砂漠の道
「ねえ……」
「どうしたんですの?」
砂漠を歩き始めて少しして、私はアプリル達に声をかける。
「改めて……アプリルにロータス、ありがとう」
二人に感謝を。ここまでしてくれるなんて……
「いいえ。感謝は私の方ですわ。サフィー、ありがとう」
風は吹いていなかったから、はっきりと聞こえていた。
一歩ごとに、足裏の砂が沈む。
それはまるで、過去の罪を一粒ずつ踏みしめていくようだった。
砂の熱が皮膚を焼いても、痛みは不思議と心を冷ますばかり。
苦しいはずなのに、歩くたびに何かが軽くなっていった。
それから一歩一歩、私達が歩いていった足跡は風で消えていく。でもそれが、もう廃都が私の居る場所ではないのを示していて、砂漠を抜けることへの躊躇を消していた。
「これって何日も歩くの?」
「勿論ですわよ。王国側から廃都に行くのさえ、何日も掛かったのですわ」
無茶苦茶時間かかるじゃん。
でも、それくらいの距離が無いと、廃都を簡単に抜けられちゃうか……
「そっか……」
だからこそあの廃都は必要だったんだ。
もう誰も居ないけれど。
「暑いね……」
「仕方ないですわ。水分には気をつけなさいよ」
「うん……」
すぐに飲み干しちゃったら、後が辛いけれどね……
限られているのだから。
風が止むと、世界の音が遠ざかる。
その沈黙の中に、三人の息づかいだけが響いていた。
いつの間にか、敬語の響きが柔らかくなっている。
主従でも罪人でもなく、ただの”旅の仲間”として言葉が届く。
それがこんなにも救われることだなんて、思いもしなかった。
「足元には、サソリとかもいるかも知れませんわ」
「げっ、そんなのまで……」
刺されたら、一発アウトじゃん……
気をつけないと。
だからこそ簡単に抜け出せないんだ。廃都送りって……天然の監獄だから。
下手をしたら、サソリに刺されて助からないという事だって……
「でも、大丈夫だよね?」
「今のところはですわね」
少しずつ歩いていく。
「今度は……寒い……廃都よりも冷えるかもしれない……」
夜に来ると、余計に冷えていく。
熱を残すものが無いから。
たき火の火を囲みながら、私達は次の朝の方角を確かめ合った。
眠れない夜、アプリルの肩が触れる。
それだけで、生きている温度が戻ってくる。
朝夕を中心に休憩しながら進んでいき、夜にもある程度進ませる。
そんな砂漠を歩く冒険の日々を過ごしていく。
やがて、砂漠を歩いている行商人と出会った。不思議そうに私達を見ている。
逆にこっちは、こんな砂漠を歩く人も居るんだって思った。
「こんにちは」
「おやおや、貴女達も旅を?」
「ええ」
「少女三人で大変ですね。水とか食料でしたら、少々お売りしますが、どうでしょう?」
「では……買わせて頂きます」
行商人から少しだけ買った。
せっかくなのもあったし、多少お腹が空いていたのもあったから。
とはいえこんな場所だったら、高くふっかけられるので多くは買わない。お金はアプリルのを借りる形で。
「毎度あり! では、幸運を」
行商人と別れて、そのまま砂漠を歩いていく。
さっき買ったのを食べて、空腹を満たした。
「お金はあるときで良いから。どうせ、抜けた先で稼ぐ手段を得る必要があるから」
「そうですよね……それにしても、砂漠を通る人なんて居るんだ」
「あの街が廃都と呼ばれるようになってから、昔よりは激減していますが……居ないことは無いですよ。さっきみたいな行商人や冒険者とか。準備をしっかりしていれば、抜けられない事は無いんです」
ロータスが説明してくれた。
そういう人達も居るんだ。補給が出来なくなった砂漠を通り抜けるような人って。
「へぇ~」
だからアプリル達も荷物をたくさん持っていたんだ。
でも、それくらいしないと抜けられないという事かな……
「さて抜けたわよ」
「や、やっと……」
「ここが新しい私として過ごす場所かぁ……」
やがて、砂だらけだった場所から、草木が生えている場所に地面が変わっていく。
空気も少しずつ変わっていた。
次に、風の音が柔らかくなった。
足元を見れば、乾いた金色が、やわらかな緑に溶けていく。
ついに砂漠を抜けたんだ。
……バイバイ、廃都。
振り返ったその瞬間、風が背中を押した。
まるで『もう戻らなくていい』と言ってくれているようだった。




