隣国の街
「ここが隣国の街ね」
「初めての場所よ」
私達は砂漠を抜け、草原をしばらく歩いていると、小さな街に着いた。
石畳に叩く馬蹄の音。
焼き菓子の甘い匂い。
風に混じる人の声。
石畳の大通りに店舗や露天が並んで、さまざまな人が行き交っている。
それら全部が、ここが”生きている世界”なのだと教えてくれる。
久しく聞かなかった賑わいに、胸が少しだけ痛くなった。
「そうですね! 結構賑わっています」
街中を歩いていくと、行き交う人の中に紛れているような気持ち。
まるでモブ。ヒロインと悪役令嬢だったなんて、信じられないくらいに。
「さて、これからどうしようかしら」
「宿屋に行くのはどうでしょう? ここまでずっと砂漠を歩いてきましたから!」
「それがいいかな」
確かに身体も服も汚れてきたので、ここで一旦洗いたい。
私達はこの街の宿屋へ向かう。
「いらっしゃいませ」
「三人ですが行けますか?」
「大丈夫ですよ」
空き部屋があったから、私達は泊まることに。
そこそこ大きめの部屋でふかふかのベッドがあった。
たらいで身体を洗って、これまでの汚れを落としていく。
「気持ちいい……」
私についていたもの、それが垢と一緒に落ちていくように感じられた。
たらいの水が手のひらを伝って流れていく。
指先から、廃都で積もった砂や涙や罪が、一緒に溶けていくようだった。
冷たさが肌に沁みるたび、心が少しずつ軽くなっていく。
それから、汚れてしまった服を洗っていく。
これまで持っていた服……どうしようかと思ったけれども、それも洗うことにした。
ボロボロになっていたのに、捨てることは出来なかったから。これまでの私であるのだから。
舞台衣装みたいだけれど。
「やっぱりサフィーさん、洗ったらとても綺麗ですね!」
「そ、そう?」
ロータスが笑って、羨ましがっていた。
その笑顔を見ていると、廃都で閉じ込められていた何かが少しずつほどけていく。
でも、そっちこそ綺麗って思う。
ワインレッドのボブカットが、太陽で光っているから。
「勿論です! 廃都に居たときよりも、輝いているようです」
「それは良かった」
自然と微笑みが出てきた。
身体もほんのりほぐれている気分。
「さて、これからどうしましょう?」
夜になって、私達はこれからを話し合うことにした。
まずは廃都や砂漠を出ることが出来たので、目標のひとつはクリアした。
「貯金はありますが、このまま旅をしていても無くなるだけです。だから、どこかで稼がないと」
アプリル達、ある程度の貯金はあったんだ。
でもこのままだったら、いずれは無くなるよね……
「そうね。より可能性があるとすれば、首都だけれども、ここからは遠いわ」
隣国の首都……
確かにそこだったらお金は稼げそう。
でも遠いと、そこまでで貯金が無くなる可能性が高い。
「もし出来るんだったら、この街で稼ぐのはどう?」
「ええ。そう考えていたわ」
「すぐにそんな場所がありますか?」
いくら人が多いからって、働く場所があるわけじゃないよね……
「明日から探すわ。この街でも当面は稼げるでしょうから」
「そうですね。そうしましょう!」
もう決まっちゃった。早いね。
「だから今日はゆっくりと休みなさい。サフィー、貴女は廃都で身も心も疲れているから、特にね」
「え、ええ……!」
アプリルは心配いるのか。
私は嬉しく思って、心が温かくなる気分だった。
でも聖女様を盲信して、アプリルに冷たくしたのが申し訳なく思ってしまう。
悪役令嬢だったけれど、こんなに優しい彼女を破滅させようとしたなんて……
「何を考えているの。難しく考えなくて良いわ。明日はきっと今日よりも穏やかになる。それを信じなさい、サフィー」
その言葉が、かつて自分が他人に投げた”信じなさい
と重なって、胸の奥が熱くなった。
「ご、ごめんなさい……」
アプリルに考えているのを見られてしまった。恥ずかしい……
「大丈夫よ、おやすみ」
微笑みながらそれ以上、何も言われなかった。
「じゃあおやすみなさい」
という事で、久しぶりにふかふかのベッドで横になったのだった。
ベッドに身を沈めると、羽根のように軽い。
瞼の裏に、朝の光が浮かんだ気がした。
それが夢なのか現なのか分からないまま、私はようやく安らぎという名の眠りに落ちていった。




