草鞋の先で
「佐奈、文芸部との掛け持ちになったって聞いたけれど、本当なの?」
数日後、六花がさっそく情報を聞いて話しかけてきた。
ちょっと悪い感じで。
「本当。掛け持ちになったんだ、私」
「残念ね、主役になる佐奈が見たかったんだけれども」
期待していたのかな。
でもそんなつもりはない感じだけれども。皮肉を言っているようにしか感じない。
六花も主役を狙っているけれど、なれていないから。
「仕方ないよ。あの子の部活が廃部になっても、私が主役になれる保証は無いから」
「そうね。佐奈が主役になるとはいえないから」
ちょっと私に反発しているから、そんなことを言ってくる。
彼女も彼女でフラストレーションが溜まっているから、仕方ないかな。
「六花……そういえば、台本を無視して顧問から注意されていたけれど、そこは直した方が良いよ」
「そんなの関係ないでしょ」
「まぁ、そうだけどね」
ちょっと言い合っちゃった。でもすぐに落ち着く。
だって、六花に対して、そこまでの気持ちは無いからだと思うけれどね。
「とりあえず佐奈、頑張ってね。文芸部」
「うん……」
それからも私は演劇部の部員として、裏方や脇役などをしていった。
だから、多少なりとも演技力がついていったのかな。
新しく入部した文芸部の部室は、放課後の光でいつも少しだけ金色に見えた。
演劇部の舞台のような喧騒はなくて、ただパソコンのキーボードを叩く音、鉛筆の音、ページをめくる紙の音だけが響いていた。
静かだけれど、寂しくはなかった。
華怜がそこにいて、机の向こうから微笑んでくれたから。
それだけでも、私は掛け持ちにして良かったと思う。
「佐奈、今度の部誌に載せる短編、できた?」
「うん、もうすぐ……」
パソコンに書きつけた文字を見ながら、私は小さく息を吸った。
書きつけているのは、”転生ヒドインが破滅する話”。
自分で書きながら、胸の奥がざらざらと痛む。
それでも筆を止められない。
ヒロインが破滅するのは、悪役令嬢を貶めようとした罰。
だけど本当は、その子も必死に”誰かに認められたかった”だけ。
「破滅するヒドイン……どうしてこのテーマにしたの?」
華怜が少し心配そうに訊いた。
確かに私とのギャップが強いからね。
「……主役になれなかった人の話を書きたかったの。誰かのために動いて、結局自分の舞台を失う人の」
「佐奈らしいね」
そう言って、華怜は笑った。その笑顔を見て、私は少しだけ安心した。
けれどテキストファイルに書き込む手は、止まらなかった。
パソコンの文字に書かれている行間に、誰かの声が響いている気がした。
”どうして主役にならないの”
”輝ける場所に立ちなさい”
演劇部の舞台照明の光が、まぶたの裏に蘇る。
ーーだけど私は、裏方で良い。
誰かを照らす光の方に、どうしようもなく惹かれる。
書き終えたとき、私は泣いていた。
悲しくてじゃない。
物語の中で、誰かがようやく自分の役を見つけられたから。
それが、破滅の役でも。
「佐奈、すごいよ。まるで芝居を見ているみたい」
華怜が言った。
その言葉に、胸が少しだけ熱くなる。
ーー芝居。
うん……そっか……私は書くことで、舞台に戻っていたのかもしれない。
文字で演じる、もうひとつの”主役”。
私だけが主役で、順位も関係ない。私自身が安心できる場所。
その日、夕暮れの部室で見た陽の色を、私は今も覚えている。
パソコンの上に落ちる橙色の光が、まるで幕を降りる直前の証明みたいで、”この物語は終わりじゃない”と、どこかで囁かれているようだった。
やがて私は、その物語の中に入り込むことになる。
ヒドインとして、断罪される運命を自ら演じながら。
ーーあの小説の通りに。
それが……裁定の場で発揮されることになったんだけれども……
文芸部で書いていたヒドインが破滅する小説だって……
この経験が皮肉にも、ね。
あの日、舞台の幕が降りる音を聞いた。
それが、私の最初の”裁定”の音だったなんて、あの時の私は知らなかった。




