらしいよ」
リオンとエリオットの会話を聞きながら、私は確かにこの雪では大変そうだ、と思った。
皇都は一区から四区まで分かれているが、一区や二区の道はすでに魔法使いたちによって除雪が進んでいる。
火魔法の使い手が雪を溶かし、水魔法の使い手がそれを水路に流す。貴族が住む一区と二区はこのように魔法によって除雪されるが、三区や四区はそこに住む人たちの手作業だ。時間も手間もかかる。
「融雪剤があればねえ……」
「サクラリエル様、融雪剤とは?」
「え?」
ぼそっと呟いた私の言葉に、リオンが食いついた。眼鏡の奥の目がギラギラしている。やべ、口が滑った。
「言葉からするに、雪を溶かす薬のようですが、ただのお湯とかではないんですよね? 何か特殊な効果が?」
「え、えっと、確か塩を基本にいろんな薬剤を混ぜたもので、氷を溶かして水にするけど、その水はなかなか凍らないようになる……だったかな?」
「凍らない……? 凝固点が下がるということですね? 確かに食塩水は凍りにくい……。なるほど、それを利用して……」
リオンがぶつぶつとよくわからないことを呟き始めた。ううむ、大丈夫かね? 【薬剤生成】というスキルを持つリオンだ。融雪剤も簡単に作りそうだが……まあ、悪いことじゃないよね?
幸いにもこの世界は、砂糖とは違ってそこまで塩は高価なものじゃないし。
ううむ、でもトロイメライ子爵家で融雪剤を開発されて大儲けされたら、それはそれでちょっと悔しいな。アイディア料くらい貰えんかね?
「帝国の方はもっと積もるんだそうですよ。今年の冬は厳しいらしくて……」
「なに? 婚約者から手紙が来たの?」
「えっと……ええ、まあ」
ニタニタとした笑みを浮かべた私の言葉に、エリオットは照れたように答える。まあ、知っていたけどね! 私のところにも届いたから。
帝国は皇国よりも氷の精霊が多く棲んでいるようで、ここより冬は厳しい。
カリンバ山脈を挟んで東に位置する帝国とは、冬の間、雪で完全に流通が止まってしまう。まあ、止まってしまうのは山脈を抜けるルートだけで、もう一つ、北側からぐるりと海を回る海洋ルートは冬でも流通しているんだけども。
ただ、海洋ルートだと距離も遠く、コストもかかるため、商人的には美味しくないんだそうだ。
もともと帝国とはそれほど交易をしていなかったが、エリオットとリーシャの婚約によって、今後は交易が盛んになるかもしれない。
交易のことを考えると、山脈ルートをさらに拡大したいところだけど、それは帝国からの侵攻を容易くしてしまうことになりかねないからな……。
リーシャからの手紙によると、兄である第一皇子、つまり帝国の皇太子殿下は、私が渡した【聖なる奇跡】ポーションで完全に復活したそうだ。とても病み上がりとは思えないほど体力も戻り、今までが嘘のように健康になったらしい。
あらためてエステルの『ギフト』の凄さに驚く。死んでさえいなければ、時を戻したかのようにベストな状態へと回復させるのだ。
やったことはないそうだが、たぶん部位欠損も治せるんじゃないかな……。まあ、エステルにはかなりの負担を強いるとは思うから、おいそれとは頼めないけど。
おかげで皇太子殿下、およびその母である正皇后、そしてその実家である公爵家にはとても感謝されているらしい。実際は私のおかげじゃなくて、エステルのおかげだからものすごく後ろめたい……。
皇太子派が親皇国派に傾いたことで、帝国内でのパワーバランスは一気に変わった。
有利だった第二皇子、皇帝派が押しやられ、急速に力を失っていってるとか。
その状態ではとても皇国にちょっかいをかけている暇なんかないだろう。しばらくは平和な時間が過ごせると思う。
さすがに皇太子殿下とレティシア皇女のタッグとはいえ、帝国の実権を握るのはそう容易くはないだろう。皇帝も健在だし、昔ながらに皇国を敵視する貴族も多いしね。
リーシャの環境もだいぶ変わったようだ。あの殺風景な塔からレティシア皇女の宮に移り、皇太子ともよく話をしているのだという。優しいお兄さんとお姉さんができてよかったよね。まあ元から兄姉ではあったんだけどさ。
ちょっとだけ気になったのは例の俺様皇子である。
同腹ということもあり、やはり第二皇子の方に身を寄せているらしく、レティシア皇女の性格矯正教育はうまくいっていないようだ。
幸い、リーシャと顔を合わせることもあまりなくなり、会ったとしてもいつもレティシア皇女がそばにいるため、前のように罵られたり暴力を振るわれたりといったことはないみたい。
だけどこのままだと、ゲームで出てきた俺様皇子ができあがってしまうかもしれないなあ……。いや、もっと酷くなってるかも。
エステルに壁ドンして『おもしれー女』なんてセリフを吐かれたら、間違いなく殴ってしまうな、私。
というか、エステルも黙っちゃいないと思う。エステルは母親であるユリアさんに剣術を習い、護身術も習っている。
そんな馬鹿皇子が寄ってきても軽く捻ってしまうだろう。あの皇子、ゲーム中でも実力はあまりなかったし。
なんでもかんでも都合いい未来にはならないか……。
歴史の強制力、なんてものがあるとは思えない。まだ未来は決まってないはずだ。リンゼヴェール様も運命は自分の力で切り開くものだって言ってたし。
パメラ先生の事件は私の破滅する運命には何ら関係はない。だけどそれを知って放っておけるほど、私は割り切れた人間じゃないからさ。
なんとしてでもパメラ先生の危機をいち早く感知して、ジェレミー先生が『間に合う』ようにしなければ。
例の転移シーリングスタンプがあれば、すぐにジェレミー先生にパメラ先生の危機を知らせることができるはず。
パメラ先生につけた琥珀さんの部下(?)からは、今のところ特に変わったことは報告されてない。だけど油断は禁物だ。
この冬はだいぶやきもきする冬になりそうだな……。




