朝ごはんと反応
翌日の朝、俺は早起きした。
目的はもちろん、アイリスに先回りするためだ。
正直、油断していた。
料理に興味をもったのは事実だろう。
そして俺とオルガに配慮してくれているのもウソじゃないと思う。
命じたわけでもないのに台所を占拠して調理を一手に引き受けてくれたのは本当に助かっている。
しかし、だ。
それを自分の偏食にも利用しているのならば……自炊なんて食えればいいってタイプの俺にとっちゃ本当にありがたい事なんだけど、それでも放置するわけにはいかない。
アイリスがたとえどんな存在であろうとも。
ドラゴン氏から預かった以上、情操面の教育の責任は俺にあると思うからだ。
「今朝はと……おや、まだ魚があるじゃないか」
さすがに残り少ないけど、干物にしたクロコ・クマロが少し残っていた。
とりあえず、ごはんと焼き魚にするか。
それだけじゃ少し足りないから、インスタント味噌汁も。
「あとは、ラウラとササヒメ用か」
そっちはアイリスが起きてきたら任せるとしよう。
少しでも任せたら勝手に自分のぶんも作りかねないけど……だけど仕事を全部奪いたいわけじゃないしな。
うん、そこは信用しよう。
さて。
コンロの方は、オルガ愛用のグリルコンロを貸してもらった。
研究生活中に電子レンジ感覚で使うものらしいが、断熱された箱の中でまんべんなく焼くための仕掛けらしい。
うん。
うちのコンロ群はグリル的に使うのにはやっぱり向かない。それに比べ、これは魚を焼くのにちょうどよさそうなんだ。
さらに。
「ふふふ……」
取り出しましたるわ、密閉できる円筒形のプラスチック容器。
これに二合の米と、そんで水をちょろちょろっと入れて。
「うし」
そんで蓋をして、シェーカーのごとく少しシェイクする。
あ、ちなみに振りすぎると米がボロボロになるぞ、少しでいい。
シェイクし終わったら、とぎ汁をボトルに退避して、また水をいれる。それを二回くらいやると、まぁキレイになる。
あ、とぎ汁はボトルに確保な。
今捨てるとこないし、後で洗い物にでも使おう。
本当は料理そのものに色々利用できるはずなんだけど、俺にはそこまでの知識はないからまぁ仕方ない。
あらい終わった米は、有名なユニフレームの炊飯鍋、ライスクッカーミニDXにいれる。俺はこれを飯盒が苦手なんで、こいつを代わりに使ってるんだ。
さて。
中国製のストームクッカータイプのクッカーセットを取り出して組み立て、それに昨夜、オルガに手伝ってもらって魔法陣を書き込んだ中国製アルコールコンロをセット。
ちなみに魔法陣の内容は、アルコール互換レベルの炎を30分間燃やして消える、ただそれだけのもの。
さっそく魔力を込めてやると。
「お」
必要な魔力はほんのちょっと。
だから、俺のつたない技術でもあっというまに規定量に達したらしく、ポンと小さな音をたてて火が燃えだした。
よしよし順調。
火にライスクッカーミニDXを乗せて、あとは湧くまで放置。こいつは普通の鍋と違って湧き吹かないので、こうなったらもう、フタが動き出したら火力を絞る程度しかやる事がない。
次に、アルコールを多用していた頃のメインバーナー、トランギアのストームクッカーと専用の鍋をとる。これには三人のインスタント味噌汁の水を沸かしてもらう。
組み立てて先の中華製同様に点火、そして鍋に水をいれて上に掛けた。
んで、今度はオルガのグリルコンロにクロコ・クマロをセットしていたら「うーん」という声が聞こえてきた。
どうやら起きてきたようだな。
「おはようパパ……あれ?」
「よう」
首をかしげながらアイリスが近づいてきた。
「えっと、どうしたのパパ?」
「いや、最近おまえに任せっぱなしだからな。
こっちの分はもう待つだけだが、ラウラとササヒメのが全然できてないんだ。頼めるか?」
「え?あ、うん……アイリスのは?」
アイリスは自分のことを代名詞でなく「アイリス」と名前で呼ぶ。
子供っぽいとは思うんだが、もともとアイリスは「子供っぽい言動」を意図的にしている部分があるから、あえてそこは放置していたりする。
で、だ。
「もちろんアイリスのもあるぞ。人間三人分だな」
「え?え?」
まだ状況を理解してないアイリスに、ためいきをついた。
「好き嫌いはよくないと思ってな」
「え?」
「とはいえ、何しろまだ赤子同然だからな。竜の眷属としてのココロが強くて心情的に苦手な可能性もあるし、無理に勧めはしないが」
そういうとアイリスの顔をじっと見た。
「えっと、パパ?」
「穀物とか野菜とか……無理なわけじゃないんだろう?ただドラゴンが種族的にそういうものを食べないから、おまえもそれに沿っているだけで。違うか?」
「あ……」
ようやく意味を理解したのか。アイリスがウンとうなずいた。
「だったら、もう少し試してみないか?
現時点で、これはダメ、食べたくないって明確に拒否したいものはあるか?」
「んー……とりあえずないかも」
「そうか」
俺は少し考えて、そして言った。
「とりあえず、俺たちと同じものを食ってみよう。
で、どうしても気持ち悪いとか、受け付けないとかがあれば言え。譲歩できるものなら譲歩するし、ひとつひとつ解決していこうじゃないか」
「う、うん……でもどうして?」
「どうしても何も」
俺は肩をすくめた。
「家族なのに、ひとりだけ別のものを食べるなんて寂しいじゃないか。ラウラたちは構造的に同じものが食べられないから仕方ないけどさ」
「……」
沈黙したアイリスに、俺は続けた。
「まぁ聞いてくれよアイリス。
俺のおふくろなんだがな、小さい頃、身体が弱くて食べ物の禁忌が多くてな、彼女だけ特別食を食べさせられていたらしい。
それがきっかけで、おふくろは料理好きの大人に育ったそうなんだけど……でも、家族と同じものを食べられないっていうのが、そのあと何十年にもわたってトラウマだったんだとさ」
「……」
「俺は、その話をした時のおふくろの顔が忘れられないんだ。なんかこう、遠い日の悲しかった事を苦笑しながら思い出してるって、そんな顔がさ」
「……」
「アイリスにもオルガにも、俺はそんな思いはさせたくない……あんな顔はさせたくないんだ」
「……そう。わかった」
アイリスは俺の言葉を噛みしめるように、そして大きくうなずいた。
「パパの言いたいことはよくわかったよ。アイリスもちゃんと、パパやオルガさんと同じものを食べるようにする」
「無理はすんじゃねえぞ。ダメなものはダメで、それは考えよう」
「うん!」
そういってアイリスは笑うと、さてと腕まくりをはじめた。
「パパ、ラウラとササヒメのぶんの他に、もうひとつ追加していい?」
「ほう、何をだ?」
「クルックって料理なの。でも鶏肉がないし、小さいからとてもクルックとはいえないけど」
「???」
意味がわからない。
首をかしげていたら、いつのまに現れたのかオルガの声が。
「おはよう……クルックを作るのかい?」
「知ってるのか?」
「まぁね」
オルガは、あくびをしつつキャリバン号の外に出てきた。
「オルガ」
「ん?なんだねえ?」
「クルックとやらの話も聞きたいけど、その前に」
「?」
「その、なーんも隠せてないネグリジェみたいなの着替えろ」
「ん?セクシーじゃないかねえ?」
いや、セクシーだから。むしろセクシーすぎて困るから!
でも、そのまま言うほど俺もバカじゃない。
「そんな格好でうろつくと危ないだろ、ほら着替えた着替えた」
「ほいほい」
にやにやと楽しそうに流し目をすると、オルガはのんびりとまたキャリバン号に戻っていき……
「おや、直接見ないけど鏡越しにはガン見するかねえ?」
「さっさといけって!」
「ふふふ」
あかん。
どうも俺、立場が弱い気がする……まぁ偉くなったつもりもないけどさ。




