78.変幻自在の―― その四
「っふ!」
しかし、理解したからと言っても、攻めるのを中断するわけではない。
ロザリーは攻撃を続ける。
「はあっ!」
ハルバードは斧、槍、鎌、棍、四つの使い方が出来る。
斧のように振り回し、槍のように突き、鎌のように斬り、棍のように殴る。
そこに【呪骸纒帯】を利用した不規則な移動と、呪いによる妨害が入るのだから、相手をする人からすればとても厄介だ。
ロザリーの場合、更にアクロバットな動きも出来るのだから、その厄介度合いは異人の中でも最高だろう。
「――《ブレイズ》!」
「っ! それは、大して意味がありませんよ!」
轟ッ! と炎が勢いを付けて吹き出した。
一時的に炎の射程を伸ばすことで刀身を延長するアーツだ。重量はそのままに攻撃範囲が広がり、より効率良く敵を殲滅することが可能な技である。
これをロザリーは初見であるにも関わらず避けた。
攻撃範囲が広くなるのは厄介だが、相手の懐に飛び込むのであれば何も変わらない。そう考え、彼女はスレスレで刃を躱すと、ディルックに肉薄した。
「いいや、意味はある!」
ディルックは即座に左手を離し、炎を纏った拳で叩き付けを行う。
浄化の力が含まれた炎が左手に集約し、大きさはそのままに密度が膨れ上がる。
「(回避……は難しいですね。放出は無理、なんてこと有り得ないでしょうし。……なら)」
眼前に迫った拳を前に、ロザリーは目を閉じた。
それは諦めでは無い。
一瞬の間――須臾ほどの熟考の末に、彼女は両目を開き、呪いを放出した。
それは『呪装:骸の祈り』から発生する呪いがもたらす状態異常、その全てを凝縮したものであり、浄化の炎を打ち消すために一点集中したものだ。
ロザリーの正面に集中して放たれた呪いには【死呪】を始めとした、普段は封じている危険極まりないモノが多数含まれている。
それは【発狂】であったり、【即死】であったり、或いは使用することのない【劣化】や【呪縛】だったりする。
一つ二つなら簡単に打ち消せるだろう。しかし、炎を呑み込まんとする呪いの濃さにディルックは圧倒され、全力を込めてようやく炎と呪いが拮抗した。
「うおおおお……! っ、《バーニング》!」
ディルックは追加でアーツを使用した。
「(これで押し切る……!)」
勢いを増した炎が呪いを推し始める。
【血炎・改】の効果で炎系の威力が上がっているため、《バーニング》も二割ほど勢いが強くなっているのだ。
「(よし、これで――ロザリーはどこに?)」
そして一メートルほどの範囲を炎で埋め尽くしたとき、ディルックは違和感を感じた。
呪いを放出した時は密着に近い距離だった。なのに今は姿が見えない。
果たして、ロザリーはそこにいなかった。
「はああっ!」
「いつの間に……!?」
いつの間にか背後に移動していたロザリーは、装甲の隙間を狙ってハルバードを突き出す。
しかし、ディルックにとっては不幸中の幸いに、鎖帷子を着込んでいたお陰で致命傷には至らなかった。
UIを操作してポーションを取り出したディルックは、それを割って背中に投げつけることで傷を治す。
「(やはり油断できない……気を抜けば一瞬でやられる)」
「(強いですね……さすがと言うべきでしょう。ロスト・ヘブンのトップランカーに比肩するのではないでしょうか?)」
「(良くも悪くも一辺倒だからな。俺の手札はそこまで多くない)」
「(何が来るか分かりません。警戒しつつ、攻撃しましょう)」
数秒の膠着、そして再開される戦闘。
まずロザリーが地面すれすれに姿勢を落として突撃した。
ディルックはそれを見て迎撃しようと大剣を斬り上げ、《バーニング》を利用して剣速を上げた。
ハルバードで地面を殴りつけることによってロザリーは速くなった大剣を躱し、その勢いのまま回し蹴りを放つ。
「【血炎・改】!」
再び炎が上がる。
代償としてディルックのHPが削れるものの、一割程度なら大した量ではない。
ロザリーの回り蹴りは炎を纏った左腕で受け止められる。
「ぁっ……!」
彼の左腕から伝わる熱さを一瞬味わったロザリーは、そのまま左脚とハルバードを支えにして身を翻し、右脚で再度蹴りを放った。
「がぁ……っ、ぐ……!」
その蹴りはディルックの顔面にヒットし、彼の歯を何本か砕く。
死ぬことと比べれば大した痛みではないが、やけにリアリティの高い痛覚にディルックは涙を浮かべた。
顎にもダメージが入っただろう。ディルックは口を噛みしめることが難しくなった。
「はああああッ!」
「ぅぐ……! 〈付与・ブラッドフレア〉! 《ブレイズ》!」
呪いを込めた《カースドスラッシュ》を、魔法とアーツを併用して迎え撃つ大剣。
振り下ろしと斬り上げ、有利なのはどちらなのか言うまでも無い。
「――ここです!」
ロザリーは迎え撃ってきた大剣に沿うようにハルバードを滑らせ、その重量と技量を持って彼の右手から指を斬り飛ばした。
指がなければとうぜん武器は握れない。
手から零れた大剣を払い、ロザリーは全力の突きを繰り出した。
「負……けるかぁあ!」
――がしかし、ディルックのHPはまだ残っている。
大剣を一旦諦めた彼は体勢を変え、ハルバードの側面に蹴りを加えた。
それによってハルバードの軌道がずれ、ロザリーの攻撃は彼の脇腹を軽く抉るに留まった。
「っ!?」
脇腹を抉ったハルバードはそのままに……むしろ左腕と胴で挟み込むようにして、ディルックは足を踏み出した。
その手に握られているのは頼りない短剣。メインウェポンと比べると遥かに劣る量産品だ。
しかし相手が軽装ならば……頼りなくとも威力を発揮する。
ロザリーの鎖骨に当たった短剣は、更に力を込められることで彼女の首元に深い傷を与えた。
「が、ぼ、~~~!」
傷口から溢れ出す血液によって、溺れるような感覚がロザリーを襲う。
致命傷に近い攻撃を与えられたことで彼女は衝撃を受け、思わず目の前の彼を睨み付けた。
「(負ける……? まさか、嘘でしょう!? ――負けたくない!)」
ロザリーは咄嗟にハルバードから手を離すと、ディルックの腕を払いのけた。
そしてそのまま背後へ跳躍し、突き刺さった短剣を抜いて、ポーションを振りかける。傷は塞がるものの、致命傷に近いため治りが遅い。
【呪骸纏帯】を使ってハルバードを引き寄せたロザリーは、【呪怨支配】を用いて大量の呪いを発生させ、それらを全て回復効果に割り当てた。
「さ、せるかっ! 《バーニング》!」
武器を失ったディルックだが、まだその体と炎が残っている。
回復しようとするロザリーを斃すため、炎の推進力を利用して滑るように距離を詰め蹴りを放った。
急速にHPを失ったばかりのロザリーがそれを回避、もしくは受け流すことは困難だろう。
この二、三秒で決着が着く。
野次馬の如く見守っていた他の異人も、それを予感していた。
「――ベレス!」
「myaaaa!」
決着は、ベレスによって着いた。
ロザリーに蹴りが直撃しようとした時、影から飛び出したベレスがその牙を持ってディルックの喉を食い破ったのだ。
倒れるように仰け反ったロザリーに蹴りは当たらず、ディルックはHPを失ったことでアバターが分解される。
「(二回連続で、喉を食い破られて死亡か……)」
それから数秒経って、ようやくロザリーのHPが危険域から脱する。
更に十数秒待ってHPの回復を図り、漁夫の利を得ようと飛び込んで来た異人を瞬殺してついでにスコアも稼いだ。
「……まだまだ、か」
ディルックに追い込まれたことで、ロザリーは大きな溜息をついた。
勝ちはしたものの、ギリギリでの勝利だったからだ。
もしあと少しでも短剣が深く刺さっていれば、もし距離を取る判断が遅ければ、もしハルバードを引き寄せるより先にディルックが距離を詰めてきたら……
考えられる負け筋は幾つかあった。最後の場面は単純に、運がよかったのだ。
ロザリーはそれを実感し、再び溜息をつく。




