48 親父さんを説得に
「あれがセルリアの実家であるオルベイン家だね」
「俺みたいな庶民が入っていいのかな……。確実に人生で入る中で一番立派な建物なんだけど……」
「そこの娘さんを使い魔にしてるんだからいいんだよ。むしろ使い魔になってるって知ってるはずなのにお見合いさせようとしてるほうが問題なぐらいだし。そりゃ、理屈の上では既婚者でも使い魔はできるけど、サキュバスって主人と艶っぽいこともするわけだし」
下手をするとメアリは俺より戦う気満々かもしれなかった。いやいや、俺も怖気づいてしまうわけにはいかない。それなりの覚悟を決めて、ここまで来たんだから。戦うしかない。
屋敷の前に行くと、中身のない鎧二体がガードマンをしていた。
「すいません、俺はセルリアさんの主人をしているフランツと申します。すでにお話はリディアさんからいっているかと思うんですが」
鎧たちはこくこくとうなずいて、屋敷の中に通してくれた。
建物に入るまでの両側には池のある庭園が広がっている。広大すぎて気味が悪い。
中に入ると、メイド服姿のサキュバスさんが案内してくれた。使用人ってことなんだろう。
長すぎる廊下を歩いていると、奥でリディアさんが手を振っていた。
ちなみにリディアさんもサキュバス特有のベリーダンスでも踊りそうな服装をしていた。寒くないのかと思うけど、そこは種族の特性みたいなものだから大丈夫なのだろう。
「あっ、来た来た~。こんちゃ~! 迷わなかった?」
「ここまで巨大な建物なら、迷いようもないですよ」
「親父には話があるって言ってるから、そこの部屋まで案内するよ。思いのたけ、ぶちまけてやって。私は外で待機してるけど、負けないでね」
「はい、やるだけやってみます」
ああ、緊張してきた。インキュバスってどんな人なんだろ。とんでもない頑固親父が出てこなければいいけど……。
入った応接室にいたのは、グラスを傾けているロマンスグレーのダンディだった。
なんだ、これ、想像してたのと違うぞ。どっちかというと、あれだな、頑固親父というより、チョイ悪親父って感じだな……。
「君がセルリアの主人であるフランツ君だね。リディアが話があると言ってたけど、君と僕との話があるという意味だったみたいだ」
やっぱりリディアさんは上手くとりはからってくれたようだ。
俺が「はい」と答える前にメアリが「それと、わらわが『名状しがたき悪夢の祖』だよ」と言った。自分の肩書で相手を威圧する作戦だな。
「セルリアはお見合いの話を聞かされた時、泣いていました。俺はセルリアの肉親ではないかもしれません。ですが、泣いている彼女を放っておくことはできません。どうか、お見合いを考え直してくださいませんか?」
ほとんどチョイ悪は表情を変えずに、グラスの中の氷を転がしていた。キャラ的にはお見合いとかしなさそうだけど。
「君、セルリアとはなかなか上手くいってるようだね」
「はい。自分で言うのもなんですけど、関係はいいと思ってます」
「その点はとても感謝しているよ。きっと、体の相性もいいんだろう。そういうこともママからよく教え込まれたしねえ。ああ、ママっていうのは僕の妻のことね」
人間の家庭だと考えられないような会話だけど、あくまでサキュバスとインキュバスの家族の話だ。
「しかしね、本当に所帯を持つとなると、やはり魔族同士のほうがいいと思うんだよね。サキュバスはインキュバスと家庭を持って、人間を誘惑するのはそれからでもいいと思うんだ。それがセルリアの幸せなんじゃないかな?」
「お言葉ですが、セルリアは泣いていたんですよ。それで幸せなんてことはないと思います!」
「じゃあ、君は人間の身で、セルリアを一生幸せにする覚悟あるの?」
ロマンスグレーの眼光が鋭い。
「人間と魔族だと寿命も全然違うし、セルリアが一時的に尽くすことはできても、家庭は持てないじゃない? そもそもセルリアは君と愛し合っても子供もまず生めないだろうしね。そして、君だけが老いていって、それをあの子に看取ってくれと言うのは虫が良すぎるんじゃない?」
チョイ悪親父の声は粘りつくような、業界人じみたものだったけど、要点は押さえているように感じた。
チッ。露骨にメアリが舌打ちした。たしかに聞いてる人間をイライラさせる感じはある。
「別に、君と永久に離ればなれにさせるなんて言ってないよ。使い魔の契約は絶対だしね。ただ、使い魔が人妻になるだけのことだからさ。まあ、そこんとこヨロシクってことで」
「何もよろしくないです」
キレても何もはじまらないので、丁寧語で、それでも憤りの感情ははっきり伝わるように言った。
「それ、どゆこと?」
こいつ、「どういうこと」を「どゆこと」って発音するんだな。
「理解してもらえてないようですから、繰り返しますよ。セルリアは泣いていたんです。お見合いだってしたくないと言っていたんです。そんなセルリアに強引にお見合いさせることがいいことだなんて俺には絶対に思えません」
テーブルにチョイ悪親父はグラスを置いた。
心なしか、殺意みたいなものを感じた。インキュバスは男をどうとも思ってないだろうからな。下手をすると虫けらみたいに考えているかもしれない。
「あのね、こう、若い人間っていうのは、刹那的に生きることを美徳にしちゃうっていうか、将来を見越した生き方って苦手なところ、あるんだよね。そレを助けてやるのが、いわゆる大人的な甲斐性っていうか、責任っていうかあるじゃない?」
そんなの一般論だろ。一般論程度で言いくるめられるなら、ここに来てないぞ。
「大人の甲斐性のためだったらセルリアは泣かされていいなんてことはないです。俺は俺なりにセルリアを幸せにします! 今のセルリアを幸せにしているのは俺だけです! だからお見合いは中止してください!」
「――よく言ったじゃん! 君、マジイケメンだよ!」
その時、ドアが開いて、リディアさんが飛び込んできた。
「今の言葉、聞いた、親父? こんなにセルリアのこと愛してる人なんてほかにいないっしょ? 二人で気のすむまでやらせてあげようよ! それで後悔しちゃうのも人生経験ってやつでしょ?」
これで三対一だ。このまま押し切れ!
「リディア、お前は黙っていなさい」
急にチョイ悪は真面目な父親の顔になった。
「お前は親に反抗すれば正しいと思ってる節がある。だから、そうやって軽いサキュバスになってしまった。土下座したら童貞を捨てさせてくれるサキュバスがいるだなんて噂が立った時は愕然としたぞ」
リディアさん、そんなことしてたのか!
「いいじゃん。サキュバスの仕事としては正しいわけだしさ」
「もっと、サキュバスにもインキュバスにも、ムードがあるべきなのだ。それで忘れられぬ一夜にしてやるから我々は重んじられているんだ。たんなる欲望のはけ口になってはいかんのだ! 人間の世の中にも今の時代、娯楽は無数にある。格式が抜ければほかの娯楽にとって替わられるぞ!」
メアリが「なんか、サキュバス・インキュバス論争になってきたね」と言った。たしかに思ったより深い話をしている気がする。
「とにかく! 見合いは絶対に行うからな! 邪魔できるものならやってみるがいい!」
そう啖呵を切って、親父は部屋から出ていった。チョイ悪臭はキャラ作りだったのか……。
「あぁ、説得はダメだったか~」
メアリは肩を落としていた。
一方で、俺はなかなか燃えていた。
「邪魔できるものなら邪魔してみろって言ってたな。やってやろうじゃないか」
「うん、君ならきっとできるよ」
リディアさんもエールを送ってくれた。
次回、お見合いに潜入します!




