表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖女を信じて悪役令嬢を陥れ続けたら、断罪されたのは私でした  作者: 奈香乃屋載叶(東都新宮)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

75/87

草鞋の先で

「佐奈、文芸部との掛け持ちになったって聞いたけれど、本当なの?」


 数日後、六花がさっそく情報を聞いて話しかけてきた。

 ちょっと悪い感じで。


「本当。掛け持ちになったんだ、私」


「残念ね、主役になる佐奈が見たかったんだけれども」


 期待していたのかな。

 でもそんなつもりはない感じだけれども。皮肉を言っているようにしか感じない。

 六花も主役を狙っているけれど、なれていないから。


「仕方ないよ。あの子の部活が廃部になっても、私が主役になれる保証は無いから」


「そうね。佐奈が主役になるとはいえないから」


 ちょっと私に反発しているから、そんなことを言ってくる。

 彼女も彼女でフラストレーションが溜まっているから、仕方ないかな。


「六花……そういえば、台本を無視して顧問から注意されていたけれど、そこは直した方が良いよ」


「そんなの関係ないでしょ」


「まぁ、そうだけどね」


 ちょっと言い合っちゃった。でもすぐに落ち着く。

 だって、六花に対して、そこまでの気持ちは無いからだと思うけれどね。


「とりあえず佐奈、頑張ってね。文芸部」


「うん……」


 それからも私は演劇部の部員として、裏方や脇役などをしていった。

 だから、多少なりとも演技力がついていったのかな。



 新しく入部した文芸部の部室は、放課後の光でいつも少しだけ金色に見えた。

 演劇部の舞台のような喧騒はなくて、ただパソコンのキーボードを叩く音、鉛筆の音、ページをめくる紙の音だけが響いていた。

 静かだけれど、寂しくはなかった。

 華怜がそこにいて、机の向こうから微笑んでくれたから。

 それだけでも、私は掛け持ちにして良かったと思う。


「佐奈、今度の部誌に載せる短編、できた?」


「うん、もうすぐ……」


 パソコンに書きつけた文字を見ながら、私は小さく息を吸った。

 書きつけているのは、”転生ヒドインが破滅する話”。

 自分で書きながら、胸の奥がざらざらと痛む。

 それでも筆を止められない。

 ヒロインが破滅するのは、悪役令嬢を貶めようとした罰。

 だけど本当は、その子も必死に”誰かに認められたかった”だけ。


「破滅するヒドイン……どうしてこのテーマにしたの?」


 華怜が少し心配そうに訊いた。

 確かに私とのギャップが強いからね。


「……主役になれなかった人の話を書きたかったの。誰かのために動いて、結局自分の舞台を失う人の」


「佐奈らしいね」


 そう言って、華怜は笑った。その笑顔を見て、私は少しだけ安心した。

 けれどテキストファイルに書き込む手は、止まらなかった。

 

 パソコンの文字に書かれている行間に、誰かの声が響いている気がした。


 ”どうして主役にならないの”


 ”輝ける場所に立ちなさい”


 演劇部の舞台照明の光が、まぶたの裏に蘇る。

 ーーだけど私は、裏方で良い。

 誰かを照らす光の方に、どうしようもなく惹かれる。


 書き終えたとき、私は泣いていた。

 悲しくてじゃない。

 物語の中で、誰かがようやく自分の役を見つけられたから。

 それが、破滅の役でも。


「佐奈、すごいよ。まるで芝居を見ているみたい」


 華怜が言った。

 その言葉に、胸が少しだけ熱くなる。

 ーー芝居。

 うん……そっか……私は書くことで、舞台に戻っていたのかもしれない。

 文字で演じる、もうひとつの”主役”。

 私だけが主役で、順位も関係ない。私自身が安心できる場所。


 その日、夕暮れの部室で見た陽の色を、私は今も覚えている。

 パソコンの上に落ちる橙色の光が、まるで幕を降りる直前の証明みたいで、”この物語は終わりじゃない”と、どこかで囁かれているようだった。


 やがて私は、その物語の中に入り込むことになる。

 ヒドインとして、断罪される運命を自ら演じながら。

 ーーあの小説の通りに。


 それが……裁定の場で発揮されることになったんだけれども……

 文芸部で書いていたヒドインが破滅する小説だって……

 この経験が皮肉にも、ね。


 あの日、舞台の幕が降りる音を聞いた。

 それが、私の最初の”裁定”の音だったなんて、あの時の私は知らなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ