この街での朝
翌朝、私は鳥の鳴き声と鐘の音で目を覚ました。
久しぶりに気持ちよく眠れて、気分良く目覚められた。
窓を開けると、陽光が石畳を照らし、街はもう動き始めていた。
パンを焼く香ばしい匂いと、露天の呼び声が混じり合っている。
昨日までの砂漠の熱と静けさが、まるで遠い夢のように。
「サフィー、起きてますの?」
アプリルが髪を纏めながら声を掛けてきた。
その仕草に、以前の悪役令嬢……貴族令嬢としての気品がまだ残っている。
でも今は、それを隠すように淡いグレーの旅服を来ていた。それにずっとあのメイド服っていうのもおかしいから。
ロータスだって、アプリルと似たような感じの服装をしていた。
「うん。今日は仕事を探す日、だもんね」
「そうです! あたし、掲示板を見ておきます!」
ロータスは朝から元気だった。
宿屋の前の広場には、働き手を求める張り紙が並んでいるらしい。
私達は軽く朝食を取って、宿を出た。
街の空気は、温かいパンの香りと、少しの埃の匂い。
行き交う人の声がまぶしくて、思わず目を細めた。
「……こんなに賑やかなの、久しぶり」
私は誰も居ない廃都で、一人ぼっちだったから。
孤独のままの生活を。
「そうね。あの学院以来かしら」
アプリルの笑みは、その思い出を薄くするように柔らかかった。
あの”断罪の舞台”で見た微笑みとは違う。
人を裁くためではなく、共に生きるための光を宿した笑みだった。
掲示板の前には、旅人や労働者が集まっていた。
木札には、給仕、裁縫、倉庫整理、教会清掃など、いくつも仕事が並ぶ。
期間も日雇いから数ヶ月以上など、様々。
「どうしようかな?」
「出来そうなのはありますが、短めしか無いですね……」
ロータスも悩んでいた。
この街はそこそこ大きいかもしれないけれども、無限に仕事がある訳じゃないみたいだから。
「あの、お嬢ちゃん達」
後ろから声を掛けられた。
振り返ってみると、商人風の男性が立っている。
「どうしたんですか?」
「仕事を探してるのかな? もし何だったら、二週間だけ手伝ってほしい事があるんだ。お金もあげるからね」
「あの、どういったのでしょうか?」
ちょっとだけ怪しい感じもするけれど、私達はこの人の話を聞いてみることにした。
その人は大通りで露店を営んでいる人であった。
「俺はニコラ・コロシェツというんだが、実は……用事で二週間だけこの街を離れることになった。だが、この街の面倒くさい規則で、それだけ離れるとこの露店の再開に手続きがいるんだ。金も掛かるし」
異世界でも手続きが居るんですね。
むしろ隣国だから、王国とは違う法律なのかな。
「私はどうすれば……?」
「戻ってくるまでの間、露天の店番みたいな感じをしてほしい。俺の事に関して訊かれたら、用事で居ないと言えばいいから。もし、何か商売が出来るものがあれば、それをしてもらって構わない」
色々と話をしているけれども、私が代わりで露店に居れば良いって事なのかな。
簡単そうだけれども、大丈夫かな……?
でも私もまだ仕事を見つけられていないし。
「……私でよければ」
気がついたら、私は返事をしていた。
「良いんですか?」
「うん。見捨ててられないからね」
こんなに事情を抱えていて話しているのに、放っておけなかった。
私は引き受けることに。
「ありがとう、助かった! じゃあ、前金でこれだけ渡しておく。残りはちゃんと居てくれたら渡すからな」
すると、ニコラはある程度まとまったお金を渡してきた。
これがあれば、しばらく過ごせそうな感じの。
「いつから店番をすればいいの?」
「明日からお願いする」
「分かったわ」
こうして私は、この異世界で最初の仕事である、露店の店番をすることになった。
引き受けたのは内心、ちょっとだけやってみたかった事があるから。
明日から頑張ろっかな。




