南進再開
それにしても、朝の目覚めというのはこんな素晴らしいものだったんだな。
おっさんと呼ばれる歳になってあちこち不調になったせいで、朝の心地よさなんて忘れてたよ。若返ってしまったおかげで、そのさわやかな朝を再び体験することができた。
ああ、すばらしい。
あれだ。
物語でよく悪者が「若さを取り戻したい」って理由でろくでもない事件を起こす理由が、ちょっとわかる気がするよ。
不調のかけらもない、すがすがしい朝。
たったそれだけなんだけど。
でも、なんて素晴らしいことだろう!
さて外に出ると、オルガが木のところに何かセットしていた。
「何やってるんだ?」
「昨夜、家の管理者から連絡がきてね。虫寄せをセットしているのさ」
「虫寄せ?」
「簡単にいえば、特定の波長を出してカマキリ系の魔物を引き寄せるものらしい。三日ほど保つらしいんだがセットしてくれと頼まれてね」
ほうほう。
「特定の虫だけとか、ひきつけられるもんなのか?」
「厳密にいうと、他にも何種かひきよせてしまうんだがな」
クスクスとオルガは笑った。
「離れたところから観察して、一匹以上引き寄せられたのを確認したら、あとは放置していいそうだ」
「アバウトだな。大丈夫なのか?」
「実は遠くないところにカマキリのコロニーがあるんだそうだ。で、本人も二週ほどで戻るそうなんで、それまで保てばいいらしい」
なるほど。
仕掛けられているのは、何か文字の刻まれた枯れ葉色のポーチのようなものだった。
「それが虫寄せ?」
「これは枯れ草の繊維で編んだ使い捨てポーチで、この中に本体は入ってるんだ。
今作動させると魔物を呼び寄せてしまうから、あとでキーワードを投げて作動するようにしてあるのさ。
撤収がすんだら作動させて、そして離れたところで観察し、カマキリが来たら離脱しよう」
「了解」
「よし、戻ろうか」
「おう」
キャリバン号に戻ると、ちょうどアイリスたちも出てきたところだった。
「おはよー」
「ようって、今起きたんじゃないのか」
「仕込みしてたよー」
「そうか、何か手伝うことはあるか?」
「ないよぉ」
フフンと得意げにアイリスは笑った。
「仕込みしたところで一旦パックに移したの、一度確認しておいたほうがいいかなって」
「確認?」
「それそれ」
アイリスは、オルガのセットしている虫寄せを指差した。
「それをセットするんなら、移動してからお食事でしょ?どうするのかなって」
「なるほど」
おお、気が利くな。
てか、もしかしなくても俺より賢い気がするのは気のせい……だといいなぁ、あはは。
その話を聞いていたオルガが微笑んだ。
「お気遣いに感謝する。大丈夫だぞ、先に食べてからにしようじゃないか」
「え、そうなの?」
「うむ。キーワードを投げない限り起動しないからな」
「え、そんな仕込みできるの?」
「できるとも。
これはな、魔物や魔道を研究する者なら定番の技術なんだ。遠隔操作や時限指定で餌やりをするのに使うからな」
「あ、なるほど」
そんなもんまで魔道具なのか。
「へぇ、すごい!」
「ハチ、さすがにちょっと大げさだぞ。これくらいは学生でも普通にやるからねえ」
「いやいやいや、十分すごいって!」
魔法で時限装置やら、キーワードで解除やらもできるのか!
さすが、なんでもありだな異世界!
「ちなみにオルガ、解除はどうするの?」
「うむ、簡単だ。装置に届くようにキーワードを唱えればいいのさ」
「キーワード?任意のもの?」
「うむ、そうだ。たとえば今回の場合、『緑のカマキリ紫のメダカ』と……」
オルガがそういった瞬間、なぜかアイリスが「あっ」と反応した。
え?なに?
「オルガさん、今のって」
「え?いや大丈夫さ、今回使ったのは魔言タイプだから、ちゃんと魔力を乗せて発言しないと魔術回路が動か……な……」
そう言いつつ、なぜか仕掛けの方に目をやって。
そして。
「……ハチ」
「あ、なんかわかっちゃった俺」
「うむ、すまない。ただちに撤収、手伝ってくれるかねえ?」
「うわぁやっぱり!」
「オルガ、それ止められないの?」
「止められるけど予備がないんだ!」
げげっ!
「わかった、撤収ぅ、急げ!!」
「わかった!」
「ワンッ!」
「オンっ!」
「は、ははははは、ごめんねぇ」
「オルガ、そんなのいいから撤収頼む!」
「おお!」
三人と二匹で撤収をはじめた。
といっても昨夜の食事の片付けはすんでるし、今朝の仕込みのアイリスは一度片付けていた。
すると必要なのは寝床だけなわけで。
「着替えとか、いいから全部キャリバン号に投げ込め、あとで整理する!」
「はーい!」
あっというまに片付けが終わり、そして。
「よし天幕たたむぞ!キャリバン号を出せハチ!」
「おう!アイリス、ラウラ、ササヒメも乗れ!」
皆が乗ったキャリバン号を大テントの車庫から出したところで、アイリスが悲鳴をあげた。
「うわぁぁぁ、向こうからカマキリくるよ、いっぱい!」
ゲゲゲゲッ!
なんか、一匹や二匹じゃない数がワラワラとっ!
「オルガ早く!」
「うむ!」
スパッとテントがたたまれて、その塊をオルガが掴んで収納する。
「よし、忘れ物はないな!」
「乗れオルガ!出る!」
「おうっ!」
視界の隅っこにヒモみたいなものがヒラヒラしていたが、問題ないので無視する。
そしてキャリバン号を出そうとすると、なぜかアイリスがまた悲鳴をあげた。
「あああ、アイリスのパン……」
「しゅっぱぁーつ!!」
「ちょ、パパまって、わたしのパン……ムグ」
アイリスの口をオルガがふさいだ。
「ハチ!」
「わかってる!発進!」
つーか、あれはパンツじゃないからな。
最後にミラーを見た時に見えたのは。
アイリスがパンツだと主張するただのヒモを、さっそくやってきた二匹ほどのカマキリが、何かニオイでもするのか探っているところだった。
「ふう」
オルガがためいきをついた。
「最後ちょっと危なかったな。あやうくキャリバン号にとりつくところだった」
「え?それってもしかして」
「ああ、先頭の個体があのヒモに気づいたおかげで最初のグループが押されてな、それでギリギリ逃げ切ったようだ」
「なるほど」
カマキリは待ち伏せに特化しているから動きは早くない。逃げてしまえば勝ちなのだ。
しかし。
「……」
「……」
「なによぅ」
俺とオルガの視線をあびたアイリスは、なぜかプンスカとすねていた。
「もう、パパいじわる!」
「ははは、悪かったって」
一時間後。
すねまくるアイリスをなだめつつ、俺たちは見晴らしのいい丘の上でアイリスの仕込んでくれた朝食を食べていた。
ちなみに今朝も肉だくさんだ。
……まぁ、大多数の肉は、わんこーず二匹がおいしくいただくんだけどな。
「さて、だいぶ時間を使ったようだけど追手はどうかな?」
「シャリアーゼの方には間違いなく連絡が行ってるだろうな」
ふむ。
「それによる問題って何がかんがえられる?」
「そうだな……」
ふむ、とオルガは考えた。
「シャリアーゼは中央大陸の中では一人前の国と思われてなくて立場が弱いんだ。だから普通に考えれば、現時点でシャリアーゼに近づくのは危険なわけだ。
だがしかし、これは人間族側の話にすぎない」
「というと?」
「シャリアーゼ国というのは表向きでね、実はシャリアーゼの実態は南大陸側にあるコルテアという国の北部支所にすぎないのさ。だから手はある」
ほほう。
「つまるとこ、最初にするべき事は何だろう?」
「そうだな。
ハチたちが普通の旅人なら、まず最初にいくべきは役場なんだが」
「役場?」
「職業安定所に外国人登録があるんだが、そこに登録して身分証明を作ってもらうのさ。今後のことを考えると役立つからな。
だがハチの場合、もうひとつ手がある」
ほうほう。
「それはなに?」
「わたしによく、小遣い稼ぎのアルバイトを紹介してくれる商会がいるんだ。本部は東大陸なんだが、彼らの支所がコルテアにあるんだねえ」
「ああ、なんだかわかった。つまりそっちに顔を出せばいいと?」
「うむ、まぁ事前に準備は必要だが……ま、そっちは任せてくれ、話を通しておこう」
「了解、なんか悪いな」
「なぁに」
そういうと、オルガはにっこりと笑うのだった。




