◇123 先生の婚約者
「大変御迷惑をおかけしまして……」
「いえいえ。よくわかりませんが、誤解が解けたなら……」
カノン子爵に深々と頭を下げる。騒ぎ立ててしまって、楽しいパーティーに水を差してしまった。これについては本当に申し訳ない。
「ジェレミー先生にも謝罪を……」
「あー……っと、俺……私もよくわかりませんけど、まあわかってもらえたんなら……」
ジェレミー先生にも頭を下げる。いや、それについてはまだわかってないけどね!
未だにこのチャラ男があの渋くてカッコいいジェレミー先生だとは信じられない。私の推し、どこいった?
二人に謝った後、お父様とお母様にお叱りを受けて、大人しく壁際のソファに座って私は考える人となる。
ゲームの中のジェレミー先生と、今のジェレミー先生はまるで別人のようだ。まさかと思うけど、ジェレミー先生も転生者、なんてオチはないよね?
ゲームが始まるのは十年後……。それまでになにか先生の性格が百八十度変わるような、出来事、が…………あっ!?
「もしかしてあの話か……!」
思い出した。
『スターライト・シンフォニー』の攻略対象であるジェレミー先生には、過去に婚約者を亡くしていて、その想いをずっと抱えているという設定があるのだ。
その人への想いがあるうちは主人公であるエステルには靡かない。彼の中で婚約者への想いと過去の後悔を断ち切るイベントが攻略の鍵となる。
ひょっとしてその婚約者さんの死がジェレミー先生を変えたきっかけ……?
だとすると、まだその婚約者は死んでないのか……。
……え? ちょっと待って、ちょっと待って。
ってことは、その婚約者さんが死なないとあのゲームでのジェレミー先生にはならないってこと!?
「マジかー……」
どうしよう……。今からならひょっとしたらその婚約者さんの死を防ぎ、運命を変えることができるかもしれない。でもそうすると、私の推しであるジェレミー先生は現れない……?
見殺しに……は、できないよねえ……。
とは言ってもどういう事情で亡くなるかよく覚えていないんだけども。そこまで細かい説明があったわけでもないし。
ただ……『私は間に合わなかった。もう少しだけ急いでいれば……』というセリフは覚えている。
それは事件・事故を防ぐことができたのに『間に合わなかった』ということなのだろうか?
たとえばどこかで二人、デートの待ち合わせをした。けれどジェレミー先生が待ち合わせに遅れたために、婚約者さんは怒って帰ろうとした。その帰り道に通り魔にあって殺された……とか?
はたまた、婚約者さんの頭上に植木鉢が落ちてきて、ジェレミー先生が庇おうとしたけど間に合わず……とか?
なんて、シチュエーションはいくらでも考えられるけどさあ。そんなのどうやって防げっていうのよ……。
なんか思い出せないかなあ。さすがに夢中になったゲームとはいえ、中学生の時の記憶を引っ張り出すのはなかなか難しいよ。ジェレミー先生は『1』のキャラだから一番古いし。
やりこんではいたけど、マニアとかフリークってレベルじゃないからな、私……。ガチ勢じゃなくてエンジョイ勢だ。ガチならあの俺様皇子もクリアしてる。
「ぐぬぬぬぬ……!」
「サクラリエル様? あの、お顔が……」
エステルに注意され、私はしかめっ面を解除する。
いかんいかん、ここは冷静にならねば。
チラリとパーティー会場で招待客と歓談するジェレミー先生を覗き見る。
なかなか社交上手と見えて、相手を楽しませる術を心得ているようだ。笑ったりおどけたり、なんとも軽妙な会話で場を盛り上げている。
違うだろ! ジェレミー先生はもっと静かに落ち着いた雰囲気をまとって、相手に親身になった的確なアドバイスを言うような、そんな聞き上手なスタンスだろ! 解釈違い!
なんとかアレを推しのジェレミー先生にできんものか……。それには婚約者が死なないと……。そうだ、死んだってことにして、どっか遠くに行ってもらうってのは……って、バカバカバカ! なに考えてんの! 人の不幸を望むなんて、最低だよ!
「はあ……諦めるかあ……」
推しのジェレミー先生は死んだ……。しょせん儚い幻だったんだ……。
「や、やっぱりそうでしたのね……」
「ん?」
横を見ると、エステルが青い顔をしてこちらを見ていた。なに?
「もしかして……もしかしてとは思いましたけど、サクラリエル様……あの軽薄な子爵次男に恋を……!」
「は?」
わなわなと震える手で口元を押さえるエステル。あれ? なんか勘違いしてない? いや、間違いでもないのか……?
「くっ……! お邪魔虫がいなくなったかと思ったら、こんなところに伏兵が……! エステル・クライン・ユーフォニアム、一生の不覚!」
なんか知らんがエステルがものすごく悔しがっている。いったいどうしたのさ? とりあえずハンカチ噛むのやめよう? 千切れちゃうから。
どうしたもんかな、と困っていると、いつの間にかジェレミー先生がこちらへとやってきていた。
「えーっとエステル嬢、大丈夫? 気分が悪いなら……」
「最悪な気分です!」
「……その割にはずいぶん元気そうだけど。ちょっと待って、今度はこっちの子!?」
エステルが今にもジェレミー先生に掴みかからんと手をワキワキさせている。まるで警戒態勢の猫といった感じだ。シャーッ! って擬音が背後に見えそう。
本物の猫……もとい、虎の琥珀さんは我関せずとばかりに私の横で丸くなっている。
なんかわからんが、エステルが暴走気味になってるな……。
「俺、君らになにかしたかな……?」
「いえ、そのう……こちらの問題ですので……。ははは。あ、ジェレミー先生は『学院』で先生をやっているんですよね?」
「ん? ああ、聞いた? そうだよ。今年から『学院』の教職に就いている。といってもまだ実習生のようなものだけどね」
やっぱりもう先生にはなっているのか。まだ授業とかは受け持たせてもらえないっぽいけども。先輩の先生のお手伝いってところかな。
「それでもなかなか忙しくてさ。婚約者にもなかなか会うこともできなくて、」
「っ、婚約者がいるんですね!?」
その言葉にエステルが目をくわっと見開いて椅子から立ち上がる。
「え、はい……。います、けど……」
拳を天に突き上げて、打ち震えているエステル。いやホント、どうしたのよ、この子……。情緒不安定過ぎるぞ。
友達がちょっと心配になってきた私の手をエステルがぎゅっと握る。なんでそんな優しい目をする……?
「サクラリエル様。お辛いでしょうが、これも人生を彩る1ページ。あまり落ち込まないで下さいね?」
「いやだから、なんなの……?」
ジェレミー先生に婚約者がいるなんて、初めから知ってるよ。こっちとしては、その婚約者をどうやって守ればいいのか困ってるんですよ。まあ、話すわけにもいかないけども。
とりあえず話題を逸そう。
「えーっと、ジェレミー先生の婚約者さんってどんな方なんですか?」
「え? あれ? 聞いてないの? 俺てっきり……」
「へ?」
「ジェレミー! サクラリエル様になに絡んでるのよ! 貴方、変なこと言ってないでしょうね!?」
私がきょとんとしていると、ジェレミー先生の後ろからまなじりを吊り上げたドレス姿の女性がつかつかとこちらへやってきた。
髪をアップに纏め、いつもと違う化粧をしてはいるが、私とエステルにとって、その人はよく見知った人だった。
「「パメラ先生!?」」
腰に手をやりジェレミーを睨みつけるその人物は、私とエステルの音楽教師、パメラ・エチュードその人であった。
「貴方も私も、もう貴族じゃないんだから、そこの線引きはちゃんとしないとって言ってるでしょう?」
「わかってる、わかってるって。相変わらずパメラは厳しいなあ……」
気安い会話をしている二人に、私はもしや、と頭の中に『!』マークが浮かび上がった。
「もしかして……ジェレミー先生の婚約者って、パメラ先生……!?」
「え? ああ、はい、そうです。カノン子爵家とは親しくしていて、ジェレミーとは小さいころから一緒にいたんです。で、そのまま婚約者になりました。まあ、彼ならいいかな、と」
「俺の扱い酷くない?」
苦笑しながらジェレミー先生がパメラ先生に文句を言う。
え、ちょっと待って……! ってことは、死んでしまう婚約者ってパメラ先生なの!?
冗談じゃない……! さすがにこれは看過できなくなった。まったく見ず知らずの人と、お世話になっている恩師では私の中での重要度が違う。
無関係な人だからって死んでもいいとは思わないし、ジェレミー先生のためにも、もともと助ける気ではいたけど、これは絶対に助けないといけなくなった。
どうすればいい……? というか、そもそも婚約者……パメラ先生が亡くなった時期はいつなんだろう?
確か……『私なんか十年以上実家には帰っていなくてね』ってセリフもあったな。入学したてでホームシックになりつつあるエステルとの会話だ。
十年以上ってことは……ジェレミー先生は今回の帰省後、一回も実家に帰っていないってことだ。
そして『もう少しだけ急いでいれば』ってセリフから察するに、ジェレミー先生はパメラ先生と近いところにいたってことよね?
『学院』にいたら『もう少しだけ急いでいれば』とは言わない気がする。『学院』と繋がる転移門は手続きがかかるらしいし。『もっと早く気づいていれば』とか、『もっと早く動いていれば』ってなるんじゃない?
皇都に戻ってパメラ先生と会える距離にいる時。そして春の入学式からそれほど経たずしての『十年以上帰っていない』発言。
つまり……パメラ先生が死ぬのはこの帰省中の冬……!
だ────っ! またなの!? なんでこうギリギリなタイミングで事件が起こるのよ!?
これが女神様たちが言うところの不幸体質ってやつなのだろうか……?




