◇124 決意を新たに
時期はこの冬だとして、パメラ先生の死因はなんなんだろう? 急げば間に合うってことは病気ではない? いや、病気でもそれを治す特効薬をジェレミー先生が運んでいた、とかならあり得るけど……。
「サクラリエル様? どうかしましたか?」
「え? い、いえ、なんでもないですわ。ちょっと考え事を……」
パメラ先生の問いかけに曖昧に言葉を濁す。
病気なら問題ない。エステルにこっそりと回復して貰えばいいだけだ。
それ以外の原因となると……。
「パメラ先生、最近なにか変わったことはありませんでしたか?」
こうなったらとりあえずストレートに聞こう。なにか状況を打開するヒントになれば……。
エステルとジェレミー先生が、『なんでそんなことを聞くのか?』という顔をしているけど、この際スルーだ。
私の質問にパメラ先生の顔が少し曇っていた。やっぱりなんかあるのか?
「……最近、誰かの視線をやたらと感じることがあります。あと、悪意のある手紙が何通か……」
「おいおい、なんだよ、それ? 聞いてないぞ?」
パメラ先生の言葉にジェレミー先生が心配そうに声をかける。
「悪意のある手紙?」
「ええ。宮廷楽師をやめろとか、恥知らずな騒音を撒き散らすな、などの罵詈雑言が書かれた手紙が届くようになって……」
パメラ先生は成人してすでに貴族籍を抜けていて、実家の家から出て第三区で借りた高級アパートで一人暮らしをしているらしい。
そのアパートに数週間前からこういった非難の手紙が届くようになったそうだ。
専門的な内容からして、おそらく同じ楽師の誰かじゃないかとパメラ先生は見ているようだ。
「特にエレキギターを弾き出してから多くなりましたね。あの手紙を送ってきた人物にはロックが理解できないのでしょう」
え、ちょっと待って。パメラ先生がエレキギターでロックを弾き始めたから、非難されているの? なんか責任感じるんだが……。
「いえ、サクラリエル様からエレキギターをいただく前からこういった手紙はいくつかありましたから。表現者である以上、こういったやっかみや誹謗中傷は大なり小なりあるのです」
パメラ先生は宮廷楽師の若手の中でもずば抜けて才能がある人だ。なにせ秋涼会でコンミスに選ばれるほどである。皇都における女性だけのオーケストラでのコンミス……コンサートミストレスということは、女性宮廷楽師の中でトップということである。
いわゆる業界での有名人だ。それだけにやっかみや誹謗中傷は多い。おそらくは同業者じゃないかな?
同じ楽師だとやっかみや嫉妬の気持ちの方が大きい気がする。『あいつばっかり』とか『悔しい』といった気持ちが出ちゃうんだろう。
いや、そういう気持ちを持ってしまうのは仕方ないと思う。人間だもの。でもそれを相手にぶつけてしまうのはお門違いもいいところだ。それって逆恨みって言うんじゃないの?
ふと、パメラ先生はその逆恨みの相手に殺されるのではないかという考えが脳裏によぎった。
女性で新進気鋭の宮廷楽師。その才能に嫉妬した同僚が……なんて、サスペンスドラマのような展開が無かったと誰が言える?
「本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫よ。最近は宛名のない手紙は見ないで捨ててるから。偽名を使って出してくるのもあるけどね」
心配そうに尋ねるジェレミー先生にパメラ先生がそう答える。偽名を使ってまで嫌がらせをするのか。その努力を音楽に向けろって言いたいよ。
『スターライト・シンフォニー』におけるジェレミー先生のルートだと、前半は私、サクラリエルが悪役令嬢を務め、後半は『学院』の女性教師にバトンタッチする。
この女性教師がジェレミールートにおける悪役令嬢(令嬢ではないが)で、ジェレミー先生を想っている同僚というポジションだ。
ジェレミールートに入ったエステルと何かと張り合うことになるが、そこまでバチバチしたものではなく、お互いに憎み合っているわけでもない。
実はジェレミールートだと、私はそこまで酷い結末にはならない。エステルに突っかかって人気を下げ、エリオットからも愛想を尽かされつつあった悪役令嬢サクラリエルは、エステルに試験での勝負を申し込む。
結果はサクラリエルの圧勝。しかしジェレミールートのイベントをこなしていると、サクラリエルの不正が発覚するのだ。
で、サクラリエルは『学院』を退学、と。公爵家に戻され、風の噂で地方の修道院に入れられた、とだけ聞こえてくる。
まあ、死んでいないし、公爵家も恥はかいたが存続しているし、悪役令嬢としてはなかなかに上々のエンディングといえよう。
これってば、『学院』にいないと起こらないイベントだから、今回は関係ないと思うけど……。
『学院』に通っていたなら、してもいないカンニングを疑われる、とかあったかもなあ……。
しかし、自分の不幸にはならないが、身近な人が不幸になる可能性が出てきた以上、黙っているわけにはいかないよね。
ともかく、今怪しいのはパメラ先生に誹謗中傷の手紙を送ってきているやつだ。明らかにこいつはパメラ先生を敵視している。
嫉妬がいつしか殺意に……なんて、単純すぎないかとも思うけど、それがなくてもこういった問題は放置しない方がいい。どんどんエスカレートすることもあるからね。
「心当たりはないんですか?」
エステルが至極もっともな質問をする。
「正直、何人か思い当たる人物はいます。ですが、なんの証拠もないので……」
「何人もいるのか? 本当に大丈夫なのか? 何かあったら必ず言うんだぞ?」
「大丈夫よ。陰口を言われるくらいなんてことないわ」
心配そうに目を向けてくるジェレミー先生に、パメラ先生は苦笑気味に答える。
え? ジェレミー先生ってば、パメラ先生にかなりぞっこんなんじゃないの、これ?
ああ、でもそれくらい惚れていないと、亡くなった時に性格があんなに変わるようにはならんか。
よっぽどショックだったんだろうな……。立ち直りはしたようだけど、その死が彼の心の奥にはずっと楔のように刻まれてしまったのだろう。
だからあのジェレミー先生は他人に本当に優しかったし、後悔しないようにとエステルを励ましてくれたんだな。
……もう二度とあのジェレミー先生を見れないとなると、やっぱりカナスイ……。推しよ、さらば……。
というか、あのジェレミー先生にしてはいけないのだ。なんとしてもパメラ先生の死を阻止せねば。
「その怪しい人たちって誰か教えてもらえませんか? パメラ先生にそんなことをするなんて許せません」
私が義憤にかられたように(実際に怒っちゃいるが)パメラ先生にそう言ったのだが、彼女は首を横に振った。
「お気持ちは嬉しいのですが、証拠もなく他人を貶めるようなことはできません。それをしてしまったら、相手と同じになってしまいますもの」
ぐぬう……。そう言われてしまうと、こちらは何も言い返せない。
だけども放置しておくわけにはいかない。仕方ない、ここは七音の一族の手を借りて、情報収集といこう。
彼らなら宮廷音楽師の仕事場に潜り込むこともできるはず。帰ったら律に相談だな。
パメラ先生とジェレミー先生は連れ立って他の招待客のところへ行ってしまった。
「パメラ先生、大丈夫でしょうか……」
「いつの世も人より飛び抜けた才能は疎まれるものなのね……。『出る杭は打たれる』ってやつ?」
「初めて聞きますけど……どういう意味です?」
「あ、えーっと、才能や手腕があって、頭角をあらわした者は、他人から疎まれたり、非難されたりする、って意味よ」
「なるほど……」
ただでさえ才能があり、人から羨ましがられているところに、エレキギターを手にしてロックという新たな音楽の境地を開いたのだ。そりゃあやっかみも飛んでくるよね……。
《小さき主はあの女教師になにか悪いことが起こると考えているのだな?》
私が悩んでいると、横で丸くなっていた琥珀さんから念話が飛んできた。
《うん。せめてなにかあったらすぐにでもわかればいいんだけど》
ジェレミー先生の『もう少しだけ急いでいれば』ってセリフからして、タッチの差だったと思うんだよね。なにか事件であるならそれをいち早く知ることが、回避につながるかもしれないじゃない?
《ならば配下の者をあの女教師につかせよう。なにかあればすぐに我に知らせが届くようにしておく》
《配下の者? え、琥珀さん部下とかいるの?》
《我は神獣ぞ? 四つ脚の獣は全て我の命に従う。魔獣はダメだがな》
すごい。琥珀さんにそんな力が。犬とか猫とかに命令できるのか。
それならパメラ先生をこっそりと見守ることができるかもしれない。
《お願いできるかな?》
《わかった》
いやあ、頼もしいね。頼るべきはやはり神獣様だね。
《それはそれとして、腹が減ったのだが。向こうのローストビーフを所望する》
「……りょ」
食いしんぼうは相変わらずだが。
私は椅子から離れ、立食テーブルに置いてあったローストビーフを山ほどお皿に盛って琥珀さんの前に持ってきた。
「うむっ……小さき主の店の料理には及ばないが、これはこれで野生味があってイケる……!」
どうやらお気に召したようだ。先代のカノン子爵は動物学者だったらしいから、こういったお肉のどこが美味しいとかも詳しいのかしらね?
そんなことを考えていたら、どこからか陽気な音楽が流れてきた。
目をやると、パーティー会場に作られたちょっとした壇上でパメラ先生とジェレミー先生が楽器を演奏している。
ジェレミー先生、楽器できたんだ。いや、この世界での貴族は一つくらい楽器ができないとダメなんだっけか。
ジェレミー先生はでっかいコントラバス、いや、ウッドベースと言った方がいいか? と、パメラ先生はやはり青いエレキギターだった。
流れているこの曲は……えーっと、確かビル・ヘイリー&ヒズ・コメッツの『Rock Around the Clock』か。
前世のお父さんが古い洋楽をよく聞いていたから私も知ってる。パメラ先生、これも耳コピしたのか……。
ロックの時代を切り開いたと言われるこの曲は、この世界で新しい音楽の先駆けとなろうとしているパメラ先生にはピッタリだな。
軽快なリズムに会場にいる人たちも身体が左右に揺れている。二人は見事に息のあった演奏をこなし、お互いのことをよくわかり合っていることがわかる。
うん。やっぱりなんとしてもパメラ先生を救わねば。
私はロックのリズムを刻みながら決意を新たにした。
■こっそりとノベルアップ+の方で『次世代もスマートフォンとともに。』を不定期に更新してます。興味がありましたらぜひ。




