トンネルと猫
トンネル修復跡の記録をとり、調査再開した。
「ハチ、ここを出てからでいいから頼みがある」
「頼み?」
「運転の件だ。わたしが代行するのは危険だという話をしていたが撤回する、是非わたしにも運転を教えてほしい」
撤回?
「それはいいんだが……なんでまた?」
「おまえの目利きスキルを有効活用するためだ」
オルガは明快に断言した。
「さっきの修復跡だが、わたしやアイリス嬢では間違いなく見落としていた。タブレットのデータにも反応はなく、わたしにも、そしてアイリス嬢にもわからなかった。
しかし、おまえは運転しながら、しかも、ただの目視で見つけ出した」
「偶然だろ?」
「おまえにとってはそうだろうな、自覚があるわけがない」
ちなみに運転中、オルガは後部座席のチャイルドシー……もとい、オルガお手製のバケットもどきな椅子に座っている。俺にはルームミラーごしに見えているわけだ。
そのミラーの中のオルガの映像が、肩をすくめた。
「漁師は空や海のほんのわずかな兆候から、漁期や天候の急変を見抜く。海辺で漁りをする女子供は、素人には全くわからない岩場の影にいる生き物を目ざとく見つける事がある。この意味がわかるか?」
「そりゃ経験則だろ」
俺は即答した。
「若い頃……いや、今の俺の姿も若造だけどリアルな青少年だった頃な、色々あって、西表島の南風見田ってところでキャンプ生活をした事があるんだ。二ヶ月ほどな」
今はキャンプ場があるらしいが、昔は小さなあずまやがあるだけの、ただの浜だった。
「当初は、食べられるものは何も見つけられず、少し離れた大原の町で食料を買っていた。
だけど二ヶ月後。石垣島に戻る頃には、調味料と乾電池以外は何も購入しなくなっていた。理由はわかるか?」
「ふむ、知識と目が肥えたことで、食材が現地調達できるようになったんだな。ちなみに何を食べていた?」
「色々だよ。大潮を避けて引き潮の時にリーフを散策して、寝てる魚を銛でとってた」
釣りもしていたけど、素人の釣りは道具の消耗が激しい。圧倒的にコスパが高いのはもっぱらリーフ散策だった。
ただし。
「リーフの中には寝てる魚がたくさんいたから、それを狙ったんだ。
夜のサンゴ礁で魚が眠るのは知ってた。で、それを狙って小さいタコくらいは徘徊してるだろうともね」
「夜のサンゴ礁に素人がひとりで?危険があるとは思わなかったか?」
「思ったよ。
でもね、穴に潜んでいるような大物は見つけるのに熟練がいるだろうし、だいいち俺には捕れないと思ったんだ。
そして、あらゆる生き物には生活のサイクルがある。
俺はむしろ、夜のリーフの中で寝てるような小物や、それを狙った小さな生き物に目をつけた。こいつらは外で動いているわけだから、これから素人目でも慣れれば見つけられるだろうし、銛があれば狙えると思ったのさ。で、小さな、でも一応は返しのついてる三本銛を釣具屋で買ってきた」
「……なるほど合理的だな。で、どうだった?」
「とれたとれた。特に慣れてくると見分けるのが簡単でさ、おすそ分けしまくるほど採れたぞ」
あの頃は干物とか燻製って感覚もなかったから、食べきれないと見たら普通に周辺に配りまくった。時にはわざと脅かすため、塩もみもしてない生きてるタコをいきなり持っていった。特に二十歳そこそこの青少年にはオオウケしたよなぁ。
で、たまに年配のキャンパーにお礼なんかももらったなぁ。
ははは、懐かしいや。
そんなことを思い出していたら、オルガが「それだよ」と言った。
「え、それって?」
「だから熟練さ。
ハチはそうやって夜の海に入ることで、夜のサンゴ礁を根城にしている生き物たちを識別する目を養った。で、それを使って食料を得ていたわけさ。
だったら。
土木建築物の目利きでも自分が同じことをしている可能性に、なぜ気づかない?」
「あ」
「……その反応は、素で気づいてなかったのかねえ?」
「あ、あははは」
思わず苦笑いした。
ああ、なるほどそうか。
そんなの、言われるまで全然気づかなかったよ。
「運転の話に戻ろう。
これはわたしの推測だが、ハチは同時に複数のことができない種類の人間だ。よって、その観察眼を完全に発揮したいなら、運転操作に気取られる状況はよくないと考える。
ゆえに、わたしが運転してハチは観察に集中するという選択肢がとれたほうがいいってわけさ」
「いや、そこまでせんでも。徐行すれば周囲に目くらい届くぞ?」
「だろうな。しかし、選択肢があるのは悪くあるまい?」
「まぁなぁ」
そう言われると確かに。
「わかった、じゃあ後で運転講習をやってみるか」
「うむ、よろしく頼む」
俺は軽く答えたつもりだった。
この時の選択肢が俺とオルガの関係をさらに密接にし、ひいては俺の集団が土木系に限れば世界随一の探索チームと言われる最初のきっかけになるんだけど。
でも当時の俺は当たり前だけど、そんなこと全然考えてもいなかったんだ。
「あれ?」
そんなこんなで走っていた時、唐突にアイリスが目を丸くした。
「む、どうした?」
「進行方向、17キロ先に誰かいるよ。複数の人間と、それから機械」
「なに!?」
さすがにギョッとした。
まさか追手か?
しかし。
「ハチ、アイリス嬢、ちょっと待ってくれ」
「え?」
「もしかしたら」
そういうとオルガは、ごそごそとポケットから石を取り出した。
あ、それってもしかして。
「例の商会か?ここから連絡つくのか?」
「通常、こんな場所では無理だ。しかし相手もこのトンネルの中なら可能かもしれない」
「なるほど。確認頼む」
「わかった」
俺はキャリバン号を停め、ギアをニュートラルにぶちこんでサイドブレーキを引いた。
ちなみに余談だけど、車の変速レバーやサイドブレーキは、歴史上いろんな場所や形態でとりつけられた事がある。
たとえば、コラムシフト。
これはステアリングコラムにシフトレバーを装備したもので、ハンドル操作のついでにコツンと入れられるので慣れると大変便利だ。
コラムシフトというとちょっと前のミニバンなどを想像する人がいるかもしれないが、実は大変歴史の長いものだ。昭和40~50年代のトラックなどでも使われていたし、たとえば今もコアな人気のある映画『ブルース・ブラザーズ』で主人公たちが派手なカーチェイスを繰り広げる元パトカーの払い下げ車『ブルース・モビル』は、3速オートマか四速マニュアルのコラムシフトがついてるダッジ・モナコ1974年型だった。映画の中で、警察から逃げるのにコラムシフトぶちこむシーンがあるから間違いない。
俺のキャリバン号はフロアシフトなんだけど、実は色々と怪しい車でもある。どうも元がコラムシフトだったんじゃないかとおぼしきパーツがハンドルまわりについているけどシフトレバーはそこになく、中の機械類が丸見えなのである。
まぁ、修理の際に使えるパーツを現物合わせで突っ込んだ可能性も否定しないがな。
こういう、修理を繰り返しながら生き延びた低年式車というのはおもちゃ箱みたいなもので、すごいところにとんでもないパーツがついていて大笑いする事があるものだ。しかもよく似合っていたりするわけで、それで──。
「ハチ、何か回想中に悪いが連絡ついたぞ」
「おう。で、どうだった?」
「間違いない、前方にいるのは商会の者たちだ。しかもなぜか最高責任者までいるようだ」
最高責任者?
「そんな人がどうして現場にいるんだ?」
「シャリアーゼの役場に来てて、そのついでだと。ムラク道の入り口を塞がれていて南大陸側に行けないし、だったらと探索チームについてきたらしい」
「そりゃまた……好奇心あふれるタイプの人なのか?」
「好奇心……まぁそうだな、種族的なものかな」
「?」
「あえばわかるさ。
ハチがいると聞いて大喜びしてな、是非会いたいそうだ」
「……そりゃまぁ、別にかまわないが」
オルガが世話になってる人らしいし、だいいち迂回路もない。会わない選択肢はないだろ。
しかし。
いたずらっぽいオルガの笑いが、ちょっと気になった。




