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第09話「夢幻のアーキテクチャ」

――― 王立研究所にて

宮廷の敷地内には王立研究所がある。そこでは研究室やそれに付随する実験場があり、多くの一流の研究者が集まり、日々王国の技術発展、繁栄のために貢献している。そしてデプリヴンが現れて以来、主にデプリヴンという生命体の解明に力を注いでいた。

最近、その王立研究所に運び込まれた検体があった。多くの研究者たちがその検体について熱心な研究を行っているところであった。アデリーナ女王もその様子を確かめるべく、研究所を訪れていた。

厚いガラスで仕切られた部屋があり、その周囲を囲むように研究室が配置されている。室内には一式の家具が用意され、その中央には一人の子供がおり、となりには女性が寄り添っていた。子供は無心に食事をとっていた。手で食べ物をつかみ口の中に押し込んでいた、まるで母親の存在を気にしていないようだった。その子供の腕からは小さな角が出ている様子が見て取れた。

「あれが、子供のデプリヴンです。となりにいるのがその母親です。」

研究者がいうと、アデリーナ女王が心配そうに尋ねた。

「大丈夫なのですか?あのように近くにいて。」

「ええ、大丈夫です。幸い、一般的な大人のデプリヴンが攻撃性を保持しているのに対して、あの子はほぼ攻撃性を持っていません。そのため母親にも協力してもらい、慎重に研究をすすめているところです。」

「それで、何か新たに分かったことはあるのでしょうか?」

「角は小さなものが腕から一つでていますが、それが徐々に小さくなっていることが分かっています。そして、その経過を観察しているところです。なぜ小さくなるのか、その原理が判明すれば何か大きな手がかりになるかもしれません。またもう一つ、食事と親にしか興味を示さないことも分かっています。その他のことには何も反応しません。」

「そうですか、引き続きお願いします。この調査が国を救う一手になるかもしれません。よろしくお願いします。」


アデリーナ女王は他にも多くの公務をこなしていた。議会で王室演説を行い国の方針や重要な政策について述べていた。その後は王立騎士団に加わる者達への感謝、鼓舞を行うための式典への参加することになっていた。彼女の公務での姿は徐々に品格が現れていた。幼いころから王をみて育ったアデリーナにはその振る舞い、話し方、作法が身についているのかもしれなかった。もしくは王族であるという認識が彼女の振る舞いを自然とその身分にふわさしいものにするのかもしれない。いづれにしてもその様子は多くの貴族委員たちや、関係者の間でひそかに話題になっていた。

―このところの女王様をみてごらんなさい。美しく気品にあふれ、力強さも感じられる。

―意中の男性はおられるのだろうか?

―縁談をもちかける貴族もいるのだとか…

アデリーナ女王の演説を拝聴していた一人の貴族がジョエルに小声で耳打ちをした。

「私も気が気ではないよ。どのような方をアデリーナ様は選ばれるのだろうか。」

ジョエルは答えて言った。

「私は今、彼女のことで思い焦がれている男性諸君のことを思うと心が痛むよ。」

「といいますと?」

まぁみていてください、とばかりにジョエルは笑みを浮かべた。それは余裕と自信にあふれたものだった。そしてその視線の先にはアデリーナ女王の姿があった。

(私とアデリーナ様の運命の糸は既に交わっている。我らの出会いは星々に導かれているのだ。その時は差し迫っているがあまり急かしてはいけない。私と彼女との一つ一つのお互いの思いはゆっくりと醸成されていく。そして、私は一つに交わるまでの過程を大切にしたいのだ…)


――― 翌日の早朝

アデリーナはふと目を開けた。

室内はまだ暗かった。窓辺には淡いシルクのカーテンが優雅に揺れていた。微風が吹くたびにそれは踊るように舞っていた。窓の外に視線を移した。夜であるというのに街の明かりが煌々としている。これもすべてエレクタの恩恵によるものだ。深い藍色に染まっている山の連なりがうっすらと明るみを帯びている。その先にあるレイシア国の都市エメラルドヘイヴンが放つ光だ。膨大なエレクタが使用されている証拠でもあった。

(そもそもエレクタとは何なのかしら・・・。)

そして、デプリヴンとなった子供のことも思い出した。国随一の研修者たちが集まってもすぐに解明できるものではないということだった。

(原因が分からなければ誰も救えない・・・)

気持ちは焦るばかりだったがアデリーナには待つことしかできない。なにか、自らも協力できないのかと歯がゆく思った。

「ねぇ、リリー。」

アデリーナはリリーに声をかけてみた。リリーはついこの間から近衛騎士団の任務として寝室の警備にあたっていた。いつも扉の傍にたち、外部からの侵入者に対して警戒をしているようだった。

「どうしたの?」リリーが小さな声で答えた。

「夜中にずっと守ってくれてありがとう。」

アデリーナが感謝の言葉を伝えると、リリーは答えていった。

「大丈夫だよ、もう慣れたから。それにこの時間はとても静かで気に入っているの。」

アデリーナが尋ねた。「寝言言ってない?いびきかいてない?」

「たまに、かな。」

アデリーナが笑いをこらえる声がした。リリーはしばらくの間を置いて、続けて言った。

「特に窓の外の夜景が綺麗なの。キラキラと光り輝いている。ああ、この国を守らないとって、思わせてくれる。これもエレクタが輝かせているんだよね?」

「そうよ。すべては国の中心部奥深くにある、建国時代からの魔法装置が生み出している。」

「そのエレクタについてとても詳しい人がいっていた。下層で一番詳しいんだって。その人が言うには、昔、青白く光る石があったそうなの。とても貴重で、まるで星のようにみえるらしいの。」

アデリーナは体を起こしてリリーに顔を向けて言った。「私も話には聞いたことがある。いつかみたいとずっと思っていたの。もしかしたらその人なら何か知っているのかしら。それにエレクタについて一番詳しいって、もしかしたらその人もデプリヴンについて何か知っているかもしれない。」

「うん。エレクタは人の体と大きくかかわっているって聞いたことがある。何か関連してるのかもしれない。あの人が住んでいる場所は・・、きっと探せばすぐに見つかる。夜が明けたら朝から向かうね。協力してくれるかは分からないけれど。」

「リリー。何を言っているの?」

アデリーナは満面の笑みで答えた。彼女はナイトドレスを脱ぎ、着替え始めた。「私も行くに決まっているじゃないの。」

リリーは困惑した表情を浮かべた。

「ダメだよ。そんなこと。」

アデリーナは返すように言った。「ねぇ、リリー。どれだけパイが美味しいか説明されても、食べて確かめないと永遠にそれが何であるかは分からない。そうでしょう?」

彼女はそう言いながら着替える服に悩んでるようだった。衣裳部屋に設けられたドレッサーから服を取り出しては首を傾げていた。

「急いでるみたいだけど、まさか今から行こうとしているの?こんなことがバレたらブラックス団長になんと言われるか。それに外はいつデプリヴンが襲ってくるかもしれないし、それに、それに・・・。」

アデリーナは取り出していた衣装を元に戻し、そして振り返ってから言った。

「いいことを思いついた。リリーが来ていた侍女の服をもってきてもらえる?それに帽子も。」

それからリリーが侍女の服を持ってくると、アデリーナはその服に着替え、帽子を被った。リリーが被っているものと同じだ。鏡の前に立ち、その全身を確かめながら言った。

「帽子はいくつも作っておいてよかったわね。完璧に変装できている、なかなか似合ってる。それにこれなら誰も私が女王だなんて思わないでしょう。」

リリーはまだ心配そうに言った。「扉の前の衛兵は怪しむかも…。」

「大丈夫よ。何も見なかったことにしなさいって、ちょっとお願いするだけよ。しっかり説明したらだいたい聞いてくれる。みないい人ばかり。」

「それ、脅してない?」



――― ヴィクトリア・ストリートにて

まだ人通りのほとんどない道を二人は歩いていた。アデリーナは早朝の冷たく澄んだ空気を一杯に吸った。

「ああ、最高の気分。早くこうしているべきだった。たまには気晴らしもしないとね。今日は堅苦しい話し方もしなくていいし、気が楽だわ。」

アデリーナはとても嬉しそうだった。

「久しぶりのデートだね。なんだか懐かしい。ずっと昔のことのように思える…。」

「でも、大丈夫かな?こんな形で外に出て。」

「大丈夫。なにかあったらすべて私が決めたことだと言えばいいから。それに…。」

アデリーナは少し表情を引き締め、まじめな表情をした。「私は、大事なことは自分の目で確かめたいから。」


それから二人はグレード・バリケードを越え、下層に入った。最初に向かったのはエドの料理店だった。そこは以前のままであった。リリーがデプリヴンに襲われた時の様子と変わらない。入口は破壊され、店内の床はいくぶん穴が開き、修繕されていなかった。しかし椅子やテーブルなど壊れた家財は片づけられているようだった。扉の前には閉店と書かれた看板が置かれていた。アデリーナは少し扉を開け、中を覗き込んでから言った。

「ここはリリーが襲われたところね?」

リリーは無言で頷く。それから店内に誰か人がいないか声をだして呼びかけてみたが誰も現れなかった。どうやら今は留守にしているらしかった。

それからリリーは近くでデクランというエレクタに詳しい男はいないかと聞き込みを行った。ずいぶんと時間がかかった。待ちゆく人々は心なしか少なかったし、扉をノックしても出てこないことが多かったため苦労した。もしかしたらデプリヴンの襲来に怯え、もう外にでることを極力おさえているのかもしれない。しかし、夕暮れになりようやく彼の住む場所を突き止めることができた。


静かな小道の奥深く、大きな木々に覆われた一角にひときわ異彩を放つ一軒の古びた家が佇んでいた。その屋根は年月が経過することによる荒れに耐え、古びた煙突からは青白い煙が立ち昇っていた。草むらは家の周りにぼうっと広がり、あたりはまるで時間が止まったような静寂が漂っていた。聞こえてくるのは鳥のさえずりだけだ。木々の間を飛び交い、互いに声を掛け合いながら飛び交っていた。

「こ…。ここなの?なんだか妙な臭いがする。」

アデリーナが眉をひそめて呟く。手で鼻をつまみ、目だけを動かしながら家屋の様子を確認していた。玄関の扉はゆるんでおり、風が吹くたびにかすかなギシギシと音を立てていた。窓ガラスはほこりと蜘蛛の巣で覆われ、外からは中の様子が伺い知れない。

「ねぇ、リリー。ここは、女の子のデートにはふさわしくない場所じゃない?」

家の外側から声をかけてみたり、扉をノックもしてみたが、この家の家主と思われるものは一行に出てこなかった。リリーはアデリーナに言った。「入りましょう。」


リリーが扉をあけて中に入っていく。その後をアデリーナもついていった。

廊下には小鳥の巣のように細いほこりが舞っていた。所狭しと古びた家具や本、それに金属質の実験道具や古びた書物が散らばっていた。奥には部屋に通じる扉があるようだったが、ほとんど足の踏み場はなかった。

奥の扉をゆっくりと開けてみるとそこには一人の男がいた。デクランだった。彼は小さな椅子に座り、彼女たちには目もくれずもくもくと手を動かし、作業に集中しているようだった。彼の小さなデスクの前には多くの機械工具と分厚い本が重なり合っており、そのとなりには大きなコップが置かれていた。

「デクランさん?」

リリーが声をかけてもしばらく彼は手を動かすことを止めなかった。リリーとアデリーナは互いに顔を見合わせ、彼が答えるのを待つことにした。部屋の中にはもう一つデスクがあった。その机の上はとても綺麗に整理されていた。几帳面に本が並べられ、それ以外には何も置かれていなかった。まるで性格の異なる住人がもう一人いるようだった。その住人は今、留守のようだ。

デクランはようやく作業に一区切りがついたのか、顔を上げて言った。

「ああ。トレバーじゃなかったのか。すまんね。」

そういいながら、コップを手に取り、中の飲み物を口に含んだ。

「あんたは。たしか・・リリーと言ったな。となりは?」デクランはアデリーナに目を向けた。

アデリーナはこたえようとして、目をキョロキョロと動かした。どうやら何も考えていなかったらしかった。「えっと、あの・・トイレ修理屋のケ…ケイデリーナです。」

デクランは探るような表情でアデリーナに注目した。しかしすぐに興味を失ったのか、また机に向かい、それから言った。

「まぁいい、適当に座ってくれ。」

リリーは周りを見渡した。しかしどこにも座る場所などないようにみえた。昔はソファーだったと思われる場所も今や本棚として活用されているようだった。アデリーナがリリーに近づき耳打ちをした(あの一際大きい本の上が良さそうよ。)


リリーとアデリーナは事の経緯を説明した。子供のデプリヴンが今、王室研究所で確保されており、その特徴や原因を研究者たちが調査していること。少しずつ進展はしているものの、まだ原因解明はされていないこと、そのために力を貸してほしいこと。

「子供のデプリヴン?興味はあるがお堅いところは嫌いだ。特に上層の人間と話すことなどない。」

それからデクランは続けて言った。

「今の下層の状況を知っているか?デプリヴンはもはやどこに潜んでいてもおかしくない。宮廷の人間はまだそんなことも知らず、あそこに居座っている。我々は現実が見えている。そして頭のいい奴からいち早く逃げ出している。守り切れんのだから早く隣国に援助要請でもして逃げ出すべきだ。」

アデリーナが驚いたように声をあげた。「に、逃げる?」

「逃げるというなら早くするに越したことはない。そのためにはあのでっかい壁が邪魔だ。エレクタの供給を止めて壊してしまえばよい。そうすれば幾分人通りも良くなるだろう。」

デクランの話にアデリーナは食って掛かった。

「壊す?サンクレア王国建国以来、我が国を守ってきたグレート・バリケードを?この国の象徴であり、人々の希望であり、愛されている歴史的建造物を?他国にも評価され、畏怖される鉄壁の守護神を?ちょっとありえない考えだわ。」

手を広げ、肩をすくめてみせた。デクランは鼻で笑ってから言った。

「上層の人間の考えだな。物事の本質を知らんから上っ面をすくうような話しかできん。あれは今や人々が行き交う足かせでしかないではないか。ここ数十年あれが活用されたことはあるか?」

デクランの問いにアデリーナは応戦した。「30年前に北部のミタシコフと小競り合いになったことがあるわ。その時にもおおいに役に立ったと聞いているわよ。」

「それは王国の権威と兵力を知らしめようとする方便の一つだな。実際にはほとんど役に立っとらん。下層が一部戦場になり被害をうけただけだ。上層の方々はあなたと同じように聞いた情報だけで全てをわかったようにもっともらしく語るのだけはうまい。真実の1%もかすっとらん。だけど分かったようにふるまうことも大事かもしれないな。分かったような顔をしている人が好きな連中がほとんどだからな。」

アデリーナは手を握り締めてぷるぷると震わせていた。顔を真っ赤にさせていた。

「納得いきません。そのような話。訪ねる家を間違えたところにきたようです。」

アデリーナはそういって、踵を返した。リリーは手を伸ばしたが、彼女は無言でスタスタと出て行ってしまった。

デクランはしばらく無言だったが、顔を机に向けて、またなにやら作業の続きをはじめた。そして、誰に言うでもなく呟いた。

「トイレ修理屋さんには悪い事したな。言い過ぎたようだ。彼女の考え方は国民のごく一般的で普通な考え方だ。しかし我々研究者は、普通を普通だと考えないことが大事だ。私たちは普通を疑う。そもそも、普通とは何だ?普通なんてことがこの世の中にあるのか?それはただ、今ひと時、みながおなじことをたまたま考えているにすぎないのだ。」

デクランは言いながら、やはり作業に没頭をしていた。

リリーはお辞儀をして家を飛び出した。アデリーナを追わなければならなかった。

どこにいったのだろう、周りを見渡してみる。しかし彼女はすぐに見つかった。草の生い茂った庭にしゃがみこんで、何かをじっと見ているようだった。

「アディ?」

リリーが呼びかけると、ふと気が付いたようにアデリーナが立ち上がり顔を向けた。

「わかってる。ごめん。」頭を下げていった。そして地面に指をさしていった。「これをみて。」

アデリーナが指を差した先には小さな岩が並べておいてあった。それらは一件ゴツゴツとした変哲のない石だった。しかし近づいてみてみるとぼんやりと青色に光っているように見えた。ちょうど背の高い木々に光を遮られて、薄暗くなっているためにかろうじてその事に気が付いたのだ。

「たぶん、これが青白く光る石。はじめてみたわ。なんていったっけ・・えっと」

「発光石。」

後ろの方で声がした。振り返ってみるとそこにはデクランが立っていた。

「別名は輝煌の明星きこうのめいせいだ。石の中に大量のエレクタを内包している珍しい石だ。もう、ずいぶんエレクタを放出して弱くなっているけどな。」

デクランは「こっちにこい。」といって歩きはじめた。

二人は顔を見合わせてだまってついていくことにした。しばらく歩くと鳥の囀りやそよ風のざわめきに包まれた静寂の中、突如として木々の間から人工的な建造物が現れた。石を規則的に積み上げられたなんらかの施設の入口であり、それらはおそらく長年の間そこにあるのだろう。深い草木に覆われており、その緑が石の灰色に美しく映えていた。入り口の上に一羽の鳥がとまっていた。デクランは指で鳥を差し、アデリーナに向かって言った。

「あの鳥は何色に見える?」

アデリーナは目を凝らし、確認してから言った。「黒、かしら?」

「本当にあの鳥は黒いか?白ではないのか。」

デクランはそう言って、建物の中に入っていく。アデリーナは無言でリリーに目くばせして伝えた。

(やっぱりこの人頭がおかしな人よ。目も悪いかもしれない。)


建造物の中はとてもひんやりとしていた。そして、ゆるやかな風が建物内部から外に向かって流れているようだった。おそらく、どこかに通じてるのだろう。

「これは・・」

アデリーナは驚きの声を上げた。地面に敷き詰められた石の一部が青白く光り、道行く人にその行く手を照らしてくれているようだった。だがその光は弱弱しくぼんやりとしていた。しばらくすると道は行き止まりになった。多くのがれきや土がその先を遮っているようだった。

「すごい、発光石がこんなにたくさん敷き詰められている…」

リリーもアデリーナと同じようにその青白い色の連なりをじっと眺めた。

気が付くとそこには一人の男がいた。背の高い30代くらいの男だった。彼はその場所を確認しながら、何やら記録をとっているようだった。

「どうだ、トレバー。何かわかりそうか?」

デクランがトレバーと呼んだ男は振り返った。背の高い30代くらいの男であった。彼は紙にメモをとる手を止め、そして言った。

「まだですね。しかしずいぶんと分かってきました。おそらくこれは昔水路だったものと推測されます。もうすぐで全容が判明しそうですよ。」

それからデクランは二人にむけて言った。

「この通路で光っている石はすべて発光石だ。珍しいだろう。しかし、昔は珍しいものでもなんでもなかった。今はエレクタによる発光が当たり前。100年後の当たり前はまた違うだろう。」

アデリーナはしばらく考えてから訪ねて言った。「それは、100年すれば黒い鳥も白くなるかもしれないということ?」

「いい線いってるがちょっと違うかな。」

デクランは少し笑ってみせた。それからトレバーに向かって言った。

「おい、トレバー。別の仕事だ。今からこのお嬢さんたちと宮廷に行ってこい。詳細はこの子達にきけ。」

「宮廷ですか?初めていくので興味はありますが。」

それからトレバーは二人に自己紹介をした。デクランは二人に向かって言った。

「こいつはなかなか見どころの有るやつだ。俺じゃなくても十分訳に立つはずだ。すくなくとも宮廷の研究者よりは、ずっとな。それから…。」

男はそう言いながら、一つの指先ほどの機械を差し出した。それは金属質の物質でできており、細かく、成功に作られているようだった。

「これは今そこらじゅうにいるデプリヴン達の接近を検出できる。」

「そんなことが?」アデリーナが驚いて言った。

「ああ、あんなもんに命を取られるのも腹立たしいからな。頭を使って対抗するんだ。デプリヴン達は人とは異なるエレクタが体内でうごいている。人との差を検出できる。やってみせよう。」

男は言いながら、それをアデリーナに近づけた。そうすると青白い色に変わった。さらにそれをリリーに向けた。リリーは驚き、そして、表情をこわばらせた。しかし、それはやはり青白い色にかわった。

「このように、人であれば青白い色だ、しかし、デプリヴンであれば赤く強く光るようにしてある。これをもっていきなさい。」

そういって、デクランはリリーに手渡した。

「いいんですか?デクランさん。」

「ああ、これは、エドさんの敵を討ってくれた、俺からの礼だ。」

リリーは頭を下げて感謝を伝えた。アデリーナは少しばかり黙っていた。それからデクランに言った。「さきほどはごめんなさい。あなた、結構凄い人なのね。」

「凡人だよ。そうだ、宮廷に行く前にうちのトイレ、故障しているから修理してくれんか?最近、水の出が悪くてな。」

アデリーナは堪えて言った。「いえ、トレイの修理はやったことがないので…」

リリーは眉をひそめてアデリーナをみつめた。

デクランは笑ってこたえた。「そうか、トイレ修理屋がトイレの修理ができない。そういうこともあるかもしれない。」


――― 王立研究所にて

「何かわかりましたか?」アデリーナが質問した。トレバーは顎を指で揉みながら答えた。

「ええ、これは憶測も含みますが、いままで想定していたことが確信に近づいたところもあります。デプリヴンというのは感染症のようなものであるということです。どのように感染するかは分かりませんが、間違いないでしょう。この子供はもともと人間の子供です。感染すると、思考が消える。単純化される。たぶん感染すると一時的に脳細胞が死ぬのでしょう。そして単純な食欲とかくせのある思考だとか、そのようなものに思考が極大化してしまう。たとえば、お腹が空いたという感覚だけが残り、そしてその食欲が人間を対象に向いてしまう、まるで野生の獣だ。

しかし最近ではその動きに集団としての意志のようなものも感じられる。襲われる場所が局所的であること、以前のように手有り次第に人を襲うということをしなくなったということ。これは非常に不気味ですね。」

「この短期間でどうしてそこまでのことが・・。」

「ほとんど想定してきたことです。ですがこの子供のデプリヴンをみて、確認してみて確信しました。子供というのはとても反応が分かりやすい。引き続き研究にあたらせてくださると嬉しいです。」

王立研究所の研究者たちは最初、下層から来た者ということでみないぶかし気な顔をしていてやりにくかった。しかしすぐに彼の力量を理解してもらい、今では一緒になって研究を進めているということだった。

「ところで、あなたはやはり女王様だったのですね。」

「ばれていたの?」

「それはもちろん。95%くらいはそうじゃないか、と。人とはどれだけ隠しているつもりであっても、自分の癖というものが気付かないうちに表に現れるものです。どのような人間であってもすべてを隠すことなどできない。あなたの物腰はとても気品にあふれていた。一般家庭で育ってきた人の作法ではないですから。もちろん、デクランさんだって気が付いていたと思いますよ。」

言われてみて、アデリーナは思い出した。


―上層の人間の考えだな。物事の本質を知らんから、上っ面をすくうような話しかできん。


(知っていて、あんなことを私に言ったのね。)

しかしアデリーナは彼と、トレバーの様子をみていて考えを変える必要性を感じていた。それは宮廷の中にいては理解ができなかったであろうことだった。


―― 

それは、アデリーナ女王が負傷した衛兵たちを鼓舞するために、演説おこなっていたときのことだった。衛兵たちには腕や足が損傷している者、3カ月の休養を余儀なくされ、そして体は寝たままで固定されたもの、多くの者が彼女の話をきくために参列していた。

その途中で、その場に入ってきた者がいた。ゆっくりとした足取りで、しかしまるでその場にやってきたことを強調するかのような、堂々とした足取りであった。

衛兵の一人が彼女を確認し、声をかけた。

「おい、今は女王の演説中だぞ。止まりなさい。」

彼女は制止しようとする衛兵に一瞥もくれずに演説中のアデリーナ女王をまっすぐ見据えていた。

アデリーナはそのことに気が付き、彼女の顔をみた。それは古くから知る友人であった。

そして演説を中断し、小さな声で呟いた。「エリゼ・・・。」



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