異世界のトンネル#3
大きくて脚の多い作業用ゴーレム。
それはバラサや漁港ではお目にかからなかった、はじめて見る本格的な、しかも稼働中の『機械』だった。
地球で見慣れた機械式の関節を一切もたず、魔法で素材を変形させることで動く。当然、素早くは動けないし力も出ない非効率な方式だけど、しかし関節部がない事により、すり減るという現象も起こらないのだという。
摩耗を防ぎ、長大な年月にわたって動かす機械にはよく使われるらしい。
しかしまぁ、なんというか。
機械部の消耗をなくすために、そもそも機械部を持たないとは。
いいたい事はわかるけど、それって地球的にいえば、銅像やモニュメントに魔法をかけてロボットとして使うってことだぞ。
発想が凄いというか、ありえんわ。地球のエンジニアが聞いたら「それはギャグで言ってるのか」と真顔できかれて、否定したらカウンセラーを紹介されるかもしれん。
あ、でも逆にいうとそれって?
「なあ」
「ん?」
「それってつまり、ただの石像を歩かせたりもできるんだよな?」
それこそ、物語の剣と魔法の世界のゴーレムのように。
「もっとも原始的なゴーレムは確かに。ヒトガタの石像に魔術式を仕込んで動かすんだ」
「へぇ」
「とはいえ、そんな原始的な方法で作ったゴーレムは使い物にならないぞ」
「え、そうなの?でも」
「まぁまて」
苦笑するようにオルガは笑った。
「関節なしには関節なしの、それを活かすための技術があるということだな。
さすがに、そこいらの大理石や青銅の像に魔法陣を描いて自在に駆使する、なんて事はできないぞ。それこそバカかと言われるだろう」
へえ。
「そっか……簡単でいいじゃんと思ったけど、いいことばかりじゃないんだな」
「そりゃそうだとも」
魔法があればパパーッとなんでも解決っていうのは、さすがに物語だけの話か。
「たとえば、金属棒で同じ箇所を何度も曲げるともろくなり、最終的には破断するだろう?」
「あー、金属疲労ってやつか?」
アルミがいい例だ。
整形されたアルミの棒を一度カクンと曲げてしまうと、再度曲げ直すのはまずい。最悪、そこからポキリと折れてしまったりする。
ただ、そんな欠点があってもアルミは軽くて丈夫って利点があって、だからよく使われるわけだけども。
さて。
「ふむ、金属疲労?……うまいことを言うものだねえ」
え?
「こっちじゃ金属疲労とは言わないのか?」
「うむ、その言い方はしないな。
だがむしろ適切な表現だと思う、今度の論文に使っていいかねえ?」
「え?あー、うん、いいけど」
論文て……まぁいいけど。
「話を戻すが。
魔法を使って曲げる場合、物理的に曲げるのに比べると金属疲労が起きにくいのさ。だからあの自動機械のように利用されるんだねえ」
「なるほど」
「ところが、一部の物質ではどういうわけか、普通に曲げたときのように金属疲労を引き起こしてしまうんだな」
「え、そうなの?それって原因は?」
「あいにく、それはまだ研究中だな」
「……」
ふうん。
「ハチも気づいていると思うが、この世界のいくつかの技術は地球のものより大きく劣っている。そして残念だが、素材に関する部分はその最たるものだといっていい」
「そうなの?」
「ああ。特に金属に関するもの……合金や軽金属については未熟でね。古代に作られたものを研究したり、たまに転移してくる地球の金属をあれこれ解析している状態なのさ。お恥ずかしい話だが」
え?
それが恥ずかしい事なのか?
「なんで恥ずかしいんだ?こっちには魔法もあるし、昔には宇宙人もいたんだろ?」
「アマルティア人は、いわばただの客人だ。彼らの残したものは確かに素晴らしいが、我々が生み出したものだとは言えないだろう?」
オルガは肩をすくめて、そして続けた。
「さらに魔法という素晴らしいアドバンテージを持ちながら、我々は君ら地球人より先にすすめていないという現状もあるんだ。まったく、歯がゆい限りだよ」
「そうかな?」
俺はオルガの嘆きに、ちょっと疑問を呈した。
確かに魔法とは凄いもんだと思う。キャリバン号の現状もそうだし、俺の武器もそうだ。
だけど。
「なあオルガ。
オルガ地球人が文明を開いた原因の中に『何もできなかったから』って説があるんだよ。知ってるか?」
「何もできないからだと?」
「うむ」
オルガの言葉に、俺はうなずいた。
「早く走れないから動物を慣らして乗る事を覚えた。
力仕事をさせるために、さらに大きな動物を飼う事もはじめた。
重いものを運べないから車輪を発明した。
牙も爪ももたないから剣や槍などを発明したし、ひとりでは勝てない獲物を倒すために協業する事や、より殺傷力のある道具を開発した。
そして。
闇に紛れて、あるいは地平線の向こうからやってくる敵を察知するためにレーダーを……。
つまり、できない事をできるようにしたい。それこそが文明の原動力だっていうんだな。
でもなオルガ、これを逆に考えればどうなる?」
「それは」
オルガが口ごもった。
「もし強化魔法が使い放題で獣より早く走れたら、人はわざわざ動物慣らして騎乗することを考えたろうか?
亜空間収納で重いものをホイホイ運べたら車輪が生まれなかったんじゃないか?
魔法で飛ぶ鳥も撃ち落とせたら、弓矢も銃も開発されなかったんじゃないか?」
「……つまり、魔法という便利な道具があるぶん、我々のほうが歩みが遅いのは当然だと言いたいのか?」
「それどころか。
むしろ、ちゃんと発展してるのがすげえと俺は思うぞ」
これは俺の本心だ。
個人差こそあれ人が魔法を使える世界で、それでもなお自動車が生まれつつある事。
古代にこの星に来ていた異星人の遺物を調べ上げ、高い技術力を得ようとしていること。
この世界の人がすごくないって?
バカな、むしろ素晴らしいじゃないか!
俺の言葉を聞いたオルガは少し考え込んで。
「なるほど興味深いな……ハチ、今の言葉も学会に流していいかねえ?」
「え、学会?俺の言葉を?」
「うむ」
マジすか。
俺みたいな学のないヤツのセリフを、学者先生の舞台に流すと?
「そりゃま、光栄だが……いいのかなそれ?」
「もちろん問題ないとも」
そういうとオルガはにっこり笑ったのだった。
「話を関節に戻すけどさ。じゃあ、金属疲労を起こす物質はどうするんだ?」
「直接曲げる事はよくないわけだから、やはり関節を使う事になるな。
よくある例だと……滑らかで硬度の高い素材で関節を作ったり、コーティングを行う例がよく知られているな」
「コーティング?」
「ちょっとお高くなるが、関節の表面にアダマンタイトを使うんだ。
アダマンタイトは硬度もさる事ながら、とにかく表面がツルツルでよく滑る。これに『円滑化』の魔法を組み合わせると、スカスカでよく動き、摩耗の少ない関節が完成するわけだな」
「なるほど」
よく滑る丈夫な素材を使うのね。
しかし、アダマンタイト……あるのか、さすがファンタジー世界。
いや、地球では謎金属扱いだったり、実は鉄の事とか言われてるけどな。この場合はもちろん謎金属なんだろうな。
って、ちょっとまて。
「オルガ」
「ん?」
「素材で滑りをよくするだけなのか。たとえばベアリングは使わないのか?」
「ベアリング?」
あれ、知らないのか?
「キックボードの車軸だけどさ。小さい金属球か円柱みたいなのが、いっぱい入ってる部品が入ってなかったか?」
「ああ、あれをベアリングというのか。なるほど理解した」
どうやら理解してもらえたらしい。
「しかし妙だな」
「え?」
「ハチの言うようなのは文献によると、玉を軸受に使うのは玉軸受、ボールベアリングというと聞いていたんだが、違うのかな?」
「……ちょっとまて」
グーグル先生はもちろんこの世界にはないが、なぞの検索は可能だったり。
それによると。
「オーマイガッ、俺の方が勘違いしてたすまん!」
なんと、滑りをよくするのもベアリングの一種らしい。
この歳になってはじめて知ったよ。恥ずかしい。
だけどオルガは、よくある事さと気にしなかった。
「話を戻すが、玉滑車はまだ再現が始まったばかりだな。中にいれるベタベタしたものも代替品がないし」
「再現?」
ベタベタしたものってのはグリスのことか。
「あれは玉の製作に高い工作精度が必要だろう?
現状、それのできる技術集団は限られている。その者たちの手で主に作られているというわけさ。
つまり、できるけどコストが割に合わないんだ」
「へぇ」
逆にいうと、すでにこの世界じゃボールベアリングが作られているわけか。
ん、ということは?




