70.【彷徨竜】との遭遇
王国最東端から二つ目の街、芸術の都フロレシア。
予想以上に短時間で到着したこの街はその名が示すとおり、様々な芸術が特産となっています。
分かりやすい絵画や陶器を始め、貴族向けの家具や調度品、或いは武器防具など、あらゆる芸術がこの街で生産され、販売されています。
装備品としての性能は大したことありませんが、芸術品として重要なのは見た目、そして込められたストーリーです。
例えば……柄頭から切っ先まで黄金で作られたナイフと、それに巻き付くエメラルドの蛇。黄金で縁取られた黒い鞘には、細やかな絵が象嵌されています。
これは財宝を守るドラゴンにまつわる物語がモチーフになっているそうです。
お値段なんと一二〇〇万……とても手が出せません。これを買うぐらいなら防具を新調しますよ私は。
とまあこんな風に、様々な芸術品美術品があるので、この街はとても潤っているのだそうです。
隣国と戦争することも滅多に無いそうですし――そもそも魔物への対処で手一杯でしょう――、そうゆうのが得意な異人ならばここを拠点とすることもあるでしょう。
私には無縁の話ですね。特に何かを購入する理由は無いので次の街に向かいます。
フロレシアの東門から抜けて街道沿いに走り、遭遇する魔物はすれ違いざまに叩き斬って経験値に変えます。
スキル進化でレベルが下がりましたからね。少しでも稼がないと相対的に弱体化してしまいますから、遭遇した獲物を逃す気はありませんよ。
そんなこんなで辿り着いた王国最東端の街、要塞都市クレイドル。国境間近に建てられているだけあって、その壁は非常に堅牢であり分厚く作られています。
街自体はこれまでの街より一回り以上小さいのですが、ここに住むのは大半が兵士とその関係者です。
国境を守る街だからこそ、一個師団が常に駐留しているのだそう。
この街までの道中は景観こそ楽しめましたが、魔物のレベルはどれだけ高くても50を超えることは無いので、ドロップするアイテム以外に変化はありませんでした。
経験値はそれなりですが、王都からここまで三日なので美味しいとは言えません。
さて、クレイドルのポータルを解放したことで私は、シュアデルセから王都、クレイドルと、王国領の西から東を繋げたわけです。
見事に細長くなったマップがいつでも確認できます。T字……逆T――いえ土台が横に長い凸に似た形に埋まっています。
「そこの君! もしかして異人かい?」
「そうですけど、何か用事ですか?」
「ああ、南の山岳から魔物が下りてきてね……。実は、駐留する師団が代わるタイミングで人手が足りないんだ」
逡巡してから事情を話してくれた兵士さんによると、魔物が生息地を変えることはたまにあるのだそう。
その中でもネームドによって住処を追われるケースが多く、そういった魔物は普段より凶暴になるらしいです。生き残るために必死なのでしょう。
ですが、だからといって魔物に忖度してあげるわけにはいきません。ここは人間の住む土地、人の生活圏です。
私達が人である以上、人を中心として生きていくしかありません。
幸い、山岳から追い出された魔物のレベルはそこまで高くないそうなので、私だけでも十分対処できそうです。
「――いやあ、助かったよ」
クエスト報酬として一〇万SGを受け取り、私はクレイドルを発ちます。
凶暴化していたとはいえ、山岳を下りてきた魔物は大して強くありませんでした。レベルは1上がりましたが、それは数を倒したからであって、単体の経験値量はむしろ少なかったですね。
帝国領に行ってみたい気持ちはありますが、私はそちらではなく山岳へ向かっています。
弱かったとは言え、生息地を追い出された魔物は住人からすれば脅威です。その原因が別種の魔物なら、何度でも復活する私達のような異人が調査するのが適切でしょう。
脱兎フードを被り、木々の枝を伝いながら進んでいると、やがて異様な光景が広がる荒れ地に辿り着きました。
山岳の中腹、本来なら木々が生い茂っていたその場所は、土台からひっくり返されたような滅茶苦茶
な様相となっています。
天災でも起きたのかと思うほど現実離れした光景ですが……ここはセカンドワールド。科学では説明の出来ない超常現象を当たり前のように振るえる世界です。
木も岩も丸ごと耕したような光景も、その気になれば再現可能なはずです。
「…………魔物の気配は無いね」
「myaa……」
この辺りがクレイドルを襲撃した魔物の生息地だったのでしょう。周囲一帯に魔物の気配は無く、動物すら見当たりません。
「踏み込んでみよう」
しばらく待機しても変化が無かったので、意を決して探索することにします。
この荒れ地を作り出した魔物が既に去っているならよし。もしいるのなら……最悪、デスペナに陥った挙げ句クレイドルにも被害が出そうですね。
それに、土と岩と木が雑多に混じった地面はとても歩きづらく、ベレスが空洞を教えてくれなければ踏み抜いてしまいそうです。
一回だけどんな感じか見てみましたが、下手すると抜け出せなくなりそうな空洞でしたからね……
「mya? myamyamya……mya?」
グルグルと私の周りを忙しなく走ると、ベレスは不思議そうに首を傾げました。
私の匂いを嗅ぎ、周囲の匂いを嗅ぎ、また私の匂いを嗅ぐ。その範囲はやがて広くなり、荒れ地の中央にぽつんと埋まっている巨岩に辿り着きます。
巨岩は赤銅色に近い色合いでありながら、赤銅色とは全く異なる色だと分かります。どこか金属質っぽくもあり、しかし苔むしているからか自然に見える、そんな岩です。
「mya!?」
すると、熱心にその巨岩の匂いを嗅いでいたベレスは驚くべき速度で後ずさり、私の影に隠れました。
影の中で、抗うことすら許されない存在を目の前にしたような震え方をしています。
この岩に何が――と思った瞬間、地面が震動しました。
いいえ、揺れたのは地面ですが、決して地震などの自然現象ではありません。それは私達の真下から起き上がろうとしているのです。
猛烈に嫌な予感がして全速力で後退すると、突如として巨岩が持ち上がり、その全容を顕わにしました。
「なっ……!?」
それは、正しく竜でした。かのアーサー王伝説の格となったブリタニア列王史にてヴィーティガンが建設しようとした塔の真下で眠っていたモノ、キリスト教において悪魔の化身として扱われるモノ、ニーベルングの指環にて英雄に討たれたモノ――
時代も地域も様々ですが、それらを表わす竜という単語は目の前の災害こそが最も相応しいと、私は直感的に感じました。
セカンドワールドにおいて竜とは真なる竜、決して滅びることの無い存在として噂には聞いていましたが……まさか、物理的に討伐不可能な部類とは思わないでしょう。
反射的に使用した【看破眼】で見えた名前は【彷徨竜 ワンダー・リリー】。紛れもなくネームドであり、そのレベルは最低でも四桁……!
ベレスが執拗に匂いを嗅いでいた理由が分かりましたよ。私が装備している腕鎧、この彷徨竜の鱗を素材に使用しているんですから。
『――ねえ君、なんで君からボクの匂いがするのかな?』
そして、眼前にそびえ立つ恐ろしい竜は、あろうことか私に視線を向けて質問を投げかけてきました。
もう、逃げるのは不可能ですね……




