24話 外出許可を手に入れた
それから数日、私は大人しく過ごした。雨を浴びたせいでひいてしまった風邪を、一刻も早く治さねばならないからである。
私はルカ王子の護衛。
少しでも早く風邪を治して、仕事に戻らねばならない。
それと、もう一つ、私が早く風邪を治したい理由がある。それは、ルカ王子と城の外へ出掛ける約束をしたから。純粋に楽しみというのもあるし、彼をいつまでも待たせるのは申し訳ないというのもある。とにかく、こんな風邪は速やかに治して、健康体に戻らなくては。
風邪を治す。その一心で大人しくしていたおかげで、結局、風邪はほんの数日で落ち着いてくれた。私が思っていたよりも早い回復だった。ひいた日から五日ほどしか経っていない。
そんな日の夕暮れ時、ベッドのある部屋で軽く柔軟体操を行っていると、ルカ王子が急に入ってきた。
「フェリスさん! やったよ!」
よく分からないが、何やら嬉しそうな顔だ。きっと、心から喜ぶような良いことがあったのだろう。
「何かありましたか?」
「外出する許可、貰えたんだ!」
なるほど、そういうことか。
「そうでしたか。それは良かったです」
「これでお出掛けできるね!」
ルカ王子は、走ってきたせいで乱れた銀の髪を手で整えながら、嬉しそうに述べる。
彼が嬉しそうな顔をしているところを見るのは、決して珍しいことではない。ただ、ここまで嬉しそうな顔つきをしているというのは、なかなか見かけない気がする。
私は柔軟体操を止め、ベッドに移動した。ルカ王子には、ベッドの脇にある椅子へ座ってもらう。
この位置が一番話しやすいのだ。
「許可、すぐにいただけましたか?」
「ううん。ちょっとかかっちゃったよ。城の外ってなると、やっぱりねー」
「そうでしたか……でも、許可していただけて良かったですね」
外出するだけでも許可がいるなんて大変よね。
良かった、私はそんなに面倒な身分じゃなくて。
ルカ王子の話を聞いていて、改めてそんな風に思った。
ただ外出するだけなのにいちいち許可を貰わなくてはならない人生なんて、私だったら絶対に耐えられない。もし私がルカ王子のような状況におかれたら、イライラして、しまいには黙って飛び出してしまったことだろう。そんな鎖に縛られたような暮らし、私には無理だ。
「王子って、意外と大変なのですね」
「そうかな? 僕にしてみれば、そんなに大変ではないよー。でも、行動力のあるフェリスさんには辛いかもね?」
「はい。多分、私だったら、脱走すると思います」
するとルカ王子は笑った。
「いやー、フェリスさんはやっぱり凄いなぁ。脱走なんて、考えてみたことがなかったよ」
それから彼は、片手の人差し指をすっと唇に当て、ニヤリと、いたずらな笑みを浮かべる。彼らしからぬ表情だ。
「だったら許可なんて貰わずに、二人で脱走したら良かったかもね?」
……いや、無理だろう。
私一人ならともかく、ルカ王子を連れて脱走なんて、できる気がしない。
「それはさすがに厳しいかと」
「えっ! どうして!?」
ルカ王子は尋ねてくるが、「貴方が発見されそうだからです」なんて言えないため、答えを少しずらす。
「脱出は人数が増えれば増えるほど難しくなるんですよ。なので、二人でというのは厳しいと思います」
この言い方ならば、彼を不快にすることはないはずだ。
いくらルカ王子とはいえ、一人の人間であることに変わりはない。不快な思いをさせてしまわないよう配慮することは必要だ、と個人的には思うので、こういう言い方にしておいた。これなら、彼の残念さを指摘しているようにはならないだろうから。
「へぇ、そうなんだ! やっぱり博識だね!」
「あ、ありがとうございます……」
ルカ王子はやはり何かがずれている気がするが、まぁ、今はこれで良しとしよう。
「あ、そうだ。お出掛けする時にフェリスさんに着てもらう洋服、用意しておくからね」
「えっ。いいですよ、そんなの。普段の服で大丈夫です」
「ううん。やっぱり綺麗なドレスを着ていてほしいからさ」
「いっ、いえっ! それは結構です!」
街へ出掛けるということは、つまり、昔の知り合いに出会うかもしれないということ。昔の知り合いにドレス姿を見られるなんて、恥ずかしすぎる。絶対笑われるだろう。それだけは勘弁してほしい。
「えー。どうして? 僕からの贈り物は受け取りたくないってこと?」
「そっ、そういうわけではないですけどっ……」
「じゃあどうして嫌なの? 僕のセンスが悪すぎる、とか?」
ルカ王子が思いついた私がドレスを断る理由が残念すぎる。そんな理由ではない。
「恥ずかしいんですっ!」
私は思いきって言った。
理由を言わずこのまま逃げきることはできないと悟ったから。
「街をドレスで歩くなんて、恥ずかしすぎです!」
対するルカ王子は、戸惑った顔をする。ドレス姿の女性を多く見ている彼には、私の言うことがよく分からないのかもしれない。生活環境による考え方の差、というところだろうか。
「どうして?」
「ドレスを着ている人なんて街にはほとんどいないので、目立ちすぎます。それに、知り合いに見られたら笑われそうで嫌です」
すると、ルカ王子は案外あっさりと、「そっか」と折れた。
しばらくごねられるかと思っていただけに、少々意外だ。
「じゃ、そのドレスは、ここで過ごす時のものにするね」
それが、彼の出した新しい案だった。
「はい……それでお願いします」
これほどすんなり話がまとまるなんて。こんな日もあるものなのだな、と、心の中で密かに思った。いつもこれくらいスムーズにいけば理想なのだが。