遠ざかる影
胸の奥が大きく揺れた。
泣き崩れていた女生徒は、安堵の涙を滲ませながらグルナ様に深々と頭を下げる。その震える肩を、周囲の生徒達が「良かった」と囁き合いながら見守っている。
その光景は、まるで救済の奇跡だった。
(あのときも……そう。私を救ったのはアプリルじゃない。誰にも届かなかった彼女の声じゃなくて……世界を一瞬で変えたのは、グルナ様の言葉だった)
思い返すほどに胸が締め付けられる。
アプリルは必死に叫んだのに、誰も耳を貸さなかった。
だけど、グルナ様が一言告げただけで、人々は掌を返したように信じた。
その落差は、残酷なほどに鮮明だった。
光と影。天と地。救いと孤独。
どちらを選ぶべきかなんて、わかりきっているはずなのに……胸の奥では、まだアプリルの姿がちらつく。
「サフィー」
名前を呼ばれ、はっと振り向く。
藤色の瞳が真っ直ぐに射抜いてきた。その輝きに包まれた瞬間、胸の痛みが霧のように溶けていく。
「あなたも、あの子のように真実を貫ける人ですわ」
静かに、けれど揺るぎない声で紡がれたその言葉。
優しいのに、同時に鋭い刃のように私の迷いを断ち切った。
切り裂かれた心の奥には、甘い熱が流れ込み、抗いようもなく満たされていく。
(……そうよ。導いてくれるのはグルナ様。あの人こそ、私が信じるべき聖女。アプリルなんて……影にすぎない)
そう思った途端、胸の奥でうごめいていたアプリルの影は、陽光に溶ける霧のように遠ざかっていった。
残ったのは、ただひとつーー光に包まれたグルナ様の姿だけだった。




