婚約式 後編
その後もハンスは15分以上に渡ってわたしとの恋の話を延々と包み隠さずに話し続けた。
その間、背後からは「自分の恋の話を明かされるなんて可哀想に」とか「パウリーナも苦労するわね」みたいな言葉が沈黙のうちに犇々と伝わってきてすごく恥ずかしかった。
なんとか終わらせようと考えて、ハンスの服の裾を引っ張ってみたり、見ている人には気づかれないようにコンコンとハンスの側面をつついてみたりしたけど、話に夢中になっているのかピクリとも反応しない。
まだまだ、話は終わらなさそうだったが神様も流石に面倒臭くなってきたのか、ありがたいことに祝福をばらまき、ハンスを驚かせることで半ば強制終了させてくれた。
祝福であることには変わりないはずだけど、なんというか神様のうんざりとした気持ちを体現したような祝福だった。
お姉さまやフラベル公爵夫妻など、ハンスと親しい人はその気持ちを感じ取ったのか、ハンスの行動から推測したのか苦笑いを浮かべている人も多い。
他の人もハンスの恋愛話を聞かされた当事者なので、当然のように経緯は把握していても、祝福は祝福。
大きな祝福には動揺せずにはいられないようだ。
会場内は一時騒々しくなったけど、神殿長がなんとか収めると次はわたしの番になった。
もちろんハンスのように長々と話すつもりはない。
むしろ、ハンスが話しすぎたのでわたしはできる限り簡潔に終わらせようと思っている。
わたしは一歩前に出て斜め上の像を拝みながら手を組み、神々に祈りを捧げる。
本来ならば魔力を奉納したいところだけど、今のわたしにはそれを出来るだけの魔力の余裕がない。
なので心だけの祈りだけど、その分だけより真摯に真心を込めて祈るようにしている。
誓いの言葉を述べる。
「神々よ。わたしは先ほども申し上げられた通り、突然に告白を受けました。しかし、最初はハンス様に対しての恋愛感情は微塵も抱いておりませんでした。しかし、今ではハンス様が掛け替えのなく、唯一無二の想い人であることを知覚致しました。この先は喧嘩をすることも悩むことも沢山あると思います。それでも、わたしは彼と共に命の道を歩んでいきたいと思っています。どうか、わたしたちのこれからを見守って下さると嬉しい限りでございます」
わたしは言い終えると、事前にお母様から譲ってもらって魔石に込めていた魔力を奉納する。
義務付けられているわけではないのだけど、物心ついたときから続けている習慣なので、やはり魔力を奉納した方が個人的には安心する。
それにわたしには癒しの女神様に手助けしてもらった恩があるので、その感謝の気持ちを表すためだ。
「パウリーナ様は律儀ですね。私はわざわざ魔力を借りてまで奉納しようとは思わなかったと思います」
ハンスが感心したように言った。
でも、わたしとしては習慣と感謝の気持ちと細やかな恩返しのつもりでしていることなので、褒められるとくすぐったい気持ちになる。
しかし、今から神々ではなく臨席者に対して婚約の宣言を行う必要がある。
なので、緩みかけていた頬を頑張って引き締めて集中しようと気持ちを入れ換えようとしたとき······
「へ?······うわっ!」
会場がまたもや美しい新緑色に光った。
ただ、光の明るさは今までとは比べ物にならないほど明るくて、直視するのが憚られるほどだ。
光には認識阻害能力でもついているのか、ハンス以外の少し離れた位置にいる人が全く見えない。
「ハンス様、何が起こっているのですか?」
「私にもさっぱり····色合いから考えて祝福の類いであるのではないかと思うのですが·······ただの祝福とは毛色が違うような気がします」
ハンスなら視えているかも知れないと思って状況を尋ねてみた。ハンスは視えてはいるようだけど、未知のことが起こっているらしい。
「害あるものではなさそうなので、光が収まって神殿長から指示と説明が来るのを待ちましょうか」
「そうですね。神殿長は知っているでしょうから、慌てた声も聞こえないと言うことはそうするのが正解だとわたしも思います」
わたしたちが待つことを決めてからしばらくすると光は収まり始めて、視界が開けてくる。
でも、まだ光は残っていて、特に神々の像の周辺には大きな塊になっている。
「神殿長、」
「皆様、大神殿神殿長ブリューゲル・ミュンセルンよりお話があります」
わたしは先程ハンスと相談したように神殿長に起こったことの説明を求めようとしたが、その言葉は神殿長本人が声を発したことによって書き消される。
だけど、視線は未だ新緑色に光り続けている神々の像の方向を向いていて、その説明をしてくれるようなので聞くことにした。
「皆様、神々の像に魔力を奉納してください」
「どういうことですかな、神殿長?」
突然の神殿長の要請に対して、普段から魔力奉納の習慣があるフェリシス公爵一族とそれに近しい貴族以外のほとんどが驚きの表情を浮かべて、会場がにわかにざわめき始めた。
それに対してフェリシス公爵が詳しい説明をするように要求する。
叔父様自身は勿論理解しているだろうし従わないことはないだろうが、神殿長に詳しく説明させた上で自分が始めて納得した素振りを見せることでざわめいている貴族達が追随するように仕向けようとしているのだろう。
「私の見立てではこの光は祝福に近いもので、魔力を奉納することで何かしらの変化を生じるものだと考えられます。それは恐らくハンス様とパウリーナ様の門出を祝うものであるはずです。なので、そのお祝いの気持ちを込めて魔力を奉納してほしいと言うことです」
「なるほど。私の姪とその婚約者の門出を祝う魔力奉納か。よし、分かった。協力しよう」
「ありがたき幸せにございます」
神殿長も叔父様の意図に気づいたようで、小さく視線で頷いてから少し詳しく説明した。
本当に核心的な説明はほとんど為されていないけど、叔父様が納得したような声色で了承したことで他の貴族たちも表面上は納得したような表情を浮かべて神殿長の要請に了承する。
「それでは、私が先導致しますのでそれに続いて奉納をお願いします」
神殿長はそう指示してから魔力奉納を始めて、他の人も神殿長に合わせて魔力奉納を開始した。
奉納された魔力はどんどんと神々の像に吸い込まれて新緑色の光に変わっていく。
ついには、巨大な火の玉状になった光は分裂したかと思うとすぐに破裂した。
光の玉は新緑色一色だったはずなのに分裂した玉は桜色や空色、薄紫色などのとりどりの色に変化していて、弾け散っていく。
それだけでも素晴らしいものであることに違いはないけど、玉から弾けて放出された光が大神殿の壁やガラスに反射して天井に向けて注がれている様が、言葉でどう表せるのかがわからない最上級の綺麗さだ。
「婚約宣誓者は中央の道を通って退場するように」
もっと眺めていたいと思ったその時、神殿長の朗々としつつも強い、わたしたちを我に帰らせるのに十分な声が響いた。
本心では退場したくないけど神殿長の言葉である以上は儀式の進行に必要なことなので従うしかない。
祝福の光に未練を残しながらも退場を始める。
すると、わたしたちが歩いていた道が急に明るくなった。慌てて振り返ると神々の像の在る位置から一直線に一筋の光が延びている。
「なんですか、これは!?」
「神々から御二人のこれからの未来が明るくなるようにとの祝福であり祈りでしょう」
驚くわたしを尻目に、落ち着いた表情で神殿長が答えた。
「おやおや。神々からそのようなことを願ってもらえるとは嬉しいことこの上ないですね。パウリーナ様、この先迷惑をかけることもあるかもしれませんが改めてよろしくお願い致します」
「こちらこそ、これからも一緒に頑張りましょうね」
ハンスの言葉に頷くと、わたしたちは笑顔で会場をあとにした。
最後までご覧いただきありがとうございました。
追記:新作始めました。
https://ncode.syosetu.com/n5243hv/
よければ御一読ください。




