夜と明かり
夜のトンネル。
まぁ夜といっても、窓もない、しかも数十キロは続いている巨大トンネルの中だ。文字通りの大地の底、穴ぐらの中なわけで、外が明るいも暗いもわからないわけだけど。
俺のキャンプ用燈火類で、この空間は明るく輝いているが。
「眠れないのかねえ?」
オルガか。
「アイリスは?」
「眠ったねえ、しかし不思議だねえ」
「というと?」
「竜の眷属は本来眠らないんだ。ハチ、キミは彼女に何をした?」
え。
そうなのか?
「いや、何って言われても……毎日いっしょに寝てただけだが?」
最初は寝袋を別にしようとしたけど、なぜか嫌がって。
なんだかんだで俺も、一緒に寝ようと駄々をこねられると強く出られなくて。
気がついたら一緒のことが多くてなぁ。
「……そうか」
その話をすると、オルガは真剣な顔で考え込んだ。
「人としてのふれあいが人間性を高めたという事かもしれないねえ……ウン、興味深い」
フムフムとオルガはうなずいた。
え、それで納得するの?
俺てっきり、このロリコン野郎とか軽蔑しきった顔で見られると思ったんだが。
「どうしたのかねえ?そんな素っ頓狂な顔をして」
すっとんきょうって、また古典的な言い回しを。
「いやさ、近年の日本だとロリペド野郎って言われるところだなと」
「よくわからないが……ハチはあれくらいの子供が好きなのか?」
「ハ、ガキじゃねえか。俺にその趣味はねえよ」
俺は巨乳好きってわけじゃないが。
けど、さすがに大平原はちょっと困る。
で、思わずオルガの胸……豊満ではないが小娘としては立派なサイズである……を見ていたら、なぜかオルガはためいきをついた。
「なるほど、ある程度のサイズがないと女として認識しないのかねえ?」
「ういっす」
「隠しもしないのがちょっと憎たらしいねえ。少しは照れたらどうかねえ?」
「む、難しい注文だな。えーと照れるというのは」
「わかったわかった、まったく困った男だなおまえは」
そういいつつも、オルガは楽しそうに笑っていたのだった。
少し話が脱線したが、ふたたびアイリスの人間性の話に戻った。
しかし。
「俺より前にそういうヤツいなかったのか?」
言っちゃなんだが、たかが添い寝だろ。
それに俺の時はたまたま子供だったわけだけど、大人の異性だったりしたら?
でも。
そういうとオルガは首をふった。
「ハッキリ言えばだな。
竜の眷属を子供扱いして添い寝してる、なんてトンデモ野郎はハチくらいのものだろう。というか、そんなイカれた男は世界にひとりいれば充分だねえ」
えらい言われようだなオイ。
「冗談はさておいてまじめに説明しようか。
まず、たかが添い寝とハチは言うが根本的に間違えているぞ」
「どういうこった?」
「普通、眷属を与えられた者は眷属を同じ人間とは見ないからね。
異性、老人、子供。いろんな容姿の眷属が今まで贈られたけど、それを恐れるにしろ担ぎ上げる、利用するにしろ……ただの子供として扱う者なんか誰もいなかったのさ」
「いや、俺もただの子供とは思ってないぞ?」
見た目と精神年齢はともかく、アイリスの能力と知性は子供のソレじゃない。
俺がアイリスとうまくやれているのは、アイリスが普通ではないってのも大きいと思う。もしリアル子供の思考と知性をもっていたら、おそらく扱いかねてしまっただろう。
「あーいやいや、そういう話ではないさ、要するに」
「言わんとする事はわかるさ。
つまり眷属の持っている情報なり力なりが魅力的だったり、あるいは背後にいる真竜族にビビってしまうからの二択になるばかりで、普通に眷属とつるんで遊ぶヤツなんかいなかったって事だろ?」
「うむ、そんなところだな」
言い切りやがったよ。
でもなぁ。
「ま、あれだ。コロンブスの卵ってやつだろ」
「なんの卵だと?」
「地球のことわざだよ」
「ほう、意味は?」
「できてしまえば簡単なことでも、最初にやるのは難しいってことだな」
俺はオルガの顔を見て言った。
「俺は眷属がそんなとんでもない存在とは知らなかった。で、アイリスだけを見て普通に応対したにすぎない。
もし、あらかじめオルガが言うような知識を持っていたら、むしろ無理だったろうさ」
「……なるほどねえ。
となると……当面はわたしも一緒に旅をしていないとまずそうだねえ」
「どういうことだ?」
「ハチだけでなく、アイリス嬢にも価値があるって事だからさ。
こうなると、学者関係もまずいかもしれないからねえ。抑え役がいるだろう」
なるほど。
「すまないなハチ。南大陸まで送ってもらえれば何とかするつもりだったんだが」
「いやいや、当初の予定だと、俺は別に魔大陸だっけ?そこまで送っていくつもりでいたからそれはどうでもいいんだが」
「え?」
「え?」
ふたりで顔を見合わせた。
「えっと、どういうことかねえ?」
「どうもこうも、キックボードの術式、進んでないんだろ?」
うぐ、とオルガが口を曇らせた。
「ま、まぁ、移動が多いからねえ。走行中に作業するのは危険だし」
「そのわりには、俺の機材類が微妙に魔改造されているが?」
オルガが口ごもってしまったが、実はそうなんだよね。
たとえば、目の前の机上にあるランプ。UCOってメーカーのキャンドルランタンなんだけどさ。
これ、俺も大昔に使ったきりで荷物の底に忘れていたんだけど、オルガがみつけて、これはなんだって聞かれたんだよね。
で、中にいれるキャンドルがないとなんの役にもたたないんだって説明したんだけどさ。
でもそれを説明したところ、次の休憩の時には魔法のランタンに化けていたと。
「キャリバン号の周辺はハチの魔力が満ち溢れているからねえ。こういう小物は作りやすいんだ」
「そうなのか?」
「普通なら非効率にもほどがある『大気中の魔素を集める』なんて術式でしっかり点いてしまうからねえ。わたしはむしろ、過剰に光らないように制限を加えるほどさ」
なるほど。
「もし制限を加えなかったら?」
「そうだな、光の粉の輝きみたいな光量を発して、限界に達したところで壊れてしまうだろう」
「光の粉?」
なんだそれ?
「わからないかねえ?石灰とある種の化合物を超高熱で焼いた後にできる粉なんだが。
不安定な物質で、少量の水をかけると有毒のガスを出して、しかもそれを燃やすと凄い光を放つんだ」
それは。
「ああ、炭化カルシウム……カーバイトランプか!」
おっと、少し説明しよう。
昔は夜店なんかでも使われていたけど、今は夜釣りで獲物を引き寄せる光源くらいにしか使われてないので、見たことない人も多いだろう。昭和末期の俺世代でも知ってるヤツ少なかったしな。
カーバイトランプってのはアセチレン・ランプともいう。
炭化カルシウム、つまりカーバイトと水を反応させるとアセチレンが出るんだけど、これを燃やすと劇的に反応して強烈な光を出すんだ。これを灯火にするやつね。
ちなみに黎明期には自転車や車の明かりにも使われたんだけど、なにしろ炎がむき出しなんで危険極まりない。すぐに安全性の高いのに置き換えられ、今ではそっちの用途には使われていないんだ。
説明すると、オルガも「なるほど」と理解してくれた。
「素晴らしい。ひとつの仮説に答えが出た」
「え?」
「いや実はな、ハチの世界の謎のひとつに、電化される以前の灯火類の件があったんだ。
年表を調べたところ、機械文明が広がり始めてから電灯が出て来るまでタイムラグが長いのを指摘した者がいてね。しかし、未開の時代ならいざしらず、機械化の始まった時代でもなお、油のランプ程度の光でそれに対応できたのだろうかとね」
「あ、そういうこと?」
「うむ」
灯油なんかでも強力な光を放つ明かりも発明されたけど、それは構造を見ればわかるけど真鍮だらけのアナクロさに比べて使われている技術は決して古くない。膨張や気化・燃焼のしくみを知らないとできない構造だし、明らかにエンジン時代のものだろう。
なるほど。
その間を埋める技術があるはずだと思っていたわけか。
「でもオルガ、あかりってそんな重要なものか?」
「当然だろう。
明かりがなければ人間、日没以降にできる生産的行動は大幅に制限される。まぁ子作りには有用らしいが」
「あはは」
近代地球でも、空前の大停電の後に局所的ベビーブームが起きる事はよくあるという。まぁ、暗くてオーケーな生産的活動のひとつだもんなぁ、それ。
異世界でも変わらずか。ふむ。




