38.嗤うピエロ その二
重量武器と軽量武器がぶつかり合い、激しい金属音を鳴り響かせながらお互いの命を狙います。
本気で相手を殺すつもりで武器を振るっているので、そこに躊躇や情なんてものは一切ありません。
「くっ……!」
ですが、さすがに重量武器相手に片手だけは堪えるようで、何度目かの応酬で遂に武器を手放しました。
「《スティール》!」
「無駄ですよ!」
即座に私の装備品を奪おうとしますが、私は【呪詛支配】でわざと自分の装備を呪うことで相手の手を潰します。
【侵呪】が掛かった装備品なんて普通は触れませんからね。
呪いなので当然、私は自力で解呪可能です。
(――ザガン様が私に指示を出したのは間違いではありませんでしたね。この異人は、強い。レベルではなく技量が達人の域です。並大抵の者ではこの時点で敗北しているでしょうが……ワタクシも切り札を切らなければ危ういですね)
今度はジャマダハルではなくパタを装備し、ピエロは体勢を整えます。
パタは籠手に剣をくっつけたような武器ですが、彼の装備しているパタは私が知っているものよりも刀身が短く、短剣ほどしかありません。
手首への負担を抑えるためでしょう。
パタ自体、上手く扱わないと相当な負担が掛かる武器ですが、ああやって刀身を短くしておけば多少は軽減できますし、腕全体を柄っての攻撃になるので力も入れやすいはずです。
こういう、メジャーではなくマイナーな武器はロスト・ヘブンで戦ったことがあります。
起伏が激しい地形での戦闘が多かったので、長物よし刀身が短い武器を使う人が多かったんですよね。ジャマダハル使いやパタ使いもいました。
変わった武器で言うとパイルバンカー使いがいましたが……あれはネタ装備だったので、よほどの愛好家じゃなければここで戦うことは無いでしょう。
「疾っ!」
「ふっ!」
突きではなく薙ぎに切り替え、怒濤の連続攻撃を仕掛けてきました。
合わせるように受け流しますが、パタは一体化の武器なので絡め取るのは不可能ですね。
【自在帯】はある程度硬さも変更できるので、先端を尖らせて牽制などに使います。最低限武器と打ち合える性能はあるので、サブウェポンとして申し分ない性能です。
それと、少し【呪詛支配】の使い方にも工夫を凝らしてみます。
ただ変換してバフにするのではなく、呪詛のまま魔法のように飛ばします。
【侵呪】は【侵食】の上位互換のデバフなので、一回でも当たれば装備品は瞬く間に呪われるでしょう。
「まったく……レベルなんて当てにならないですね……ッ!」
レベル差はあっても死線をくぐり抜けた経験にそこまで差は無いのでしょうね。
パタは扱いが難しい武器ですから、恐らくジャマダハルを優先していたはずです。
「ところで、悪魔獣に指示は出さないのですか……!?」
「この戦いでそんな余裕があるとでも……?」
なるほど、なら悪魔獣への警戒は少し下げても大丈夫でしょうか……?
ブラフの可能性が高いので警戒は続けますが、ピエロへの対処を優先します。
「――っ、はや……ッ!」
「私は敏捷型なので、防戦より攻勢のほうが得意なんですよ」
主に奇襲ですけどね。
「くっ……これは……私でも厳しいか……ッ!」
鈍い音を立てて、遂にピエロの右手が折れました。私の攻撃に耐えられなかったのです。
あれではパタを脱ぐことも出来ないでしょう。
脳内麻薬が出ていると思われる内は痛みは感じないでしょうが、戦闘から離脱すれば鈍く重い痛みが絶え間なく襲ってくるはずです。
そして、その隙を【侵呪】を纏わせた【自在帯】で突きます。
僅かに回避が遅れたピエロは右手を【自在帯】に触れてしまい、絡まってしまいました。
「【呪詛支配】ッ!」
「っ、致し方ありません!」
そして、【死呪】に変更した呪詛は彼の右腕を侵し、肩に到達する前に自分で斬り落としました。
断面からドバドバと血が流れていますが、命には代えられないのでしょう。即座に布で縛って止血しました。
「悪魔獣よ!」
「残念ですがそちらはもう対処済みです!」
ベレスに任せた奥の手――影を通じて体内に侵入し脳髄を破壊する、我ながらえげつない方法は悪魔獣にも通じました。
辛うじて動けた個体も、内側から鋭い影で滅多刺しにされては何も出来ないでしょう。
「いつの間に!?」
「私に気を取られている内にですよ。私の勝ちです」
正確には《スティール》でハルバードを奪ってから性質に気付いて手放した時にです。
オマケに、【呪詛支配】でベレスに貸した呪詛も有効活用しているので、初見殺しの奥の手としては十分すぎる威力でしたね。
呪怨系に明るくなかったのが彼の敗因でしょう。
おそらくディルックさんなら違和感に気付いたはずです。
「慢心……ですか。ハハッ、まさか私が慢心して負けるとはね……」
これ以上は無理だと悟ったのか、乾いた笑いを浮かべて彼は膝をつきました。
「あの方のご期待に添えられないのは残念です……」
彼を生かしておけばまた同じような事件を起こすと思った私は、ハルバードを振りかぶって彼の首を刎ねようとします。
彼が騎士に捕まったら死刑になるかもしれませんが、どうせ死ぬなら今ここで殺しておきましょう。
後顧の憂いは絶たなければなりませんから……!
「本当に、残念です――これに頼るつもりは無かったのですが」
懐から取り出した、現代人なら誰もが見覚えのある物体。
L字型に折れ曲がった筒と握り――それは正しく銃でした。
「っ、コンテンダーですか……」
不意打ち気味に放たれた銃弾は私の横腹に着弾し、肉を抉って貫通しました。
位置的に内蔵は無事でしょうが……これでは戦闘に支障をきたしますね。
とあるアニメで知った中折式かつシングルアクションの拳銃――正式名称をトンプソン/センター・コンテンダー。
銃身を取り替えることで幅広い種類の弾丸を撃つことが出来る、狩猟用の拳銃だったはずです。
拳銃がセカンドワールドに存在していること自体は知っていましたが、まさかこんなところで相対するとは思いませんでした。
一発ずつ装填する必要があるのですぐに次弾が放たれることはありませんが、猶予はあって数秒程度。
一発目が咄嗟に撃ったことで照準がブレたのだとしたら、次は必ず急所を狙ってくるはずです。
「ここで死んでいただきます!」
「負けるかッ!!」
銃身が向けられる――集中してその先を確認します。
引き金が引かれる――着弾予想位置は首、頸動脈が狙いですか。
撃鉄が弾丸の叩き銃声が鳴る――速度と距離から避けるのは不可能と判断。
放たれた銃弾が私の首へと迫り――
「――防ぎ、ました……!」
「ッ!」
【自在帯】で跳弾させることで軌道を横にずらし、生まれた数秒の時間でハルバードを振り下ろします。
片手しか無い状態では装填に手間が掛かるようで、ピエロは逃げようと腰を浮かしていますが……この位置なら私の方が速い!
「《スラッシュ》ッ!」
「しま――」
アーツを用いたことで抵抗なく斬り落とされた首が宙を舞い、意味を持たない音が彼の口から漏れます。
集中によって引き延ばされた時間の中、舞う首がゆっくりと地面に落ちます。そして何度かバウンドしてから、頭を失った体が仰向けに倒れました。
衝撃で外れたピエロの仮面の下は――驚愕と後悔に満ちていました。
やがて彼の死体から命が消えたことを私は感覚で理解します。レベルアップの通知と同時に、幾つかのアーツを獲得したことも……




