魔法陣とアレ
お食事中の方すみません、ちょっと尾籠な話が続きます。
魔法陣といえば、オルガに本もらったっけ。まだ少ししか見てないが。
いや、バタバタしたり色々してるからなぁ。
「まずここで、魔法陣について簡単におさらいしようか」
キャンプ用テーブルセットの上に、オルガは色紙サイズの一枚の紙を置いた。
ちなみに隣にはアイリスが助手のように座っていて、なぜか俺だけ対面で生徒のようだ。
どうしてこうなった?
いやま、いいんだが。
「そもそも魔法とは意思をもって為すものだが、ただ意思で動かすだけでは効率が悪いし、何より不安定だ。
たとえば、ハチのように膨大な魔力がある場合、正しく手続きをふめば発動には問題ないはずだ。
しかし、たとえば『三分間同じ火力で燃やし続ける』みたいな用途には向かない。ハチの意思が揺れれば炎もゆらいでしまうからだ。
さて、ここまではわかるかねえ?」
「わかるけど、ちょっと確認」
「なにかねハチ?」
「じゃあ、俺がこの世界の魔法をうまく使えないのは?」
「もちろん『正しい手続き』がうまくいかないからだな。
きみは異世界生まれ異世界育ちの異世界人であり、その思考も我々と異なっているはずだ。
ただ、このあたりはよくわかってないことも多いので推測にすぎないがな」
え?
「よくわかってないのか?」
「思考や意思を具体的にどう反映しているか、そのロジックには謎が多いんだ。
この世界に無数にある魔法式も、それらは経験則によりまとめられたものにすぎない。その原理が解明されているわけではないんだ」
「なる。経験則なのか」
これは驚くにはあたらない。
地球でも、実は俺たちが普通に触れている物理現象であっても、実は経験則で使っているだけで原理が解明されてないものは結構あるらしい。
え、どうしてそうなるかって?
だって世界っていうのは、まず現象があり、それを解明するのが科学。
で、その科学をもってさらに応用やら探求をしていくわけで。
だから「現象はあれど未解析」があるのはおかしな事じゃない、むしろ普通だろう。
さて、話をしていくわけで戻そう。
「要は成功と失敗を繰り返しつつ、トライ&エラーでやってる段階なんだな?」
「うむ、そういうことだ。
だが経験則といってもバカにしたものじゃない。
炎の呪文を使えば、たとえ寒々しい気持ちでも炎が出る。小さな炎を灯す魔法陣なら、どんなにイライラしていても小さな炎しか出ない。つまり、人間側の不安定さを補う役割をきちんと果たせているわけだな」
「しつもーん」
「何かねえ?」
「途中で魔力が途切れたら?あと、魔力が有り余ってる時は?」
「ああ、それはもう少し便利な仕掛けがある」
「便利な仕掛け?」
首をかしげていると、オルガはなぜか俺の手回しLEDランタンを手にとった。
「このランタンと同じだよ。これは手でハンドルを回して発電し、蓄電するわけだが……」
あ、そうか。
「魔力を貯める魔法陣がある?」
「うむ、そのとおりだ」
オルガは大きく頷いた。
「たとえば、三分間燃焼させる魔法陣があるとする。
この魔法陣に、三分間燃やすための蓄積魔力回路も組み込んでおくだろう?
するとだな。
受け付けた魔力で起動可能になった時点で魔法陣が作動するだけでなく、先に必要な魔力だけを吸い上げて指定のタイミングで作動させたり、そういう小細工が可能になるんだ」
「おお」
すげ、便利じゃないか!
「もうひとつ、しつもーん」
「うむ、何かねえ?」
「魔法陣の炎も炎だろ?ゴーレムに消されないのか?」
「うん、いい質問だ。
結論から言えば問題ない。なぜなら魔力の炎は普通の炎とは違うからだねえ」
「普通と違う?」
そこでオルガは言葉を切り、そして俺を見た。
「精霊分による炎は、炎に見えるだけで炎そのものではないのさ。
だけど擬似的なものとはいえ炎は炎だから、加熱もできるし調理にも使えるんだねえ」
「……よくわからない。燃えるなら普通に炎なんじゃないか?」
「いやいや、そうでもないねえ。燃えない炎、熱くない炎もあるだろう?」
「え?えっと……」
あ、いや、ちょっとまて。
燃えない炎……っていうと、あれのことか?
「狐火のことか?あれはリンの自然発火だけど燃えないわけじゃないと思うが」
マッチを燐寸と書くのは、リンの発火しやすい性質を利用しているからだ。
逆にいうと、リンの火でもマッチの軸に延焼するわけで、つまりリンの火でモノを燃やせる事に他ならない。
「ふむ、ちょっと認識の相違があるようだ。具体例を示そうかねえ。
うん、たとえば、この火は熱くないんだけど」
そういうと、オルガの出した右手にボンと青白い火がともった。
「うわっ!」
「触ってみたまえ、熱くないから」
「……マジかよ」
触ってみたが、たしかに熱くなかった。
「これは精霊分に炎の見た目のイメージだけを送っているわけだ。見た目は炎なんだが熱くないわけだな。面白いだろう?」
「確かに面白いけど……炎の見た目だけって」
簡単にいってるけど、とんでもない技術じゃないか?
そう思いつつオルガを見ると、なんか笑いが、いたずらっぽい笑みに変わった。
「どうやら気づいたようだねえ、うん、これはちょっと普通じゃない方法なんだねえ」
「これって、もし小細工なしで普通に炎をイメージすれば?」
「もちろん、こうなるとも」
そういった途端に、オルガの手の炎がオレンジ色になった。
おお、輻射熱まで感じる。
「普通はこうだよな」
「そうだねえ」
「ここから『熱』だけを除外したイメージを作るって……よくやるよ」
「……ふふ」
得意げにオルガは笑った。
でも。
「あれ?」
これ、何か変じゃないか?
だって。
首をかしげているとオルガが笑った。
「気づいたようだな」
「なんでこれ、おまえ本人は熱くないんだ?」
そうだ、そうだよ。
前にアイリスもちょっと見せてくれたけど、あの時は小さい火で時間も短かった。
でもオルガは違う。火も大きいし、手の上で焚き火のように燃やしてる。
いくらなんでも、これで全然熱くないのはおかしいぞ。
「面白いだろう?炎を発しているわたしは全く熱くないんだこれが」
「……なんでだ?」
意味がわからない。
「さて、この分野はまだ研究中でな、仮説はいろいろあるが結論は出ていない。
ただひとつ言えること。
どうやら魔法による炎はこの火のように、物理的な火そのものとは少し違うらしいということだ」
そういうと、オルガはサッと火を消した。
「ゴーレムが魔法の火を消しにこない理由は正直わからない。
ただ、火災や焚き火だとすっ飛んでくるのに、魔法の火だと気にしないのは事実だ。設備に引火しそうな規模だったら別だろうがね。
ゆえに、そこには何か違いがあるんだろうと考えてる」
「……なるほど」
謎多くして、それは今もなお研究中というわけか。
結局、ガスコンロを全部ひっこめてオルガの魔法陣の火で調理する事にした。
紙の上で火が燃えて、その上の焼き網で肉が燃える。
そんな、地球的にはまるでコラ画像みたいな不思議な光景が広がっている。
……でも本物だから、ちゃんと肉は焼けていくんだよな。
「これって、道具に組み込む事とかできるの?」
「石や金属にも書けるぞ。何か心当たりあるのか?」
「うん、ちょっとね」
ガスコンロはまた使うとして、まったく使えてないコンロがうちにある。
そう。
「アルコールのコンロを積んであるんだが、燃料がないまま放置状態なんだ。
あれは物理的には、ただの真鍮とブリキの塊みたいなもんだし、いいかもしれない」
「アルコールのコンロ?ほほう、あとでちょっと見せてくれるかねえ?」
「おう」
アルコールコンロ一式が動けば、いろいろ捗るんだよな。
そう、三合炊きの炊飯鍋がヤツとピッタリ合うので、おかず作りながら飯炊くのにいいだろう。
え、三合じゃ少ない?
いやそれがね、ケルベロスは犬より肉食寄りみたいで穀物はイマイチらしいんだ。
ちなみにアイリスはというと、実は幼女な見た目に反して動物性タンパク第一。穀類はお菓子程度ならいいらしいけど、主食にするとおなかを壊すよ、とは本人いわく。ホントかよ。
あ、うん、そう。
だからオルガが来るまで、米は何回か炊いただけだった。ゆえに前に取り寄せた五キロがまだ余ってるありさまで。
「よし、楽しみだ……って、何やってんの?」
肉の様子を見つつふと横を見ると、アヒルのおまるを囲んでオルガとアイリスが何かやってるし。
片付けてなかったのか。
食事どきにそんなもんいじるな、と言おうとした俺だったんだけど、オルガがおまるに魔法陣を描いているのに気づいた。
「オルガ、それなに?」
「浄化と精錬の魔法陣だ。モノが臭気を発する前に分解・再構成し、再利用できる結晶にしてしまうんだ」
「……結晶?」
どういうことだ?
「そうだな……たとえば、尿を高速分解のうえに多段階化合させ、最終的に硝酸カリウムに変えてしまったりするのさ。
これならハチにもわかりやすいか?」
おいおい、それって。
「……黒色火薬でも作る気かよ」
火薬の製法なんて知らないが、確か硝酸カリウムって黒色火薬に使うよな。
「水も紙も使わず、でも尻もきれいになるんだ。便利だぞ?」
「いや、そういう問題じゃなくてさ」
俺はためいきをついた。




