屋敷[2]
屋敷は思いっきり和風だった。
といってもピンと来ないだろうから具体的にいうとだ。昭和末期を思わせる木造の玄関を開けるといきなり、三和土になっていた。
しかも、しかもだ。
三和土に立つと、上がり框までの高低差が、成人の膝ほどもある。
「うわぁ、これは懐かしい造りだな」
「そうなのか?」
「うむ。母方の実家がこんな感じだったぞ。……しかしこれはまた」
てっきり、放置されて廃屋状態なのを想像してたんだけど。
「なんでこんな綺麗なんだ?」
生活感もあるし、荒れてない。
あまり掃除が上手ではないようだけど、
「ハチ、保存の魔法がかかっているぞ」
「保存の魔法?」
「うむ。どうやら魔族か、それとも魔に明るい誰かが定期的に保守をしているようだ」
「あ、そうなの?」
それはまずいな。
「廃屋でなく現役の民家だったら、勝手にあがるわけにはいかないな」
「いや、かまわんだろう。これを見ろ」
「ん?」
入り口すぐ横のところに小さなちゃぶ台がひとつあるけど、その上に違和感を伴うもの……つまり、この和式の民家にそぐわないものがひとつ置かれていた。
それは、オルガが使っているタブレット風の板と同じものだった。
「これって」
「うむ、わたしのと同じ記録タブレットだな。どうやら保守者はわがご同輩、ケラナマー系の学者のようだ」
オルガはそのタブレットを手にとると、情報を読み始めた。
「ああ、なるほどな」
「どうだ?」
「ここの住民は老夫婦だったそうだが、もう亡くなられたそうだ。ご同輩は長いことここに下宿させてもらっていたらしいが、亡くなって以降もこの地域を研究拠点に起き、維持管理をしているらしい」
「あー、そういうことか……ってちょっと待て」
「なんだハチ?」
それってつまり。
「まさかと思うが、あのカマキリってその人がわざと配置してたんじゃねえか?まずくねえ?」
「……ありうるな、ちょっとまてハチ」
「うん、すまん」
「いやいや、わたしもこの件は同罪だからな」
そういうと、オルガはタブレットをあれこれ調べはじめた。
「うん、大当たりだ。あのカマキリはペアの守護システムだったらしい」
やっちまったか。
知らぬ事とはいえ、主人の留守中に番犬を殺しちまったようなもんだ。
さて、どうしたもんかな?
「どうする?」
「この記録によると、奥に発掘した通信システムがあるそうだ。本人に連絡がつくかもしれん」
「え、そうなのか?」
「うむ。まさかの時はそれを使って連絡してくれとある」
そういうと、オルガは建物にあがろうとしたんだけど。
「ちょいまちオルガ、土足厳禁だぞ」
「え、この建物はそうなのか?」
「日本家屋は基本的に土禁なんだ」
「そうなのか……わかった」
そういうと、オルガは靴を脱ごうとするんだけど、
「まて、脱ぎっぱなしはいかん」
「え?」
「こうするんだ」
俺は上にあがってから、靴を出口に向けて揃え直した。
「ちゃんと靴は入り口に揃えるんだ」
「ほう、詳しいな」
「うちは末っ子同士の晩婚が何代も続いてるからな。ただでさえ俺は年食ってるけど、そうでなくとも元々古めかしくてな、こういう古い家にも慣れてたんだ。
もう大昔にみんな死んじまって、俺が最後に行った時には地権者がじいちゃんたちの隠居を放置してて、ひどいありさまになっていたが」
「……そうか」
「ん?なんだ、俺の顔になんかついてるか?」
「いや、なんでもない。
ハチはその方々のことがとても好きだったんだな?」
「ああ、もちろんだ」
「そうか」
なぜかオルガは、微笑ましいものを見るような目で笑った。
これは俺の偏見なんだけど、来訪者を拒む時の表現に「家に上げない」という言い方があるのは、おそらく三和土のところで追い返すからだと思う。つまり、実際に靴を脱ぎ、小さくない段差をこえて「あがる」事をしないと中に入れなかったからだし、商売の来客などは上がり框に腰掛けたりして行われたのだから。
昔話なんだけどさ。
6つくらいの頃の俺が朝起きて最初にやる事は、玄関に行って、三和土のところで朝刊を読んでいる親父からテレビ欄をもらう事だった。外に出てすぐ横にポストがあったし、玄関の段差は座るのにいいし、親父にはベストポジションだったんだろう。
ああしかし、本当にむかしの日本の家だな。
全和室で床の間もあるし、そもそも天井が低い。170cmにわずかに足りない俺の身長でもギリギリなわけで、これは身長高いと大変じゃねーかと思うんだけど。
「……なにかねえ?」
「梁のところが低いから危ないって言おうとしたんだけど、問題ないみたいだな」
うん、これなら問題ないようだ。
「ああ、小娘に戻ってちょっと縮んだかねえ」
オルガが楽しげに笑った。
「それもそうかもだけど、これ完全に昔のスケールだから」
「昔のスケール?」
「昔の日本人は小さかったから、家屋のサイズもそれに即したものだったんだよ。
俺が小さい頃、父方の里は江戸時代の武家屋敷そのままだったんだけど、俺の身長でも梁に頭ぶつけそうなところがあったんだ。建て替えちゃったけどな」
「ふむ」
オルガは少し考えると、再び俺の方を見て言った。
「するとハチ、ここは完全に君の国の、しかも君がわかる時代の建築だと?」
「うん、間違いない……俺のわかる時代って?」
何かこう、歯の奥に何かひっかかるような物言いが気になった。
すると、俺の疑問を理解したのかオルガは補足してくれた。
「ハチの世界とこの世界は、時間の流れが一致してないのさ」
「一致してない?」
うむ、とオルガはうなずいた。
「ハチ、君が生まれた時の年号は『ショウワ』だと言ってたろう?」
「うむ、俺は一応これでも昭和世代だぞ」
見た目が若返っちまってるけどな。
「ところでハチ、聖国には御年200歳を越える聖女がいるんだ。まぁ結婚してだいぶ前に聖女をやめちゃあいるし公式にはずっと昔に亡くなったと言っているが、そもそも彼女は異世界人でな、今も生きて政治の場に裏から関わっているというのは公然の秘密だったりする」
「聖国の聖女さまってやつか」
ちらほら耳にしてはいるけど、やっぱりそんな歳なのか。
「その聖女様も、実はショウワ生まれだと当人が言っていてな」
「え?」
なんだそれ?
「ちょっとまて、昭和は200年とか続いてないぞ。次の平成とあわせても百年いかねえよ」
昭和の年数とあわせても微妙だろう。
なのに百年どころか200歳越えてるって?
「ハチがこっちに転移してきた時は何年だったのかねえ?」
「平成29年だ。西暦でいうと2017年だな」
「ヘイセイというのはショウワの次の年号だねえ。いつ変わったのかねえ?」
「昭和は64年の1月7日で終わって、翌日は平成元年の1月8日になった」
「おや、面白い区切りだねえ。何かの事件で区切ったのかねえ?」
「時の今上陛下、今でいう昭和天皇がこの時に崩御、つまりなくなられたんだよ」
「なるほど。国家の象徴的人物の推挙が基準なんだねえ」
「そうなるが……昔は大災害なんかでも縁起をかついで改元したらしいけど、ここ数百年くらいはそうだと思う」
説明していて、ふとオルガの視線が気になった。
「もしかして、おかしいか?近代文明なのに国王がいるなんて?」
「いや、おかしくないさ。国王というのはわかりやすい国の象徴だからな」
オルガは肩をすくめた。
「少なくとも1500年以上、たったひとつの家系が国王を務めてきたんだろう?戦国時代も国難も、軍事クーデターじみた政権奪取も経験したというのに」
「そうだけど」
実際、ちゃんとこれらの事件は日本でもきちんと起きている。戦国時代なんて百年単位で続いていた。
だけど天子様、つまり天皇陛下は存続している。
それをオルガは指摘する。
「だったら間違いない、このテンノウという国王の家系は、とっくの昔に象徴的な存在になっていたという事だよ。
単なる暴力装置の国家なら、たったひとつの王族が千年以上も続けられる事はまずない。まず間違いなく殺されるか追放され、家系ごと取り替えられるさ」
「そうか?でもガッチリと圧政を敷けば」
「ハチ、人間の力を甘く見ちゃいけない」
オルガは首をふった。
「力で抑える国家は、必ず力で潰される運命にある。
だいいち、そういう国だと軍事クーデターなり民主革命なりの折に、その王族は間違いなく恨みや憎しみを一身に集めちまってるだろう?こういう場合、新政権はわかりやすいカタチでも古い体制の終わり……すなわち旧王族の公開処刑をすることが多いんだ」
「……そうなのか」
念のためいえば、いわゆる幕藩体制が他国でいう軍事政権にあたる。最高責任者が将軍、つまり軍の最高責任者である事、そして将軍とは別に天皇陛下つまり国王がいたのだから間違いない。
「そんな歴史があるのに昔の国王が消されるどころか保護されてきたんだろう?だったら事情は簡単じゃないか」
「というと?」
「テンノウといったか、君の国の王族は、ずっとむかしから実権力よりも国家統一の象徴だったということさ。
特に、バクフだったか?その軍事政権ができた最初の時代には完全にそうなっていたはずだ」
「……」
つーことはだ。
平清盛が福原京を作ろうとした平安時代まではいかずとも、いい国作ろう鎌倉幕府の頃にはもう、天皇陛下は大王でなく天子様、つまり国家統一の象徴になっていたと?
まぁ、たしかに戦国時代にはそうなっていたというのはわかるけどな。
「おっと、こんな話をしている時じゃないねえ。探索を続けよう」
「そうだな」




