89.冥府でお茶会
景色が変わったとき、最初に目に入ったのは手入れが行き届いた庭でした。冥府という言葉からは想像も出来ない、色とりどりの花が咲き誇る美しい庭園。
名瀬家が西洋に所有している別荘にも庭園はありますが、ここと比べれば見劣りするでしょう。それだけ幻想的な光景なのです。
「ほわぁ……」
呆けているユキを小突いて正気に戻します。
正面には見えるのは巨大な扉です。その両端には重厚な鎧に身を包んだ騎士が槍を手に佇んでおり、警備の必要がある場所なのだと否応なく理解させられます。
「何用か」
「ツェツェーリアさんにお茶会に誘われたのですが、どこに向かえばいいか分かりますか?」
「む? ……ツェツェーリア様が? ……むう、しばし待て」
すると騎士の一人は城の中へ入り、私とユキは彼が戻ってくるまでもう一人の騎士と雑談して過ごすことになりました。
そうして暫く待っていると、先程中へ入っていった騎士が戻ってきました。
「――ロザリー殿に、ユキ殿……で合っていますね?」
「はい」
「こちらへ。案内はメイドがしますので」
促されて城へ入ると、中では一人のメイドさんが待っていました。
彼女は会釈すると無言のまま歩き出します。その後ろに付いていくと、やがて中庭に辿り着きました。
そこにはお茶会と聞いて思い浮かべるテーブルが設置されており、用意された三つの椅子の一つには既に少女が座っています。
「冥府、神……?」
「こんにちは、私はツェツェーリアと申します。招待を受けてくださりありがとうございます」
先日出会った冥府神と瓜二つの少女は笑みを浮かべると、私達に着席を促しました。
困惑しつつも席に座った私達に、紅茶とお茶請けが出されます。
「わ、美味しそう!」
「ユキ」
「構いませんよ。むしろ、嬉しいです。……冥府は文字通り死者の国。食事は娯楽であり、客人に振る舞う機会はありませんでしたから」
どこか寂しそうに彼女は語りました。
……こう言われると、ちゃんと感想を言わないと失礼な気がしてきますね。
早速頬張って幸せそうに美味しい美味しい言うユキを倣って、私も紅茶とお茶請けに手を伸ばします。
紅茶は薄味ですが香りが高く、花の形に成型されたクッキーと一緒に味わうことで美味しさが際経ちました。私の知らない銘柄ですね……リアルにもあるのでしょうか?
「とても美味しいです。この紅茶の茶葉はどちらで?」
「ふふ、自家製なのですよ。庭師に頼んで栽培しているんです。良ければお包みしましょうか?」
「是非お願いします」
ニコニコと笑顔なツェツェーリアさんは近くのメイドに、私達が帰るときに茶葉を渡すよう指示を出しました。
それから戴いた装備に関して礼を言ったり、あの烏の話で盛り上がったりと、暫く他愛の無い雑談をしました。そして、ふと彼女が姿勢を正します。
釣られて私達も姿勢を正すと、彼女は真面目な口調で口を開きました。
「貴女達はこの世界で、何のために戦いますか?」
「何のために……?」
「はい。私はこれでも冥府を統べる役割を担っています。生と死の循環、死後の安息、それを担う以上お訊きしなければなりません」
瓜二つだと思っていましたが、まさか同一人物だとは……
あの二重に響く声が無くても、姿勢を正して真剣にしている姿は冥府神としての貫禄がありました。
「――私の価値を証明するためです」
なので私は、彼女の質問に本音で答えました。
私は私の意思に反して武の才能を与えられ、そして欠陥品と罵られて育ちました。伊吹の人間曰く、私に与えられたのは史上最高の才能。
だからこそ、『仮想空間適応症候群』を患って誕生した私は、彼らを失望させるには十分すぎたのです。
……物心ついたときには既に、私は伊吹家の人間にとって道具以下でした。何も期待されず、何も与えられず、なのに理不尽だけは毎日降り注ぐ地獄のような環境。とうぜん普通の子供らしく育つことなんて出来ず、自分の心に蓋をしないと耐えられませんでした。
名瀬家に拾われ、ユキと出会い、ロスト・ヘブンを経てようやく平凡な日常を過ごせるようになっても、私に貼られた欠陥品のレッテルが剥がれることはなく、腫れ物のような扱いが止むことはありません。
それを払拭するため――ではありませんが、見返してやりたいという気持ちはあります。
役立たずではなく、ちゃんと価値のある人間なのだと、私を捨てた伊吹家に思い知らせてやりたいのです。
「……そうですか。ええ、健全な理由で安心しました」
え? これ冥府神的に健全なんですか? 我ながら結構グレー寄りというか、割と自分勝手だと思うのですが……
「健全ですよ。ただ悪戯に意味の無い殺戮をするわけでも、世界を滅ぼそうとするわけでもありませんから。強くなりたいのは自然な欲求です。ユキさんは?」
「私はロザっちと一緒にいるためかな? 強くなるのはそのついでって感じ」
「……そう。仲がいいのですね」
「私はロザっちのお嫁さんになるからね!」
「親友ね。あとそれだと私が婿ってことだけど?」
「私が婿でもいいよ!」
ちょっと恥ずかしいので黙っててください。口を押さえて強制的に黙らせます。
ツェツェーリアさんは私達のやり取りを見て微笑んでいますが、堂々と言われると慣れていても恥ずかしいんですよ!
「――そろそろ本題に入ってもよろしいですか?」
「先程の質問は本題じゃなかったんですか?」
「冥府神としての質問でしたから。私個人のお話はまだですよ」
つまりお仕事だったと言うわけですか。
ユキが口をもごもごするのを止めてから手を離し、私は改めて姿勢を正しました。
「ロザリーさん」
「はい」
「――――……ああ、やはり、具体的なことを述べることは出来ないのですね。……ですが、道を示すことは出来るはず……ロザリーさん。強さを求めるのなら、貴女は天蓋の森に行くべきです。妖精郷に足を踏み入れ、加護を獲得した貴女なら……資格があるはずですから」
「……詳しくは訊きません。天蓋の森に行けばいいんですね?」
「ええ」
何かを話そうとして声を出せず、一瞬だけ悲しそうな顔をした彼女が何を伝えたかったのか……。それが分かるのはきっと、その資格とやらが必要になる場面なのでしょう。
ツェツェーリアさんと言葉を交わしたのは今日が初めてですが、神としての側面を持つ彼女は、誰かを貶めるような人には思えません。
「ユキさんもですよ。その刀があればきっと、ロザリーさんとはまた違う資格を手にすることが出来るはずです」
ユキも一緒に天蓋の森に行くことが決定しましたね。こちらもやはり具体的なことは伝えられませんでしたが、何らかの制約に引っ掛かるのでしょう。
それを伝えられないことを心苦しく思っているようですが、私達は異人であり、遊ぶためにこの世界に来ています。それに、行けば分かるのですから、ここで教えろなんて無視強いをするつもりなんてありません。
その後、お土産として紅茶の茶葉を貰った私達は王都に戻り、クランメンバーにお裾分けしました。
実は帰りが少し不安だったのですがそこは神。ポータル無しでも私達を地上に転移させるのは朝飯前だったようです。




