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◇122 推し変?





「ここがジェレミー先生のお家かあ……」


 私は馬車を降り、暮れなずむ夕日の中、目の前に立つカノン子爵家の皇都邸宅を見上げる。

 どちらかというとこぢんまりとした感じ。派手さは一切なく、古き良き時代のお屋敷といったところか。

 カノン子爵家は派閥関係に無関心らしく、本当に分け隔てなく招待状を出しているようだ。

 実際、私たちの前に屋敷に入って行った貴族は、確か伝統派の貴族だったはずだ。

 まさか貴族全員に招待状を送っているはずはないだろうけど、なにが基準なんだろ?

 そんな質問をお父様にすると、


「んー……おそらく、さまざまな分野で専門的な知識や経験を持っている貴族じゃないかな。先ほど入っていた貴族は伝統派だけど、皇国文学の研究で名高い人物だし」


 基準はそこかあ。いわゆる文化人や学者、専門家といった人たちを招待しているらしい。


「え? じゃあうちはなんで招待されたんですか?」

「たぶん、サクラリエルのことを聞きたいんじゃないかな? 神の力を宿した【聖剣】なんて、研究したいに決まっているからね」


 ええ……? そんなこと言われても、私にもよくわからないよ? 【聖剣】はもともとエステルの『ギフト』から生まれたものだしさあ。


「あとは神獣様に興味があるんじゃないかな? 神学者が話を聞きたいだろうからね」

『くだらん。我は小さきあるじの護衛獣で、それ以上でもそれ以下でもない』


 私が出席する以上、護衛である琥珀さんもついてきている。律やビアンカは付いてきていない。まだ見習いの彼女たちを夜のパーティーには連れていけないとのお父様の配慮だ。

 その代わりアリサさんとターニャさんがいる。この二人は私の護衛で、お父様たちには別の護衛がいる。

 会場に入れば後ろの方で控えて、周りに目を配り、不審な者や物がないか確認する役目を持っている。


「サクラリエル様!」

「え? エステル?」


 玄関の階段を上がろうとした時、ちょうど到着した馬車から、パステルグリーンのドレスを着たエステルが飛び出してきた。

 同じ馬車からはエステルの両親であるユーフォニアム男爵とユリア先生が降りてくる。


「ユーフォニアム男爵家も招待されていたのね」

「はい! サクラリエル様が出席するってお母さんから聞いて、連れてきてもらいました!」


 お母さんネットワークからか。でも、ユーフォニアム男爵家はなんで招待されたんだろう? 学者な家系ってわけでもないはずだけども。うちと同じく、なにか興味を引くものがあったのだろうか?


「ユーフォニアム男爵家は今年新しくできた家だからね。初めての貴族はどういう人物か知らないと、付き合いも決められないだろう?」


 なるほど。そういうことか。お父様の説明に得心がいく。確かに知らないとこれからどう付き合うかもわからないよね。

 でもエステルのところは学芸というより、どちらかというと武門の家だし、おそらく付かず離れずな距離を置いた付き合いになりそう。


「フィルハーモニー公爵家、並びにユーフォニアム男爵家の方々ですね。ようこそおいで下さいました」


 カノン子爵家の家宰の人に案内され、私たちはパーティー会場へと向かう。

 途中、廊下の至る所に剥製の首が飾られていた。鹿や熊、山羊や狼、猪など、様々な動物の首が並んでいる。

 ここまで並ぶとちょっとホラーだな……。 

 私の気持ちを察したのか、お父様が少し笑いながら口を開く。


「先代のカノン子爵は確か動物学者だったからね。それでだろう」


 なるほど、それでか。


「サクラリエル様。あの鹿の角、キラキラしてて綺麗ですね」

『水晶鹿だな。鹿の魔獣だ。あの角は高値で売れる』


 エステルの言葉にトコトコと足下を歩いていた琥珀さんが説明してくれた。動物だけじゃなく、魔獣の首もあるのか。徹底してるなぁ……。

 やがてパーティー会場に着くと、すでに何人かの貴族が飲み物片手に歓談を始めていた。

 皇城のパーティーと比べると、やはりこぢんまりとした感じは否めない。

 それでも地球ならホテルを貸し切った規模のパーティーだ。雰囲気はホームパーティーなのにな。

 お父様が入口近くにいた男性に声をかける。


「おお、お久しぶりでございます、フィルハーモニー公爵閣下! 奥様も! それにそちらはユーフォニアム男爵ご夫妻ですな! 初めまして! カノン子爵家当主、ジェラルド・スピア・カノンです!」


 そう言って近づいてきたのは四十過ぎの、眼鏡をかけた髭のおじさんだった。だいぶおでこが後退しているが、なんとなく博士っぽい人だ。

 えっと、この人がジェレミー先生のお父さん、かな?


「久しぶりだね、カノン子爵。皇太子殿下の誕生パーティーにも来なかったから、皇都にいないのかと思っていたよ」

「ははは! 古文書の解読に忙しくてですな、申し訳ありませんが欠席させていただきました。つい先日、それがやっと終わり、こうして記念パーティーをしようと思いまして」


 あ、今日のこれってそういうパーティーなんだ。古文書解読おめでとうパーティー? なんかすごいことがわかったんだろうか?


「おお、こちらのお嬢様が『聖剣の姫君』であらせられるサクラリエル様ですな! やや!? こちらの白い虎はもしや神獣様では!? まさか我が家にいらしていただけるとは! なんと光栄な!」

「は、初めまして」

『う、うむ。よしなに』


 私と琥珀さん、二人してカノン子爵の爆上げのテンションにちょっと引いていた。この人、目がちょっと血走ってるんだよ。徹夜明けなのかもしれない。パーティーするよか寝た方が良くない?

 カノン子爵はお母様とユリア先生、エステルとも挨拶を交わすと、ではまた後で! と新しく入ってきた招待客の方へ行ってしまった。


「なんか、ものすごくパワフルな人でしたね……」

「ははは、あれでまだマシな方だよ。歴史の話をしてごらん。口が止まらなくなるから」


 あれでマシなのか……。カノン子爵は歴史学者なんだそうだ。古文書の解読ってのもそれ関係なんだろう。

 そういえばジェレミー先生が教えていたのは魔獣・魔物学だったな。その道に進んだのは祖父とか父親の影響なのかしら?

 会場にいた貴族たちが両親たちに挨拶にやってくる中、私と琥珀さん、エステルはそそくさと離脱して、ビュッフェ形式になっているテーブルから飲み物を貰う。

 林檎ジュースか。コンビニで売ってるのとは違って、ちょっと味に濁りがあるが、これはこれで美味しい。


「サクラリエル様のお店のジュースの方が美味しいですね……」

「言うたらあかん」


 私がちょっと心に思ったことを、ズバッとエステルが口にした。

 幸い、誰にも聞かれていなかったようで、ホッと胸を撫で下ろす。

 エステルも舌が肥えちゃったなあ……。ほぼ私のお店のせいだけど……。

 ところで……と。

 辺りをキョロキョロと見回してみるが、ジェレミー先生らしき人はいない。うーむ、ひょっとしてまだ冬季休暇に入ってなかったのかな? 無駄足になってしまったかしら……。

 ジェレミー先生はもう家を出ていて、貴族称号はないんだろうけど、勘当されたわけでもないので、実家のパーティーに出ていてもおかしくはないんだが。


「どうかしましたか?」

「え? い、いえ、やっぱり子供たちは少ないなって思って」


 エステルにそんなことを口にして誤魔化し、私は冷静さを取り繕う。

 実際、子供たちの姿は少ない。まったくいないわけじゃないけど、本当にちらほらとだ。

 しかもこのパーティー、派閥関係なく来てるから、話しかけるのもなかなか気を遣う。変に敵対派閥の子と仲良くなるのもね。

 大人たちの貴族もチラチラとこちらを窺ってはいるが、話しかけてはこなかった。神獣である琥珀さんを気にしているのかもしれない。

 

「あれ? 君ってひょっとして、『聖剣の姫君』?」


 不意にチャラい声が頭上から聞こえてきて見上げると、そこには二十歳くらいの青年が立っていた。

 肩まで伸ばしたアッシュブロンドのロン毛に、眼鏡をかけたその青年は、興味深そうにこちらを覗き込んでいる。


「もしかしてそっちの虎の子が神獣様じゃない? 君、フィルハーモニー公爵家のお嬢さんでしょ?」

「そうですけど……」

「誰か存じませんが、人にものを尋ねる時は、まず名乗るのが礼儀なのでは? 失礼じゃありませんか?」


 私が答えようとするのを遮って、エステルがチャラ男の前に出る。

 チャラ男の方はひゅう、と、少しおどけたように口を鳴らすと、大仰にボウ・アンド・スクレープで深々と頭を下げた。


「これは失礼を。ジェラルド・スピア・カノンが次男、ジェレミー・カノンと申します。お嬢様方、どうかお見知り置きを」

「はああぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 その名を聞いて、思わず私の口からとんでもない大声が出た。目の前の青年もエステルも、琥珀さんもびっくりして目を見開いている。

 え!? このチャラ男がジェレミー先生!? 全然別人なんですけど!? 

 いや、そう言われると確かに面影はある……か? でも、ジェレミー先生の礼儀正しい理知的な口調とか、大人の男のダンディさとか、思慮深い落ち着いた雰囲気とか、まったく感じられないんですが!?


「偽物だな……?」

「は?」

「ジェレミー先生の名を騙った、兄か弟、あるいは従兄弟いとこね!? そうでしょう? そうと言え! このチャラ男!」

「え? なになに!? なんで疑われてんの、俺!?」


 私はジャンプしてチャラ男の胸倉を掴んだ。偽物だろう!? お願いだから偽物であって!


「さ、サクラリエル様!?」

『お、落ち着け、あるじ!』


 私の行動にびっくりしたエステルと琥珀さんが止めに入る。

 やがて騒ぎを聞きつけたお父様たちがやってきて、チャラ男から私を引き剥がした。


「い、いったいどうしたんだい、サクラリエル!?」

「その人が! 嘘を!」

「嘘?」


 お父様が眉根を寄せてチャラ男を睨むと、彼は知らない知らないと首を横にぶんぶんと振る。


「ジェレミー殿、一体娘になにを言ったのです?」

「いや、俺……私もなにがなんだか……。急に私をちゃらおだ、偽物だと……」


 ちょっと待って、お父様。今なんて言った? 本当に? 本当にそうなの?


「この人はカノン子爵の次男のジェレミー殿だよ。何度か私もパーティーで会ったことがある。サクラリエル? 聞いてるかい? サクラリエル?」


 お父様の腕の中で、私は気を失うのを必死に堪えていた。

 推しが……私の一番の推しが……。なんでだ……? なんでこうなった……?









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