猫と吸血
その出会いは、トンネルの向こうからやってきた。
「あれは……なんだ、車か?」
古いボンネットバスの親戚みたいなのが前方に止まっていて、周囲に獣人族らしき人たちが見える。尻尾とか頭のカタチで、それとなく知れるのだけど。
いや、人々の方はとりあえず置いとこう。問題は車だ。
馬車の類でないのはわかった。引いている動物がいないから。
しかし、どこか地球の車……ものすごく古い時代、そう、1920年代くらいの軍用トラックの後ろに木製のカーゴをつけている図を想像してくれ。馬車のようでもあり、トラックのようでもある、21世紀的にはちょっと不思議な姿だ。
いや、見た目よりも。
こいつ、いったいどうやって走っているんだ?
「なるほど、ハチは初めて見るかねえ?これは魔道車さ」
魔道車!?
「動物や魔獣に引かせるのでなく、魔石に蓄えた魔力を使う車だねえ。燃費が悪いのが難点で限られた範疇でしか使われてないけど、こういう狭くて長い場所の探索にはピッタリなんだねえ」
「あー、これが例のやつか!」
ちらっと聞いてはいたが。
近づいていくと、周囲にいる獣人たちの種族もわかった。
猫だ。
二足歩行の人間サイズの、尻尾の長い猫だ。
「猫か」
黒猫、三毛、虎縞……サビ猫、タキシードもいるな。
あ、俺はタキシードって呼んでるけど、一般には黒白なのか?すまん、よくしらない。
「猫人族、人によっては猫族とも言うが、猫と呼ぶのはしばしば失礼になるから注意しろ」
「そうなのか?」
うむ、とオルガはうなずいた。
「姿の違う獣人族同士で仲良くなると、しばしば動物名で呼び合う事はあるんだが、でもそれは親しい者たちだけだ。基本的に非常に粗野な言い方なんで、知らない人を猫と呼ぶとケンカを売っていると思われるぞ」
なるほど。
「俺が猫と呼ぶ人は出ないだろうからな。……猫人さんとか猫さんは大丈夫かな?」
「まぁ、それでもいい。よし停めてくれ」
「おう」
いいところでキャリバン号を止めると、オルガがさっそく降りていった。
「サイカ!」
サイカ?
相手の黒猫女性と抱き合い、何か話をはじめたんだけど。
……おっと、しゃべっている言葉が全然わからない。
「何語だ?」
「エマーン語だねえ、東大陸西部の主要言語のひとつだよ」
「そうか」
アイリスがすぐ教えてくれた。
前に触れたかもだけど、この世界は多言語文化圏だ。たとえばバラサでは中央大陸の言語のひとつが使われていたんだけど、それを俺が理解できたのはアイリスのおかげだったりする。
あ、ちなみにキャリバン号の公用語は日本語だぞ。
オルガが参加した事でこの世界の言語に変えようって話もあったんだけど、そのオルガ本人に拒否されたんだ。いわく、研究用に日本語を覚えたが会話に使ったことがないそうで、日本語を母語とする人と会話できるなんて素晴らしいチャンスを是非生かしたいと。
以来、キャリバン号では日本語主体で、たまに日本語で伝わりにくいところを中央大陸言語で伝えたりといった状態になっている。
それでなんだけど。
「パパ、チューしよ?」
「……おまえ、だんだんひどくなるなぁ」
「ん、何いってるの、エマーン語学習だよ?」
「だったら最初からそう言え」
「そこはホラ、ふいんきだよぅ」
「それをいうならら雰囲気だろ、変な言い方覚えるな」
バラサに着く前にもアイリスにキスされたんだよな。
要は、あのわからない言語を理解できるようにしてくれるつもりなんだろう。
ま、それはいいんだけど。
「ほらパパ、目を閉じてンーってこう、赤面して息が荒い感じで」
近頃のアイリスが変な方向に遊びまくる件について。
「アホ。変なこといってないで、さっさとやってくれ」
おバカな事をほざいているのをぶったぎり、さっさとやれと言う。
拝啓、ドラゴン様。
アイリス嬢の謎進化はいったい、何が原因なのでしょうか?
「♪」
むんずと顔を両手で掴まれて。
お人形のような北欧系人種の幼女に、ひたすら色気もへちまもなくブチューされる。
妙な知識はたくさん仕入れてくるのに、行動はやっぱり子供なのは仕様なのか。仕様なんだろうな。
まぁ、お色気はオルガがいるので充分だしな。
「……」
「興奮した?」
「はいはい興奮興奮」
呆れていたら、遠くから聞こえるざわめきの内容が変わった。
エマーン語が理解できるようになった瞬間だな。
でも。
(結界?遺跡?なんの話をしてるんだろ?)
言葉そのものがわかっても、そもそもなんの話してるのか不明だな。
ま、いっか。
「それよりアイリス、そろそろエネルギー補給しといたほうがよくないか?」
オルガと会ってからこっち、あまり補給してないからな。
「ぬぐの?」
「バカ、殴るぞ」
「わお、どめすてぃっく・ばいおりんす?」
どこでそんな言葉覚えてくるんだこいつは。
とりあえず訂正しておこう。
「バイオリンスて……もしかして家庭内暴力って言いたいのか?だったら色々と間違ってるぞ」
「そうなの?」
「そもそもDVは夫婦間のものなんだ。おまえは違うだろうが」
「えー」
「えーじゃないわ。どう見ても保護者と子供だろーが」
「……18歳未満?犯罪?」
「そもそも新生児だろうがおまえは」
知能が高かろうがなんだろうが、見た目幼女なうえにゼロ歳の赤ん坊なんだよこいつは。
「えー、そこで子供扱い?」
「やかまし」
妙なことばっかり覚えやがって。
なんで子供ってのは、親が覚えてほしくないことばっかり大喜びするんだ?
いやま、自分の子供もった事ないけどさ。
「って話ズレてるぞ。それより補給はいらんのか?」
「んー、もらう」
「おう」
首すじを差し出してやると、なぜかアイリスはちょっとはにかんで、それから、そっと俺の首すじにすがりついた。
チクッと首筋に痛みが走り。
そして、少ししてから盛大な脱力感。
「うぉ」
ちゅぱっと口を離し、そしてペロリと舌を舐める。
ああ、やっぱりだ。
見慣れない白人系の顔なんで見分けがつきにくいが、やっぱり消耗してたんだろう。さっきより元気ハツラツに見える。
よしよし、これで大丈夫そうだな。
「なぁアイリス」
「ん?」
「質問するの忘れてたんだけど、おまえ一回でどのくらい吸ってるんだ?」
飲まれるとクラッとして、身体が重いんだよな……すぐに戻るけど。
いったい、どんだけ吸ってるんだか。
「あー、いっぱいだよ」
「いっぱい?」
「パパは知らない方がいいくらい」
「マジか」
「うん」
にこにことアイリスは怖いことを言う。
「けど、ほとんどの血はちゃんと戻してるよ。必要なのは血じゃなくて、血と一緒に流れているエネルギーだからね」
「ああ、それで脱力したのが戻るのか」
「そうだよー」
なるほどなぁ。
「ちなみにそれ、吸いっぱなしだったらどうなるんだ?」
「あー、いくらパパでも何日か寝込んじゃうと思うよ。あと一日くらい意識が飛ぶかも」
「おいおい、そんなに飲んでるのかよ」
「そりゃそうだよ」
アイリスは苦笑した。
「このアイリスという存在は、パパの魔力をエネルギー源にしてるんだよ。
将来的にはわからないけど、今のパパに軽くないのは仕方ないよ」
なるほど、そんなもんか。
「けど、俺って魔力多いんだろ?それでも、そんなきついなんて……一般人はどうしてるんだ?」
「血からもらってるのは代用だからね。普通は違うんだよ」
「普通はどうするんだ?」
「そりゃもちろん、ベッドの中で精気をもらうんだよ」
「……え」
あっけらかんと、すごいことを言われた。
「でも、パパはそれダメでしょ?」
「あたりまえだ!」
だからそっちの趣味はねえって。
「うん、だから仕方ないんだよ。
グランドマスターの話だと、血からエネルギーを取得する方法は今回ゼロから作ったんだって。どうしても急ごしらえで効率も悪いから、アイリスで試行錯誤するって言ってたよ」
「あー、そんな状態なのか。そりゃ当面は仕方ないか」
「うん、ごめんね?」
「おまえが謝るこっちゃないさ、むしろ俺の自業自得だ」
本来ならたぶん、そんなめんどくさい事にはなってないんだろうからな。
しかし、この世界の他の者たちは、竜の眷属に自分の精気なんてあげてんのか?
若者はいいけど年寄りとか大変そうだなぁ。
いや、マジご苦労さん。
死なないように気をつけてね。
「しかし、一度吸った血を必要なもんだけとって戻すのか……なんか成分輸血みたいだな」
「その比喩は正しくないけど、でもイメージとしてはおかしくないよ」
「そっか。
まぁ信用してるから、俺が動けなくなるような事はなるべく避けてくれ、頼むな?
あと問題がある時は俺でもオルガでも相談してくれ、いいな?」
「うん、任されたよ」
アイリスのにっこり笑顔。
視界の向こうに、オルガと連れ立って近づいてくる黒猫の女性の姿が見えた。




