91.旧きハイエルフとの邂逅
じりじりと少しずつ距離を詰めてくる彼らの手には武器が握られており、どう考えても私達を敵だと判断しています。
私達が自分の武器に触れようものなら、即座に襲い掛かってくるでしょう。
「――魔物に、徒人か……いやまて、フードを上げて顔を見せろ!」
そう言えばフードを被りっぱなしでしたね。
普段は外しているのですが、被っていると枝とかが顔に当たるのを防いでくれるので、森の中では被るようにしています。
私を徒人――要するに人間と思っていた彼らのうち、一番先頭で質の良い槍を構えていた青年に言われたとおり、フードを外して顔を見せます。
これでもハーフエルフですから、一応は同族と言えるはずです。
なので武器を下ろしてくれれば……と思っていたんですけどね。
「……友、か? ははっ、我らが友じゃないか! みな、武器を下げよ! 新たな友が里に訪れたぞ!」
「友だと?」
「新しい友だ!」
「耳を隠すなんて水くさいじゃないか友よ!」
顔を見合わせ、途端に超フレンドリーになった彼らは、初対面であるはずなのに私を友と呼び始めました。
「えぇ……?」
「そっちの魔物は友か?」
「友と一緒にいるんだ。ならば友だろう」
「友の友なら我らが友! 歓迎しよう!」
そしてユキも当たり前のように歓迎され、私達は何が何やら分からないうちに彼らの里に案内されました。
案内された彼らの里は、森と一体化した幻想的なものでした。
地上と枝を繋げる梯子、木々の上に築かれた家、家と家を繋げる吊り橋に、建物として使われる木のうろ。
個人の家は枝の上に作り、共同で使用する建物は木のうろに作る。神殿や会議場は後者であり、私とユキが案内されたのは会議場でした。
「――さて、まずは我らのことから話すとしよう、友よ」
ハイエルフの代表として真っ先に座ったのは、私にフードを上げるよう言った青年です。やはりというべきか、彼らハイエルフは見た目詐欺な種族であり、フェイル・フロートと名乗った彼の年齢は大凡四〇〇〇歳。長老ではないけれど、上から数えた方が早い程度には発言力を持っているそうです。
長老は万年を超えると言っていたのでまさにファンタジー……
「ここは我ら旧き血を継ぐ者の里にして、神と最も近しい領域。資格無き者が座に立ち入らぬようトレントによる結界を敷き、数百年数千年と変わらず在り続けた神代の大地だ」
「神代とは、大昔という認識で合っていますか?」
「うーん、当たらずとも遠からずだね、友よ。遙か昔はこの世全てが神代であったが、時が経つにつれその気配は薄まった。けれど、ここは最後まで神代で在り続け、それを今の世まで受け継いでいるんだ」
「……神が今よりも身近に存在した時代、それが残っている唯一の土地だから神代の大地、ですか?」
「概ねその通りさ」
なるほど……妙に空気が綺麗というか、透き通っているというか、今も主張しているこの不思議な感覚は、ここが遙か昔と同じ状態だったからなのですね。
時代が違えば空気も違う……。リアルでは考えにくいですが、ここは本物の神がいる世界。
神の纏う雰囲気を体感したことがあるため、その雰囲気が空気と混じり合っていると考えれば納得がいきます。
トレントはそれを維持するために数が必要であり、他にも儀式や装備などにも使われるため、迂闊に伐採することが出来ないらしいです。
高級木材であるトレント材は、こういった事情があるため輸出が難しく、育てるのにも時間が掛かるのも拍車を掛けていると言われました。
「ところで、座というのは?」
「文字通りさ。神々が地上に遺した特別な座だよ。資格を持つ者だけが挑戦を許される、ね」
そして、座。恐らくこれが私が強くなるために必要なものなのでしょう。冥府神が天蓋の森に行くよう助言したのも頷けます。
なにせ、神代の気配がそのまま残っているここと違って、外で座を見つけるのはかなりの高難易度だからです。
「それで友よ、君達は一体なぜここに?」
「強くなるためです。以前冥府神のお目にかかった際、ここに行くよう助言されたので」
「なるほど、冥府神か……。我らとは関わりが薄いが、歴とした神の助言なら納得したよ。つまり、座に挑戦したいということだね?」
「はい」
「そうかそうか……しかし、困ったな」
好意的なので挑戦できると思いきや、フェイルさん曰く、座に挑戦できるのはハイエルフのみ。詰んだのでは?
「ああいや、不可能では無いよ。友がハイエルフに成ればいいだけの話だからね」
「……は? 私が、ハイエルフに、成る?」
「それにも儀式が必要なんだけど、時期的に難しくてね……」
曰く、この里にある座に挑戦するための条件に、ハイエルフであることが含まれているそうです。
ハイエルフはこの世界での伝承通りの、旧き血――“エルダー”とも言われる血が流れている種族であり、通常他の種族が後天的に成ることは不可能と言われました。
けれど、エルフとハーフエルフだけは異なり、特別な儀式を経ることでハイエルフとしての血が流れるようになるそうです。
体を作り替えるわけではありません。元から備わっている血を呼び水として増やす儀式ですから。
「儀式にはトレントの枝が必要なのだけど、血を呼び覚ますために使うのは品質が大事でね……少なくとも、地上にあるトレントでは不足なんだ」
「では、どうすればいいのですか?」
「より神に近い場所――“天に蓋をし天を刺す槍”のトレントであれば足りるんだけど、登るなら最低でもあと一月は待たないと」
「無理やり登れば――」
「ダメだ。狭間に流され消えてしまう。異なる世界から来た人である君達の魂は大丈夫だろうけど、それ以外の全てが消えてしまう」
装備も、体も、影の中の小さな友も……
つまり、無理に登ろうものなら強制キャラリセット……私が獲得したもの全てが消え去ると。それは許容できません。
「……では、一ヶ月後にまた、ということで」
「帰ってしまうのかい?」
長い耳を垂らしてしょんぼりしたフェイルさんは、途端におろおろし始めました。
「そうですね。他にも行ってみたい国とかありますし……」
「そうか……うん、仕方ないね……新しい友を歓迎する宴の準備を進めているだろうけど、強制できないからね、うん。残念だけど……」
「あー、数日ぐらいなら滞在してもいいんじゃないかな? ロザっち?」
どうやら里全体が歓迎ムードらしく、フェイルさんの様子を見るに、辞退するのがとても申し訳無く感じます。
たしかに数日滞在する程度の余裕はありますし、暫くは他のことは出来ないとディルックさんに伝えれば、儀式をして座に挑戦するまでいることも出来るはずです。
と言うかそうしないと可哀想というか、いたたまれないと言うか……
「あの、フェイルさん。座に挑戦するまでの間、ここでお世話になってもいいでしょうか?」
「! もちろん大歓迎さ友よ!」
その後、とても四〇〇〇歳とは思えないテンションで喜んだフェイルさんに案内され、滞在中の拠点として家を一つ貸して貰いました。
夜には私達を歓迎する宴が始まり、ハイエルフの民族楽器を掻き鳴らされる中、次々と出される彼らの料理を堪能しました。
葉物野菜の上に油ののった肉が並べられ、多種多様な木の実から作ったらしい調味料で味付けしながら食べる料理は、とても美味しかったです。
それと、彼らは超が付くほどフレンドリーで、出会った頃の険悪さが迷子になったレベルで私とユキに接してきます。ハーフエルフである私はともかく、分類的には魔物であるユキとベレスにも同じ態度なので、不思議に思って訊いてみたんですよ。
フェイルさんはこの疑問に対し「この里の者は友かそうでないかで仲間を判断しているから、誰か一人の友であればみんなの友なのさ」と答えました。
なんというか、すごく腑に落ちました。




