75.変幻自在の―― その一
□繁栄衰退都市エルドラド・デガデンシア
ここはかつて、黄金郷と呼ばれるほどに繁栄した都市であった。太陽を奉り、大地を黄金で埋め付くし、人々は栄華を極めていた。
美食に溢れ、娯楽に溢れ、徹底した階級社会によって秩序が保たれていた。
しかし、繁栄すれば衰退するのが世の理。盛者必衰の如く、エルドラドと呼ばれた世界は革命を機に衰退期を迎え、同時に侵略者が足を踏み入れたことによって都市が破壊される。
黄金は持ち出され、営みは消え去った。
それを嘆いた王は太陽に懇願した。せめて、神の手によって終わらせて欲しいと。
これを聞き届けた神はまず、都市を洪水で洗い流して一切の生命を追い払った。それから都市を木々に呑み込ませ、太陽の業火で諸共に焼き尽くすことで供養した。
結果、かつての栄光は時の彼方に忘れ去られ、今では未開の土地として佇むのみである。
「――なるほど、フレーバーとしての歴史はこうなのか。となると……ふむ、ここは過去の姿を再現した場、かつての影法師と言ったところか」
今にもバラバラになりそうな手帳をインベントリに仕舞い、ブランは考察を口にすることで確信を得た。
彼女はこのイベントでは鬼として参加している。と言っても戦闘はしない。
イベントフィールドにある建造物や地形を調査したいがために、邪魔が入りにくいであろう鬼として参加したのだ。
護身のためにレベルを上げスキルを鍛えているが、優先するのはあくまでも調査。鬼としてのバフのお陰で他のプレイヤーを一蹴できるため、めぼしいモノが見つからなかったこと以外は順調だった。
しかし後半戦になると話が変わる。先程発見した手記のように、この閉ざされた世界は未発見の遺物に溢れている。
そのため彼女は、イベント後半戦のルールについて纏めながら、こうやって身を潜めつつ移動している。
「……フレンドメールは使えるが、ううむ、連絡したところで邪魔されるだけ、か」
彼女の脳裏に、嬉々として攻撃してくるクランメンバーの姿が浮かび上がった。
オーナーとして無茶ぶりをしている自覚があるため、これ幸いと普段の鬱憤を晴らされる可能性があるのだ。
もちろん無理難題は言っていない。ただちょっと面倒な、時間が掛かる、それどうしてもやらなきゃダメ? と言われかねない調査を頼んだだけだ。
「しかし冥府神の御遣いか……この世界の神話についても調査したくなってきたな。いやしかし、私の専門分野は考古学だから……いや、見聞を広めると考えれば……?」
古代エジプトのピラミッドはファラオの墓である。ファラオは神の化身と見なされていたため、神の墓と捉えることも出来る。そしてピラミッドの調査は考古学の範疇に入る。
この理論でいけば神話の調査も可能なのだが、あくまで彼女は考古学者。神話学者ではないのだ。
結果ブランは、やはり神話は専門とするメンバーに任せようと結論を出した。
♢
「――はああっ!」
ブンッ! と振り下ろされた大剣が一人の異人を叩き斬る。
エンチャントによって炎を纏っている大剣は、革やくず鉄程度なら容易く溶かしてしまう。そのため、初心者に毛が生えた程度の相手なら一撃で倒せる。
彼――ディルックはこの戦闘で得たスコアを見て、ランキング上位者のスコアと比べた。……が、一人あたり三〇〇程度のスコアしか得られなかったため、やはり初心者を脱却したばかりなのだろうと考える。
「パーティーとして連携できていたんだけど……。やっぱりレベルとかスキルがものを言うからなぁ」
自身が装備している大剣――騎士として受けたクエストの報酬として入手したものだ――は、第一回イベントの時に手に入れたまま死蔵してあるカースドウェポンがベースとなっているため、耐久値が最新装備と比べてもかなり高い。
色々あってカースドウェポンではなく魔剣となっているが、性能は名前の割に大人しい。
「冥府神か……御遣いってことは本人ではないんだろうけど、神が直接関わってきたのは何気に初めてかな」
大剣を肩に担ぎ、比較的まっすぐになっている通りを足早に通り過ぎる。
ディルックは一つのクランを束ねるオーナーであると同時に、騎士としての位を与えられてもいるため、神についての基礎的な知識は詰め込んでいた。
それによると、冥府神は主に死後の世界の管理をしているらしい。
死後の世界というのは地獄とか天国とかではなく、単純に、死んだ者が最後に行き着く世界と言われている。死者はここで生前の罪を洗い流し、無垢な魂に回帰してから転生するのだと言う。
異人――プレイヤーにはあまり関係のない話に思えるが、実はデスペナルティが復活するための対価だと判明したため、密接に関わっていると言えるだろう。
貢ぎ物や捧げ物だと思えば納得のいく……むしろ安すぎる対価だとディルックは思った。
それからイベントのお知らせにしか書かれていないが、次元神なる存在もいる。こちらはもっと明確に関わりがある神だ。
世界観的には、この神が異人を招き入れているとされている。
文字通り違う次元、違う世界から正真正銘本物の人間達を招き、そして帰還も可能とする力があるらしい。
とは言え異人からすればやはり設定以上の意味は無く、何故そうしたかの理由が言及されてない以上は、そういう神だと捉えるしかない。
「っと、三人か。一人はNPC……みたいだけど、念のため避けておこう」
住人でも生者でもないのだろうが、もし彼らに意識があるのなら攻撃は避けたいと考え、ディルックは残りの二人に刃を向ける。
「ぁあ? お、ディルックじゃねぇかよ?」
「マジで? いいじゃんやっちまうぜ。普段から目障りだったんだよなー! ガキじゃあるめぇし、現実とフィクションぐらい分けろよな!」
その二人は悪い意味で有名な【流星の槍】に所属するプレイヤーだった。
ディルックは彼らのプレイヤー然とした、住人のことを考慮しない言動を改めるよう注意していたのだが、どうやらこれ幸いと鬱憤を晴らす心積もりらしい。
NPCは姿を消している。
ディルックは担いでいた大剣を構え、眼前の二人を見据えた。
彼らの装備はトッププレイヤーには劣るが、それなりにいい品質で揃えられている。恐らく住人が製作したものだろう。
加えて、彼らには鬼のマークがあった。限定バフに注意しなければならない。
「……君らの行動を否定はしないさ。一般的なゲームなら君達の方が正しいんだから」
「こんな時まで説教かよ!」
「NPCは黙ってアイテム寄越しゃあいいんだよ!」
「けれど、セカンドワールドでは俺達の方が余所者なんだ。こちらが譲歩しなければ追い出されることぐらい、分かるだろう」
一般的なゲームの、プログラムされた挙動しか出来ないNPCが相手なら、二人の方が常識的と言えるだろう。
プレイヤーの命令に従って、データでしかないお金を、同じくデータでしかないアイテムに替えるだけ。
テンプレートに沿ったセリフしか吐かず、声優が声を吹き込まなければ喋ることもない。
所謂レトロゲーと呼ばれるもので遊んだことがあるディルックは、それをきちんと理解している。
ゲームは所詮ゲーム、娯楽なのだ。プロゲーマーはそれでお金を得ているが、あれは歴としたスポーツであり、ルールに則って行われている。
――だからこそ、セカンドワールドは異様なのだ。
作り込まなくていい箇所まで執拗に作り込まれた世界。何万何十万といる住人はそれぞれ本物の人間のように言葉を交わし、思考し、日々を生きている。
このゲームに於いて、プレイヤーは余所者であり、邪魔者だ。セカンドワールドという世界に訪れる権利だけがあると考えることも出来るが、それでもプレイヤーは彼らの生活に必要無いのだ。
いれば便利だが居なくてもいい。
「《デッドリースラッシュ》ゥッ!」
「《ハイパートルネイド》ォ!」
「(アーツ名から推測するに、威力特化のモノと貫通特化のモノか)……〈付与・ブラッドフレア〉」
それが分かっているから、ディルックはこれまでの常識を一旦忘れることにした。一人の人間として彼らの生活の中に混ざることにしたのだ。
騎士として過ごす中で得られたのは、住人達はやはり人間だということ。現代の技術では不可能に思えるが、セカンドワールドの神々も実在するのなら不可能ではないだろうと結論づけている。
「一つに特化するのは役割分担の点でいえば正しいし、そうやって格上を倒すのがゲームの基本と言える。だが、地力が足りなければ適わないことも考慮するべきだな」
二人が放ったアーツを炎を付与しただけの大剣で薙ぎ払い、返す刀で防具ごと胴体を切断する。
プレイヤーとしてはそれなりに実力はあるのだろうが、それなりではトップに適わない。最近はロザリーや白雪御前など、彼より目立つ者が何人もいるが、最初にトッププレイヤーとして認められたのがディルックだということを、相対した二人は忘れるべきでは無かった。
トッププレイヤー、最前線を進む者。
異人の騎士は間違いなく、プレイヤーの中でも最強に近い実力があるのだから。
「――ハイ、私の勝ちですね」
「……っ!?」
しかしその直後、何者かに頸動脈を防具ごと噛み千切られたが……




