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双月のヒナ 〜禁足地の戦乙女〜  作者: 哀川 とあ
1章  禁足地の少女
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第61話  白銀天獣



 漆黒の大剣が、

月光を裂きながら振り下ろされる。


 空気が悲鳴を上げた。


 ロイドは咄嗟に前へ出る。


 だが、

重い。


 速い。


 衰弱したコトハを支えながらでは、

回避すら間に合わない。


 黒鎧から放たれる死圧が、

全身を押し潰す。


 防ぎ切れない。


 そう理解した瞬間だった。


「……だめ……」


 消え入りそうな声だった。


 掠れた吐息のようなその言葉が、

静かな湖面へ落ちていく。


 コトハの細い指先が、

震えながらロイドへ伸びた。


 拘束の痕が残る腕は、

力などほとんど入っていない。


 それでも。


「お兄ちゃんを……

 傷付けないでぇ……」


 泣き声にも似た願い。


 その瞬間だった。


 湖面が、

微かに揺れた。


 ――ドクン。


 鼓動。


 まるで、

湖そのものが脈打ったような音だった。


 白銀の波紋が、

静かに広がっていく。


 月光が揺れる。


 風が止まる。


 空気が、

変わった。


 ネクロ・ガルディオンの漆黒の刃が、

僅かに静止する。


 世界が、

何かを待つように沈黙していた。


 次の瞬間。


 ――白銀。


 音より先に、

光が世界を呑み込んだ。


 静かな湖面が、

内側から裂けるように発光する。


 爆ぜ上がった白銀光は、

夜空へ届くほどの奔流となって噴き上がり、

そのまま漆黒の斬撃へ衝突した。


 キィィィィン――!!


 甲高い金属音が、

満月の湖へ響き渡る。


 黒刃が弾かれる。


 月光が砕け、

無数の銀光となって宙へ散った。


 荒れた湖面が激しく波打つ。


 だが不思議と、

その白銀には暴力的な荒々しさが無かった。


 まるで。


 “拒絶”そのものが、

形になったような光だった。


 白銀の粒子が、

静かに降る。


 雪のように。


 星屑のように。


 その光景の中心で。


 湖底から、

ゆっくりと“それ”は姿を現した。


 白銀の光の中から、

それは静かに姿を現した。


 湖面を割るその動きには、

一切の荒々しさが無い。


 まるで、

最初からそこに在ったものが、

ただ月光の下へ姿を見せただけのようだった。


 長く伸びる白銀の角は、

神話の麒麟を思わせる。


 濡れた鬣は、

淡い月光を受けて銀河のように揺れていた。


 白馬にも似た優雅な体躯。


 だが、

その四肢には獣としての鋭さが宿り、

静止しているだけで、

空気そのものが張り詰める。


 狼のような眼差し。


 鹿のような神秘。


 その全てが、

異様なほど自然に調和していた。


 白銀の吐息が漏れる度、

荒れていた月マナが静かに鎮まっていく。


 湖が落ち着いていく。


 風が静まる。


 満月の光すら、

その存在を中心に流れているようだった。


 遥か昔から。


 人の文明が滅びようとも。


 世界が形を変えようとも。


 ただ静かに、

この地を見守り続けてきた存在。


 《白銀天獣アフヴェリア》。


 その瞬間。


 ロイドの脳裏へ、

かつて森で感じた白銀の気配が蘇る。


 静かで。


 圧倒的で。


 それでいて、

不思議なほど澄み切っていた存在。


 忘れるはずがなかった。


 あの日、

己へ問いを投げ掛けた、

あの神獣。


 白銀の瞳が、

静かにコトハへ向けられる。


 その視線には、

威圧も、

怒りも無かった。


 ただ。


 遥か昔から、

ずっと探し続けていたものを、

ようやく見つけ出したような静けさだけがあった。


 白銀天獣アフヴェリアは、

ゆっくりと息を吐く。


 淡い銀光が、

吐息と共に夜気へ溶けていく。


「白銀の器よ」


 低い声だった。


 だが、

その響きは不思議なほど柔らかく、

湖そのものが語り掛けているようでもあった。


 コトハの肩が、

小さく震える。


 白銀の瞳が、

真っ直ぐ彼女を見つめていた。


「ようやく――」


 静寂。


 満月の光だけが、

湖面で揺れる。


「声が届いた」


 その瞬間。


 コトハの胸元から、

淡い白銀光が静かに溢れ始めた。


 その瞬間。


 アフヴェリアの額へ、

静かに白銀の紋様が浮かび上がった。


 淡い銀光が、

水面へ落ちる月光のように滲み出していく。


 激しい輝きではない。


 目を焼くような神威でもない。


 ただ。


 触れたもの全てを、

優しく包み込むような光だった。


 温かい。


 どこまでも静かで。


 どこまでも澄み切っている。


 まるで、

凍てついた魂へそっと寄り添う、

月夜の吐息のように。


 白銀光は、

ゆっくりとコトハへ流れていく。


 逃げるような動きではない。


 導かれるように。


 帰る場所を知っているかのように。


 柔らかな銀光が、

コトハの胸元へ静かに溶け込んだ。


 ――ドクン。


 小さな鼓動。


 その瞬間。


 コトハの身体を包んでいた痛みと冷たさが、

淡雪のように溶け始める。


 荒れていた月マナが、

静かに鎮まっていく。


 白銀の粒子が、

呼吸をするように淡く明滅した。


 

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