猫と雑賀(さいか)
「ハチです、どうもはじめまして」
「サイカ・スズキだニャ!よろしくだニャ!」
現れた黒猫の女性は、本当に前身真っ黒で、しかも野生猫のしなやかさを思わせるスレンダー体型だった。
すげえ、顔が猫だ。
なんというか、洋ゲーに出ているネコ科の獣人種族を思い出す容姿だと思う。人としてはスレンダーだけど、手足のゴツさが種族の違いっていうのを思わせる。
あと服装の露出がやたらと高い。
スーツを着ていると思うんたけど、そのスーツはまるでビキニアーマーのようにやたらと露出部分が多くて、なんというかエロエロしい。
「……いろいろとツッコミどころ満載なんですが、ひとつひとつ質問していいです?」
「いいニャけど?」
「まずお名前なんですけど……サイカってまさかこう書きます?」
手元にメモ紙がなかったので、愛用の電子ノートを取り出した。
「ハチ、それは?」
「え?ああ、電子ノートのことか?」
オルガの目線が電子ノートに向いていた。アイリスまでこっちを見てた。
「いや、これに食いつかれても困るんだが。ただのメモ帳だよ」
キャリバン号は完全ペーパーレスを実現しているけど、ひとつだけ問題があった。
実は俺はいわゆる悪筆の人で、手書きしない日々が続いた結果、読みにくい字はついに象形文字や古代文字となり、書いた本人すら解読不能になりはじめたんだ。
こうなったら、もう文字とはいえない。
だからある時、シャープ製の電子ノートを買ってきて、それにメモ書きするようにしたんだけど。
「それはタブレットとは違うのか?」
「これ通信機能ないんだよ」
俺には手放せない便利な道具でもあるけど、万人受けするとは到底思えないツールだ。
メモった内容は基本、メモとしてしか使えない。
PCやスマホに取り込みは何とか可能だけど、それすらちょっとひと工夫がいる。
紙を使わずその場でメモがとれる、それだけをとことん追求した電子機器。
でも。
キングジムのテキストライター『ポメラ』もそうだけど、その価値のわかる人には手放せない道具なんだよなぁ。
って、話を戻そう。
俺はサイカさんに「雑賀」と書いたメモを見せた。
「ちょっと古い書き方ですけど、日本語でサイカと読みます。何か情報あります?」
「……あるニャ」
サイカさんは大きくうなずいた。
「ここだけの秘密にしてほしいニャけど。
サイカ・スズキは世襲制の名ニャけど、初代サイカ・スズキのサインと同じだと思うニャ」
「なるほど……ああ、秘密は了解です。
もしかして、初代さんは異世界人?」
「そうだニャ。
うちは猫人族だけで商会やってるニャ。けど、初代サイカは異世界から来た男で、猫人族の血脈はその妻から始まってるニャ」
「なるほど」
本来なら「雑賀」が名前というのはおかしい。スズキが家名なのは、かつて紀州の雑賀がそうだったからわかりやすいけど。
でも、なんとなくわかる。
初代さん、おそらく和歌山かその周辺の出身者なんじゃないかな。和歌山あたりに行くと、やたらと看板なんかに「さいか」の文字が増えるんだけど、なんとなくそれを想像してしまう。
この世界で猫人族の奥さんをもらって、骨をうずめると決めた。
だけど元の世界への想いは決してなくならない。
だから。
自分の存在をアピールするのに「サイカ」と「スズキ」の名を使ったんだ。せめて、いつかこの世界に同胞がきたら、同郷人がいたんだと気づいてもらえるように。
……たぶんね。
初代さん。
たぶん届かないだろうけど、来ましたよ。
俺は紀州人じゃないけど、確か母方の家はもともと紀州の出だったと思う。
あなたがもし紀州の人だったなら……。
少しだけ、ココロの中で黙祷した。
「サイカ商会はその人がはじめたんですか?」
「敬語はいいニャ。で、そのとおりニャ」
そうか。
もらいっぱなしも何なので、俺はサイカさんに自分の持っている情報を伝えた。
紀州・和歌山に昔、雑賀衆という武装した傭兵だか地侍だか職人集団だかわからないような人たちがいて、歴史に名を残しているんだと。で、おそらく初代さんは雑賀衆ではないにせよ紀州方面の人で、我こそはここにいるという理由でその名を残したんじゃないかと。
サイカさんは、俺のひとりよがりな情報にフム、フムと耳を傾けた。
そして「そうだニャ」と微笑んでくれた。
「サイカの名は生まれた土地に由来し、スズキの名は生まれた家の名だと聞いてるニャ。おそらく間違いないニャ」
「そうですか」
やっぱりそうだったのか。
「で、次の質問いいっすかサイカさん?」
「いいけど敬語はいいニャよ?」
「いやいや、俺は無職の風来坊だし、サイカさんは大店の会長さんでしょ。タメ口は勘弁してください」
「残念だニャ」
本気で残念そうだった。
「なんか、服の露出が高いように思えるんですけど?」
「ん?自前の毛皮があるニャから当たり前だニャ?
……バラサでは獣人族にあわニャかった……わけじゃニャいニャ?」
「あー、羊人系にイノシシ、犬人族くらいしかいないからねえ。バラサは」
俺がコメントする前にオルガが言ってくれた。
「羊人系ニャと、砂漠じゃ毛剃りしてる事もあるニャあ」
「毛剃り?」
「毛深い種族が暑い地域に住む場合、身体の毛剃りをする事があるんだ。特に羊人系をはじめとするいくつかの種族は良い毛並みを持っているから、定期収入になっている地域もあるねえ」
「へえ……」
それ、髪の毛を売るみたいなもんだろ。抵抗ないのか?
「自分の毛で服飾品を作る事もあるからねえ」
「そうなのか」
文化の違いだなぁ。
……もしかして、アルパカ人とかいて、毛剃りの季節にはすごい事になってたりするのかな?
あはは、いくらなんでもそれはないか。
「うちら猫人族は毛剃りの習慣がニャいが、暑さには比較的強いニャ。
ただし寒さは苦手ニャんで、南大陸ではもっと着込むニャ」
「中央大陸ではいらないと?」
「そうだニャ。
人間族には着飾ることが女のステータスになる地域もあるニャが、ウチらは自前の毛皮のお手入れこそ重要ニャ」
なるほどねえ。
……しかし。
「おや、ハチは猫人族に興味あるかニャ。ケモナーかニャ?」
「勘弁してください」
横からくる目線が痛いですから!
「最後の質問なんすけど」
「なんニャ?」
「さっきからニャ、ニャって言ってるけど、猫人族はみんなそういう言い方するんスかニャ?」
「あ、伝染った」
うるせえぞアイリス。
てか、オルガまで笑ってるし。
「そんなわけないニャ。
ニャをつけるのは本来、幼児語でウチくらいの歳の者が使うのは本来おかしいニャ」
あらら。
「ん?するとサイカさんはどうして?……そういう趣味とか?」
「その微妙な発言の間にツッコみたいけど、まぁいいニャ。
実は旦那の趣味ニャ。
いわく、おまえは美人すぎて相手に警戒させちまうから、わざと子供言葉で油断させろって言うニャけど違うニャ。
困ったことニャが、うちの旦那は子猫趣味の変態野郎ニャ。
強要されているうちにクセになっちまったニャ」
「あらら」
そうなのか。
ても。
「サイカ様、そういうお話を初対面の方になさるのは」
「ん?オルニャの旦那ニャ、初対面といっても身内も同然ニャ」
オルニャ……ああオルガか。
「あの、旦那て?」
「ん?オルニャからハチのニオイが、ハチからオルニャのニオイがするニャ。お楽しみだったニャ?」
うわっ!
「サイカ。あまりからかうと昔の名をバラすが?」
「わかってるニャ。ちょっと言ってみただけニャ」
オルガが何か強く言うと、サイカさんは苦笑した。
うーん……人間サイズの猫の顔が人間みたいに笑うのって、ちょっと不思議な感じだな。
「まぁ冗談はともかくとして、もう決めたのかニャ?」
「本人との折衝がすんでないが、おおむねはな」
「そか。ウン、ウチは応援するニャ、仲良くするニャよ?」
そういうと、オルガさんは「にやり」と、どこかチェシャ猫を思わせる笑みを浮かべた。
なんというか。
そのちょっと邪悪な感じの笑みは、黒猫の彼女にとてもよく似合っていた。




