49 お見合いをぶっつぶせ
俺とメアリ、それとリディアさんは三人でお見合い破談作戦をいろいろと考えた。
場所はメアリの屋敷だ。セルリアの実家であるオルベイン家に用事が終わったのにずっといるのは不自然だし、最悪、こっちの企みが聞かれてしまう恐れもあった。
「あのさ、そもそも論だけど、セルリアを連れ出して、お見合いの開催自体を不可能にするっていうのはどうだろう?」
「それはダメだよ。お見合いから逃げ出すのは敵前逃亡とみなされる行為。それこそ、そんなことを仕掛けたフランツは親父さんに八つ裂きにされるよ」
メアリの言葉に肝が冷えた。いくらなんでも八つ裂きは困る。
「私もさ、相手のインキュバスのこと調べたんだよね。これ、こっちの新聞で出てた相手の過去記事。肖像画も載ってるっしょ」
ものすごいイケメンが、そこには描かれていた。
「なんでも若い頃から、人間の貴族のご婦人の愛人として、けっこう活躍したらしいんだよね。今では魔界でけっこう稼いでるらしいって。マダムキラーって呼ばれてる」
「残念だけど、顔や年収で勝つのは無理っぽいな……。セルリア、大丈夫かな……」
「でも、この人、ちょっと変な趣味があるっていう噂なんだよね。実はこの記事もそれを否定してるものだし。それを試してみる価値はあるかも」
「噂? 魔族の土地の言葉だと、ちょっと読めないな……。黒魔法について書いてる言葉ともまた違うみたいだし……」
「一言で言うと、このインキュバス、ストライクゾーンが狭いんだよね。セルリアを誘惑する集中力を切らすことぐらいはできるかもしれない」
俺はリディアさんの説明を聞いた。なかなか面白い手かもしれない。
「なかなかヤバい作戦でしょ! ただ、ヤバい点もあるんだよね」
この二つの「ヤバい」は文脈上、違う意味だと思う。
「つまり、破談にできたとしてさ、この人、絶対キレるっしょ? キレたら、フランツ君、狙われることになるっしょ? それ、ヤバいでしょ?」
インキュバスからしたら、人間の男なんてどうでもいい存在だからな。恨みを買えば命を狙われるってことだ。
でも、それは気にしてない。むしろ、それを言い出したら何もできない。
「まずはセルリアを守るのが第一ですから」
「わかった。じゃあ、この作戦でやるだけやってみる」
●
お見合い会場は庭が見える広々とした高級レストランだった。
俺たち妨害部隊の三人はその庭にスタンバイして様子を見ている。
まずセルリアが入ってきた。
服装はいつもとわずかに違う。おめかししていると解釈していいだろう。
表情はすぐれない。あまり楽しそうにしていれば、相手に付け込まれる恐れもあるしな。ただ、そんな作戦以前に楽しくなくて笑えないんだと思う。
本当は今すぐセルリアのもとに飛んでいきたいけど、それでは言い逃れができない。あくまでも、インキュバスのほうに問題を起こさせる方向に持っていかないと。
しばらくして、インキュバス側が出てきた。新聞の絵で見たとおりの美形だ。
「インキュバスのハルバルドです、本日はよろしくお願いします」
声だけでもキザったらしく聞こえる。おそらく、俺だけじゃなく、多くの男がそう感じるだろう。声だけじゃない。表情も動きも全部がわざとらしいのだ。よくこんなにわざとらしくできるなと、逆に不思議に思うぐらいだ。
「セルリアですわ。わたくしなんてハルバルドさんにはまったく釣り合わないと思うので、お恥ずかしいのですが……」
「そんなことありませんよ。たくさんのサキュバスを見てきましたが、あなたほどお美しく、さらにやさしい心根も、理知もお持ちの方は初めてです」
「わたくしの心なんて、会ったばかりだからわからないはずですわ」
「いえいえ、女性の心を読むのは僕の仕事ですから」
さっと、ハルバルドはセルリアの手をとって、キスしようとする。げっ! あいつ、距離感考えろよ!
だが、その直前にセルリアがその手をさっと引いて、かわした。
セルリア、グッジョブ! 庭の茂みに隠れながら、俺は思わず叫びそうになった。
「あまり軽い女になってしまうと価値が損なわれるからと親からも言われておりますの。ごめんなさい」
「なるほど。僕のほうこそ軽率でした。すみません」
あの男、悪びれもしてないな。すごくぶん殴りたい!
「どうどうどう。フランツ、今は我慢だよ。すぐに作戦を実行に移すわけにはいかないからね」
小声のメアリに止められた。たしかに時期尚早だ。
「ところで、セルリアさん、その態度は心に決めた方でもいらっしゃるのですか?」
笑みを浮かべながらハルバルドは尋ねた。
セルリアは少し切なそうな顔をして、秘め事をつぶやくように、
「わたくしには、仕えている方がございますの。まだ若い、三月まで学生だった方なのですが、とても真面目でご立派な方ですわ」
と言った。
やっぱり、セルリアは俺のことを愛してくれていたんだ。
それは普通の夫婦の愛とは違うと誰かがさかしらに言うかもしれない。たとえば、サキュバスはほかの女と自分の男が一緒になることも止めないじゃないかと。
だけど、それは価値観が違うだけで、セルリアは絶対に俺を愛してくれている。それは絶対に間違いない。
「でも、その人は人間の男なんですよね。あなたにはふさわしくないと思いますが」
ハルバルドがしたり顔で言う。お前に俺の何がわかるって言うんだよ。
「なぜなら、あなたが一生をかけて愛するにはその男の命は短い。容貌もすぐに衰えます。もっと価値のある男を愛するべきです。僕と一緒になれば、掃除も料理もすべて質のいい使用人にやらせま――」
「それがなんだというんですの?」
力強い声で、セルリアは反発する。
「わたくしはご主人様を容色で選んだのでもありませんわ。ただ、ご主人様との生活が楽しいから、そこにいるんです。愛しているんです。わたくしの愛の価値はわたくしが決めます」
俺、これ以上、セルリアを大好きになるなんて不可能と思ってたのに。
もっと、好きになっちゃったな。




