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聖女を信じて悪役令嬢を陥れ続けたら、断罪されたのは私でした  作者: 奈香乃屋載叶(東都新宮)


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クリスタリア学院のグルナ

【グルナ視点】

 鐘の音が三度、遠くで鳴った。

 その響きは、これまでになく静かで、どこか優しかった。

 けれど、その静けさの奥で、何かが目を覚ます音を確かに聞いた。

 祈りを終えたわたしは、聖堂の高窓から差し込む光を見上げた。


 ーーサフィー・プラハ、廃都へ追放。

 ーーアプリル・ブラチスラバ、学院を辞職。


 報告の言葉が、まだ頭のどこかで反芻されている。

 サフィーの暴走で順番はおかしくなったけれども、結局は同じになった。

 そしてそのたびに、心の奥で何かが緩んでいく。


 ……やっと、終わった。


 そう思った瞬間、胸の奥から小さな息が漏れた。

 この長く続いた騒動も、もう終わりだ。

 先に断罪するはずだったアプリルが辞めたことで、同じ事になったのだから。

 これで王都には平穏が戻る。

 わたしは祈りを果たした。罪も絶たれた。

 誰もが救われたはず。


「もう、誰も……罰しなくていい」


 呟いた声は、誰に向けたわけでもなかった。

 独り言だけれども、空気が優しく返してくれる気がした。

 陽光が頬を照らし、涙がこぼれそうになった。

 わたしは、初めて心から安堵したのだ。


 けれどーー


 その時。

 高窓の外から吹き込んだ風が、蝋燭の火を揺らした。

 炎の影が壁に長く伸び、その形がふいに”誰かの笑み”のように見えた。


『終わった……ですって?』


 静かな声が、頭の奥を撫でた。

 あの、聖女様の声。

 けれど、今夜のそれはいつもよりも冷たく、低かった。

 その声は、祈りの聖女ではなく、観客のいない劇場で響く演出家の声のようだった。

 わたしの中の静寂を、演技のように切り裂く。


「……聖女様?」


『どうして、そんなに安らいでいられるの。まだ、舞台の幕は下りていませんよ』


「舞台……?」


 わたしは首を傾げた。

 でも次の瞬間、光が揺れて、影がわたしの足元まで伸びてくる。


『あの二人は、ただ逃げただけ。真に救われたとは言えません。破滅とは、断罪とは、”裁かれ、すべてを失うこと”。あなたは途中で手を止めたのです』


 手を止めた……

 わたしはこれ以上、何も出来ないはず……

 サフィーは全てを奪われ廃都に追放された。アプリルは復権の可能性も学籍も放棄して、学院を去った。

 全てを失っているはず。


「でも、彼女達はもう……何も出来ない。何も権利を得られず、廃都で生きていくこそ、償いでは……」


『償い?』


 声が笑った。

 鈴の音のように、柔らかく、それでいて皮膚を裂くような笑いだった。


『優しいことを言いますね、グルナ。けれど、それは光ではありません。あなたが手を緩めれば、闇が再び息を吹き返すのです』


「……闇、ですか?」


『そう。闇は静けさの中でこそ育つのです。あなたが安らぐその隙に、世界は腐っていく。あなたの”慈悲”が、世界を壊すのです……』


 わたしは立ち上がりかけたが、足が震えた。

 まるで聖女様がわたしの行動を否定しているかのように。

 でも反論できない。

 何かが喉の奥で凍りつくように、言葉が出ない。

 恐怖でもなければ怒りでもない。

 ただ、声の通りにしなければ、また”破滅”が訪れる気がしてならなかった。


「慈悲……」


『あなたはアプリルを最初に破滅させました。ですが、慈悲によって彼女は立ち上がるきっかけを作った』


「…………」


 言い返せない。

 確かに、最初に陥れたらアプリルは破滅したけれど、メイドとして学院に残った。それで良かったっていう慈悲が、結局は二度目の断罪をしないといけなくなった。

 サフィーが予定外の行動をして、順番が狂ったんだけど……


「……わたしは、ただ……静かに祈りたいだけなのに」


『祈りは行動です。静けさの中では、誰も救われません。あなたは選ばれた聖女であり”ヒロイン”。舞台が終わるまで、降りることは許されません』


 影が壁から剥がれ、わたしの足元を覆う。

 冷たい風が吹き、燭台の火が一斉に消えた。

 暗闇の中で、わたしは小さく息を呑む。

 そして、その暗闇の奥から微かな囁きが響いた。


『さあ、次の幕を始めましょう』


 その声と共に、”わたし”の中で誰かが拍手し、”わたし”の中の静けさは完全に消えた。

 心の奥で、観客のいない劇場の幕が上がる音がした。

 そして、”わたし”が沈み、”わたくし”が微笑んだ。


「……ええ。舞台は、まだ続くのですね」

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