62.名瀬遙香 その三
四章開始です。
□東京・名瀬遥香
「――お疲れ様です。お水どうぞ」
「ありがとうございます」
医療用VRマシンから降りると、よく冷えた水がスタッフさんから渡されました。
「くぅ~、生き返る~!」
「すっげこれどこの水っすか!? うま!」
仮想空間内での体験が肉体に与える影響を調査し、医療に応用する。そんな名目を掲げているだけあって、この会社は最新鋭の装置が揃えられています。
「ちょっと体験するだけだと思ったのに……辛い」
「つか名瀬さんいるじゃん……お前声かけろよ」
「無理に決まってんだろ高嶺の花だろうが」
大学から近いので同級生もいるようですが……名前何でしたっけ?
それと、『仮想空間適応症候群』は体を思うように動かしづらいだけであって、不調になるわけじゃないので内緒話でもこの距離なら聞こえますよ。
……友人でもないので何も言いませんが。
「おおぅ、喉がカラカラだぁ……」
ユキはちょっとフラフラしています。
「ユキ、着替えたら帰るよ」
「はぁーい」
「……大丈夫?」
データを取るためにパラメータを色々弄るので、慣れない内は酔ったりします。ちょっとふらついたり、気分が悪くなったり。
「へーきへーき。酔い止め飲めば復活するって。ワタシ、ウソツカナイ」
「なんでカタコト……?」
その後一〇分ほどで復活したので、ユキと一緒に帰宅します。セカンドワールドにログインして遊ぶのもいいんですが、今日はリアルで女子会です。
実は、第二陣の勧誘のために生産職の人達が消耗品を量産していたので、私達戦闘が得意なメンバーはここ数日素材集めに奔走していたんですよ。
殆どタダ働きでしたが、レベルアップしましたし、スキルレベルを止めていたスキルも無事進化出来たので文句はありません。
むしろ、呪魂鋼で胸当てを二つも作って貰ったので、働き足りないのではと思う次第です。
「宅飲みだー!」
「まだ早いって」
買ってすらいないのにお酒を飲む気でいますねこいつは……
どうせ晩御飯前にはコンビニ行って買ってくるのでしょう。
「準備するから寛いでて」
「手伝うよ」
「……じゃあこれの下処理お願い」
冷凍庫からホルモンを取り出してユキに渡します。えっ? って顔していますが手伝うって言ったのはユキですよ?
「私は鍋の準備するから。新しい香辛料買ったから試したいんだよね」
「……あっ、はい」
と言っても二人分なので、大した手間じゃないんですけどね。
まずは鰹節と昆布で出汁を取っておきましょう。ホルモンの下処理はユキに任せたので私は暇を潰します。
「――終わったよー」
掲示板を眺めていたらいつの間にか下処理が終わっていました。
ホルモンと大量の水を鍋にぶち込んで、ローリエと香味野菜と一緒に煮立たせます。灰汁が出てくるので、それを取りながらしばらく待機です。
野菜がくたくたになったらそれらを取り出して、ホルモンは皿に移しておきます。
次は出汁が入っている方の鍋を温めます。そこに味噌を溶かしたら味見をして……よし、いいでしょう。
移しておいたホルモンを入れます。そしてキャベツも加えたら、かさが減るまで待機です。
しかしこれで完成ではありません。そう、香辛料です。
「ふふふ……」
「ハルっちが悪い笑顔をしている……!」
「失礼な」
香辛料は偉大なんですよ! 白胡椒に黒胡椒、ローズマリーやパセリ、オレガノコリアンダーターメリックナツメグチリペッパーパプリカパウダー花椒カルダモンクローブ八角タイムセージフェンネルローリエクミン大蒜ガラムマサラ……!
「止まってる手止まってるからハルっち!」
「…………」
少し冷静さを欠いていたみたいですね。厳選した調味料を投入し、味を見ながら量を増やしていきましょう。
そしてちょうどいい味付けになったのを確認したら、ニラを乗っけて火を通し、ごまを振りかけます。
最後にごま油で香り付けしてあげれば……完成です。
「私特製、ピリ辛味噌ホルモン鍋……!」
「かっこ至って普通のかっこ閉じ」
「ユキ」
「なに?」
「スピリタスかエバークリア、どっち飲みたい?」
「……普通のお酒買ってきまぁす!」
びゅんっと飛び出してしまいました。冗談だったんですけどね。
ちなみに、スピリタスとエバークリアは度数が高いことで有名なお酒です。度数は驚異の九六%と九五%。工業用アルコールの間違いでは?
バタバタと部屋に戻ってきたユキの片手には、コンビニ袋に缶チューハイが何本か入っています。
「スピリタスとエバークリアは勘弁してくだせぇ……!」
「そもそも持ってないよ」
「……ほっ、よかったぁ。いやー、さすがにあんなの飲んだら死んじゃうからねー」
その気になれば購入出来るんですけどね。言わないでおきましょう。
完成した鍋を机の真ん中に置いて、取り皿と箸を用意すれば晩御飯の準備は完了です。
――カシュッ!
「早くない?」
「あ、これジュース」
「そう。いただきます」
「いただきまーす」
さてお味は……うん、美味しいですね。
お店の味には敵いませんが、趣味で作る料理としては十分ではないでしょうか。
ホルモンは豚オンリーです。牛もいいですけど、私は豚の方が好きです。
油っこいので運動しないと太ってしまいますが……
「それにしても、ハルっちはスタイルいいよねー。腰細いし、筋肉もあるし」
「筋肉あってもちゃんと動かせないんだけどね。スタイルいいのは長年の努力の結果」
伊吹家に伝わる武術から派生した健康法、その一つに身体障害者向けのトレーニングがあるんですよ。
小さな動きで脂肪を最大限燃焼させる画期的なトレーニングです。
伊吹家ってのが唯一にして最大のマイナスポイントですけどね。
「それに、ユキだってスタイルいいでしょ」
「太ってないだけだって。細くないし、引き締まってもいないし」
「いつかボディーブロー食らうよ」
贔屓目に見てもユキは美少女です。言動も相まって年齢より若く見えるので、学内では人気があります。
謙遜していますが、ユキのスタイルがいいのは知っているんですよ。
「別にぃ、ハルっち以外に言うつもりないしぃ」
「なんで拗ねてるの」
「……ぶーぶー」
だからなぜ拗ねるのでしょう?
「こうなったら……思い知らせてやる――いったぁ!?」
「そう簡単に揉ませるわけないでしょ」
「いけずー」
一応は武術を学んだ身ですからね。何をしてくるのかさえ分かれば対処は容易です。
さ、お酒でも飲んでさっさと寝ましょう。
天蓋の森の奥地にも早く行きたいですし、明日は朝からレベリングです。




