37.嗤うピエロ その一
□王都・ロザリー
「――やっと……倒せましたね」
悪魔獣が出現して約一時間。
私達の目の前で塵となって消えていく人間だったモノがあります。
それは元は人間だったもの。そして、悪魔獣となったことで私達に討伐された魔物。
「レベル50からは強さが跳ね上がるとは聞いていたけど、予想以上のステータスだよ……まさか、強化したカースドウェポンでもダメージが通りにくいなんてな」
時間が掛かった一番の理由は、悪魔獣がとにかく頑丈だったからです。私は最初STR極振りのような怪物と感じましたが、実際は筋力も耐久も極端に高い化け物だったわけです。
魔法によるダメージは少しだけ効率が良かったみたいなので、それに気付いてからディルックさんは疑似エンチャントを連発していました。
「けど、気付いているか?」
「さすがに分かりますよ……」
溜息をついて視線を動かした先には、今もなお暴れ狂う悪魔獣が複数体王都を蹂躙しています。
これだけの強敵が雑魚敵とか、難易度バグってるのではと思いますが、これも含めてシステム認定型のクエストは厄介なんですよ。
言うなれば、突発的に発生するやり直し不可のストーリーみたいなものなんですから。
どれだけ愚痴を言っていても状況は変わりませんし、疲れた体に鞭打ってでも倒しましょうか。
「――その前に貴女ですか」
「おや、ワタクシの偽装を見抜くとは……さすがですね」
しかし、自分の気配を周囲に溶け込ませて隠れていた男が邪魔してくるでしょう。なので、ほんの少し違和感を感じた場所に向けて声を掛けました。
現れたのはピエロのような仮面を被った長身の男。この世界では珍しいスーツような衣服に身を包み、右手にジャマダハルと呼ばれる武器を装備しています。
彼は私達の前に躍り出ると、私の方に向けて指を差し出します。
「貴女がワタクシと戦うのであれば、その他は見逃して差し上げます。貴女がワタクシと戦わないのであれば、その他を優先して殺します」
「であれば、戦うしかないのでしょうね」
どうやら目的は私のようなので、悪魔獣の対処はディルックさんに任せるとしましょう。
それに、続々と異人が王都に到達し始めている現状で、リーダーとして異人達を動かせるのはディルックさんだけです。どちらにせよディルックさんが一番の適任だと思います。
「本当に、通してくれるんだな?」
「ええ、通しますとも。その後のことは与り知りませんが」
挑発するようにわざと恭しい礼をして、彼は門を開けました。
その横をディルックさんと、なんとか生き残っていた兵士さんが通り抜けます。
彼らが街中へ消えていくのを見届けた後、ピエロの仮面を被った彼は構えを取って私にパタを向けます。
格闘系のスキルも修めているのでしょうか。彼の構えからは負けないという自信が溢れているように感じます。
それでも、そう簡単に負けてやるほど私は弱くありません。
同じく武器を構え、動き出す瞬間が訪れるまでの短くも長い膠着を過ごし――火災が起きたのを合図として同時に飛び出しました。
「ふっ、ハハッ、中々の腕ですね」
「片手でいなしておいてよく言いますね……!」
筋力系のステータスが低いとは言え、両手で振るった重量武器を右手だけでいなす技量には感服せざるを得ません。
しかし、私にはベレスという頼もしい相棒がいるんですよ……!
「ッ、これは……なるほど、貴女も魔物を従えられると言うわけですか。では、借りた戦力も使うとしましょうか……一号」
「……!」
ベレスを抑えるためか、それとも一方的に私を殺すためか、私とピエロの間に一体の悪魔獣が降り立ちました。
凄まじい振動が発生したことから、幻覚ではなく本物と言うことは確かです。
なぜピエロの言葉に従っているような行動を取るのか、なぜ私だけを攻撃するのかは分かりません。
仲間には攻撃しない程度の知性があるのかもしれませんし、黒幕がそうするよう指示を出しているのかもしれません。
悪魔獣は私をじっと見つめて、その振り上げた拳にどんどん力を込めています。
ステータスお化けに勝つ方法は、それ以上のステータスでごり押しするか持久戦するかの二択ですが、私は後者しか選べませんしピエロも確実に邪魔してくるでしょう。
なので、攻撃を躱してカウンターを叩き込むだけの持久戦で時間を稼ぐとします。
さっきの戦闘で、悪魔獣にも装甲の厚い部分と薄い部分があるのは分かっています。
悪魔といえど生物的な弱点は無くならないようですからね。
「――二号」
そして、繰り出された拳をすれすれで躱しカウンターを叩き込もうとした時、再び空から轟音を鳴らして落ちて来た悪魔獣がそれを防ぎます。
ただでさえ強いというのに、連携されると殊更に厄介ですね。
「ふふ、これらはあの方が誂えた特別製です。私の意のままに操れる、私に貸し出された下級の悪魔」
「魔物に任せて自分は見物ですか……いいご身分ですね」
「いいご身分ですから、ワタクシ」
……貴族の関係者ってわけですか。
「しかし、貴女の言うように見物しているだけでは物足りません。ワタクシは強者と殺し合うのが好きなので」
猫のように低くなった姿勢から繰り出される攻撃は私の足を重点的に狙ってきています。
私の武器が長物ということもあって、超至近距離からの攻撃はいなすか躱すかが限界です。
「それにしても、こんなに躱されるのは貴方が初めてです。大体の方は最初の奇襲か二撃目で致命傷を負うのですが」
そう言いながらも、彼の動きは最初から次を予測したものばかりです。
避けられる、防がれると確信して、その上で上回ろうと次の攻撃に繋げています。
一撃の威力ではなく連撃でダメージを稼ぐスタイルが、ピエロの仮面を被った彼の得意とするものでしょう。
「――おっ、と……!」
「……ふぅ」
なので、ハルバードだけで相手にするのは止めます。
さり気なく使った【看破】が通らなかったので、彼のレベルが私以上なのは確定しています。
格上に手札を隠して戦っても勝率は低いですから、【呪骸纏帯】も存分に使ってリズムを取り戻します。
……戦いのリズム、自分の得意を相手に押し付ける方法はPVPで学んでいます。
ロスト・ヘブンの頃の記憶とディルックさんとの決闘を思い出しながら、私は繭のように張り巡らせた【呪骸纏帯】を操りました。
「多機能……いえ、応用が利きやすいスキルなのでしょうね。ワタクシのは融通が利かないので少し羨ましいです」
そう言ってピエロは自分の仮面を指差しました。
彼の言う通り、私の【呪骸纏帯】に備わっているスキルは応用が利きやすいものです。
【自在帯】は自由に伸び縮みさせるスキルですが、物理法則を無視して体積が増えるこのスキルで変えられるものには厚さも含まれています。
極限まで細く伸ばせば、今のように全周防御も可能というわけです。
「ふふふ……いやいや本当に恐ろしい。あの方が始末しろというのも納得です」
「あの方が誰なのか教えては……くれないのでしょうね」
「そりゃあそうでしょう。命惜しさに雇い主をバラすのは三流の仕事ですので」
距離を取り、またもや低い姿勢で構えを取りました。
それに対し私はハルバードを短く持ち、どこから攻撃されても構わないように周囲の【自在帯】を少しずつ広げます。
「――《天下一殺》!」
「《スラッシュ》!」
ジャマダハルを突き出して猛烈な勢いで突進してくるピエロの攻撃に、私はそれを受け流すためにアーツを起動しました。
レベル差だけではなく装備にも差はあるはずなので、真っ正面から迎撃しても押し切られる可能性があります。
見たことも聞いたことも無いアーツを放ってきたので警戒するに越したことはないのです。
「《スティール》」
しかし、数センチ横にずらされて攻撃が不発したピエロは、そのまま左手を私の武器に向けてもう一つのアーツを使いました。
《スティール》――窃盗系、もしくは強奪系のスキルでしょう。
私の手からハルバードが奪われ、ピエロの左手には瞬間移動したハルバードが握られています。
「予備があるのならどうぞ。それとも徒手で戦いますか?」
「いいえ、武器はハルバード一つで十分なので――【呪詛支配】」
「何を――!」
ソレに気付いたピエロは咄嗟にハルバードを手放し、後ろに跳躍して数十メートルもの距離を取りました。
しかし、私のスキルによって方向性を定めた【侵呪】はその一瞬でピエロの衣服を呪い、彼は上半身を脱がざるを得なくなりました。
【侵呪】は呪いを付与する呪いです。
そしてこれによって呪われたモノは持ち主を更に呪い、装備を脱がなければどんどんと悪化していきます。
教会にいけば少量のお布施で解呪して貰えますが、事件を起こすような闇組織の人間が教会に入れるとは思えないので、代わりの装備品が無ければ上半身裸でいるしかないでしょう。
「呪怨を利用するスキルを持つ人間と戦うのは初めてなので、どうやら警戒を怠ってしまったようです……」
「まあ予備ぐらい持ってますよね、普通」
「ええ、万が一に備えて何着か」
お金が無くて一張羅の私とは違い、裏の仕事で稼いだ金銭で装備品は買いそろえているのでしょう。お金が無い私とは違って。
「呪われたのが特典装備なら洒落にならないんですけど、まあ衣服だったのが幸いですね。では、続きといきましょうか」
今度はあまり姿勢を落とさずにいるピエロの構えは、右手を前に出して左手を大きく開く変わったものです。
左手は《スティール》専用、そして右は貫通力に特化した武器専用と言ったところでしょうね。
【自在帯】でハルバードを回収した私は普段のように構え、奥の手を切る準備を進めます。ベレスに負担が掛かってしまいますが、強敵との戦いで手札を惜しむことは出来ませんからね。




