第六話 決意の表明
先ほどの夕暮れの風景が嘘だったかのように崩れ去り、ただ残ったのはどこまでも広がる暗闇のみだった。そんな中で・・・
――――――それでいいんだ。大和。今は報われなくていい。さて、俺もそろそろ帰るとするか。
少年の姿の大和は、一人呟くと暗闇の奥へと歩いていく。終わりが見えない暗闇の奥の奥へと。
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ゆっくりと瞼を開けていく。完全に開き切った視界の中に入ってきたのは、トラが跳躍した体勢で鋭く尖った爪をこちらに向け飛んできている。
数瞬のはずの攻撃が何十倍にも引き伸ばされて、まるで止まった時の中にいるような感覚に陥る。先ほど見たのは走馬燈だったのだろうか。次の瞬間にはあの爪で切り裂かれて殺されるのだろう。そう直感的に感じていた。
だが不思議と不思議と落ち着いていた。殺されるかもしれないというのになんの感情も湧き出てこない。
トラの爪がもうじき俺の顔を切り裂く・・・大和は最後の抵抗とばかりに左手の甲を迫ってきた爪に突き出す。勿論そんなもので猛獣の爪など止まるはずもなく容赦なく左手を切りさ――――――
――――――くことはなかった。爪と左手が触れた瞬間、とてつもない衝撃が洞窟を揺らし、トラは吹き飛ばされ碌に受け身も取れずに背中から地面に堕ちた。すぐにトラも立ち上がろうとするが体に力が入らないようで立とうとして足をバタつかせていた。
大和はトラまで一瞬で間合いを詰め、手をチョキの形にして目を抉る。指に形容しがたい生暖かい感触が走る。
「ガァァァ!?」
トラは目を抉られた痛みでのたうち回る。このままでは殺られると本能が理解していたのか、体の力が入るようになるとすぐさまそこを退く。
「『鑑定』」
誰にも聞こえないような、だが何故か存在感のある声でそう呟いた。
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『ワイルド・キャット』
lv35
ダンジョンに生息する。『ブラック キャット』の上位種。心臓部にある魔石は有用でとても価値があるとされている。
ステータス
体力 300
筋力 300
俊敏 400
魔力 100
物防 420
魔防 120
精神 120
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ティロリン♪
『鑑定lv2』が『鑑定lv3』にlvアップしました。
ステータス鑑定の機能が追加されました。
魔石鑑定の機能が追加されました。
新しく鑑定出来るものが増えました。
どうやら『鑑定』がレベルアップしたようだ。今は戦闘中なので気にかけていられないが。
「ガァ!」
流石は野生の本能といったところか、気配だけで大和の位置を把握し、牙を剥いて飛びついてくる。
「うるさい」
ぼそりと呟くと、左手の甲でトラの顎を思いっきり打ち据える。
「グルゥァ!?」
またしても衝撃が空間を伝わっていく。『ワイルド キャット』は地面に叩きつけられ、今度はもがくこともせず、ビクンビクンと痙攣するのみだった。
「いいステータス持ってんじゃねえか、よこせよ」
そういうと大和は、右手をトラの腹部に突き刺した。力が腕を伝い体に染み入ってくるようだった。しばらくすると吸い取り切ったようで、腹部から腕を抜く。
「ガァ・・・」
吠える力ももう残っていないらしい。
「悪いな。こんな時になんて言ったらいいのか思い出せない。せめて安らかに眠れよ」
右手で手刀を作り首を切る。『ブラック・キャット』もそれを受け入れ、間もなく息絶えた。
ティロリン♪
レベルアップしました。
「終わったか・・・その前に魔石とやらを回収しよう」
ぼそりと呟いて、『ブラック・キャット』の心臓部から魔石を取り出し、『鑑定』してみる。
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『ブラック・キャットの魔石』
ブラック キャットからとれた魔石。魔性は無。とても大きく、純度も高いためとても高い値で取引される。
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ほう、まず魔石ってなんだ・・・?
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『魔石』
モンスターの体内に生成されるコアのようなもの。心臓とは別にある。普通は一個で心臓の近くに存在しているが、特殊なモンスターだと複数存在したり、心臓から遠い位置にあったりもする。マジックアイテムを使ったり、魔力の補充にも使える。
大きければ大きいほど、純度が高ければ高いほど高値で取引される。
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へぇ、結構有用なんだな・・・でも魔性ってなんだよ・・・
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魔力の質の事。無、赤、青、緑、黄色、光、闇、の7種類に分かれている。
色はそれぞれ、無属性、火属性、水属性、木属性、雷属性、光属性、闇属性となっている。魔法やマジックアイテムを使うときはそれぞれ色のあった魔力を使わなければならない。
価値の高さは、無<赤=青=緑<黄色<光=闇属性となっている。
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ほうほう、なかなか為になるな。・・・そういえば俺のステータスってどうなってるんだろう。
「『ステータス』」
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名前 霧咲 大和
種族 人間
適正職業 無職
lv19
体力 525
筋力 525
俊敏 500
魔力 425
物防 505
魔防 430
精神 430
スキル
『鑑定lv3』『自然治癒力上昇lv3』『運気上昇lv2』『気配遮断lv2』『跳躍lv1』『夜目lv4』『胃酸強化lv4』
特殊スキル
『弾衂lv1』『強欲lv1』
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うわ・・・結構強くなったな。しかもスキルも増えてるし、特殊スキルってなんだこれ。『鑑定』
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『弾衂lv1』
発動すると、一瞬だが敵のありとあらゆる攻撃を弾くことができる。遠距離攻撃なら弾き返し、近接攻撃なら無効化し、相手に致命的な隙を作ることができる。
攻撃受付時間はlvによって伸びていく。相手に出来る隙もlvによって伸びる。
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『強欲lv1』
触れた相手のステータスとスキルを奪う。相手が死んでいると奪えない。吸い取るには時間がかかるがlvが上がると必要時間が短縮される。
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うわ・・・これ所謂チートなんじゃ・・・
自分の手をじっと見つめる。
「皮肉なもんだ・・・テンプレが大っ嫌いな俺が、テンプレな方法で力を手に入れたんだから・・・」
ふと、親やら、学校の先生やら、王国の人達らが脳裏によぎる。
自分たちが強いと勝手に思い込んで、無能とわかったらすぐに捨てる。そうやって何べんでも何べんでも返されてきた掌。
「今に見てろよ・・・その掌、もう一回返させてやる・・・」
誰に伝えるでもないその独り言は冷たい地の底で響いて消えた。