61.管理者の一幕 その三
□地球・セカンドワールド運営会社
「――まずはおめでとうと言っておくよ」
現代の叡智と異世界の技術で完璧に隠された秘密の地下室で、安堂は対面に座る青年に祝福を紡いだ。
用意された紅茶を口に含み、臥龍岡志遠はそれを無言で受け取る。
「……χを継承したとはいえ、君が別人に変わるわけではない。それはθである私が保証する」
「お前は分体ではなかったのか?」
「分体だとも。私は自己の複製に長けていてね。私の分体は色んな世界で活動しているし、他者の分体も少数ながら作ることも出来る」
それは安堂瑞希として活動している個体にも備わっている能力であり、θの特性と言えるものだ。
ただし、この能力は地球では発動に手間がかかる。
「……仮想誘引計画、か」
「意外かい?」
地球の技術だけでは作成できない量子コンピュータは、志遠の目には異質な機械として映っている。地球人としての感覚が未来の技術だと叫んでいるからだ。
しかし、それを気にする志遠ではない。継承したばかりのχとしての記憶を参照すると、この量子コンピュータは寧ろレトロなものだと分かるからである。
志遠は、安堂瑞希と名乗るθの分体が悪辣な手段を取っていないことを、意外だと思っているのだ。
「ああ、意外だ。愛玩の神として人を弄ぶお前が、そうした手段を一切取らないことが」
「あくまでも分体だと言うことさ。本体と同じ思想で動き、同じ目的のために活動するとはいえ、私はθではなく安堂瑞希だ」
性能が下がっていること以外に本体との違いを持たない分体でも、その身を置く環境に合わせれば自然と差異は生じる。
「――さて、なにもこんな話をするためだけに君を呼んだわけじゃない」
身内の間では分かりきった話を切り上げ、安堂は装置に繋げた端末を起動する。
セカンドワールド――仮想誘因計画のために運営されている並行仮想世界。表向きはゲームとして普及させ、【邪神】の眷属を打ち倒す戦力を育てるための箱庭。
起動した端末はその世界に接続したプレイヤーの情報を集めるだけのものだ。リアルタイムで更新するため、最新鋭のスペックが遺憾なく発揮されている。
「名瀬遙香……君の親戚らしいね」
「伊吹に養子縁組を了承させるために助力したからな。知っている」
「彼女の才能は?」
「知っている。だからこそ名瀬に預けた」
端末に表示されたのは、管理者達が注目しているプレイヤーの一人、ロザリーの内部ステータスだ。
内部世界で使用されるアバターは単なる容れ物に過ぎないが、それを操作するプレイヤーの魂は本物のため、その才能に応じて異なる成長を見せる。
彼女のアバターは戦闘と奇襲に特化した成長をしており、重量武器であるハルバードを軽々と振るうことを前提とした構成となっている。
他のプレイヤーとはSTRとAGIの配分が微妙に異なり、それがこの独特なスタイルを確立させているのだろう。
「そうか。今のところ、単体戦力としては彼女がトップでね。追随しているプレイヤーもいるが、やはり才能の差は大きい」
「……それで、俺は何をすればいい? まさか必要も無いのに投資しろとは言わないだろうな」
「言わないとも。現時点で必要な道具は全て揃っている。それに、金銭を担当するのは新堂だ。必要ならあちらが提案するだろうさ」
それを聞いて志遠は息を吐いた。
世界のための計画とは言え、表だって行動していない状況では、彼の一存で動かせる資金は個人資産に限られる。
もし投資の話ならば、新堂が表向きの理由を用意するだろう。
「君に頼みたいのは根回しだ。初期設定は私達がしたが、時間加速して運営していれば我々の手を離れることは想定していた。彼らへの説明を頼みたい」
「…………ああ、なるほど。異能を使えばいいのか」
「話が早くて助かるよ」
志遠は椅子から立ち上がり、ダイブ専用の装置を装着する。
「ああそうだ、悪魔を自称する奴らには関わらなくていい。アレは例外中の例外だ」
「なら、知性を持つネームドに話を付ければいいのか?」
「そうだとも」
そして装置が起動し、志遠の魂はセカンドワールドの中へと移動した。
魂の観測は単なる機械では不可能だが、管理者である安堂らが作り上げたこの装置にはそれを観測する機能が付いている。
χを継承した志遠の魂はもはや人間のそれとはかけ離れており、観測された数値も基準値から大きく逸脱していた。
「さて、戻るまでに幾つか仕事を片付けるとしよう。そろそろイベントを開催してもいいだろうし――いや、その前に端末の調整だね。チェック項目は……」
しかし、その数値は管理者としてはむしろ控えめだと言える。なにしろχは、記憶と異能の継承が唯一にして最大の能力なのだから。
安堂は第二陣を受け入れるために海外に増設した端末を遠隔操作でチェックし、運営主導で開催するイベント専用フィールドの設計を始める。
ある程度は内部世界に任せることは出来るが、やはり大まかな部分はこちらで作る必要があると考えている。
□セカンドワールド・臥龍岡志遠
…………セカンドワールドと呼ばれる世界がある。管理者達の手によって作られた、偽りの世界だ。
表向きはゲームとして運営されているが、実際の目的は【邪神】討伐の助力とするための戦力の育成である。
だが、彼らが【邪神】と呼ぶ存在はあまりにも強大で、絶対的で、冷たい機構であった。
アレに意思や理念というものは無い。あるのは力だけ。
しかしその力が厄介に過ぎる。三〇人を超える管理者達の全力でも刃が立たず、その眷属達にすら苦戦するほど。
そしてそれ以上に最悪なのが、染められることだ。奴は心が弱った生命体を自身の眷属へと染め上げる。
……【調律者】と呼ばれる敵がいる。彼女も元は管理者であり、【邪神】と戦うために世界を渡り歩いた者だ。
隣を歩き、肩を並べて戦った記憶がある。
現地を支配する特殊な法則に愚痴を零した記憶がある。
苦労して得た食料を分け合った記憶がある。
……しかし、次第に彼女の精神は摩耗し、最期はもう嫌だと部屋の片隅で蹲って嗚咽を漏らしていた。
「――嫌な記憶だ」
χを継承してから、見たくも無い記憶を思い出すことがある。
彼女はたしか、δの妹だったか。二代目のδは魔物出身とはいえ、λである彼女が染められたことに酷く動揺していたな。
χは……同じか。
かけがえのない友人だったからな。
「とはいえ、それとこれは別だし、そもそも俺は志遠だ」
χを継承した以上役割を放棄するつもりはないが、人格まで変えるつもりは無い。
俺は俺のまま計画に助力するし、手の届く範囲なら手を差し伸べる。
最終的に生き残れるかどうかは重要では無い。
「……まずは目の前の仕事から片付けることからだ」
仮想誘因計画は、セカンドワールド内部の戦力が一定以上であることが前提だからな。その前提を達成するためにも、一部のネームドには協力して貰わなければ。
三章終了です。予定ではもっと長くなるはずだったんですが、短くなってしまいました。
四章は書き溜めてから更新する予定ですので、私の指を働かせるために評価やブクマ等をしてくださると助かります。




