屋敷[1]
家の方はというと、本当に日本のどこかにある古民家だった。
小さい頃に行った、母方の祖父と祖母の住んでた隠居にも似てるな。立派だけど明らかに明治由来の古い家屋で、トイレというより厠という言葉にふさわしいものがあって。
建物は平屋で、特に考察するところもない。ただ母屋の横に小さな、いかにも増設した風の掘っ立て小屋みたいなものがある。おそらく車庫だ。
まわりに小さな畑がある事からすると、農機具をいれてありそうだけど……。
入り口には施錠の痕跡があったけど、破壊されていた。誰かが探っていったのかな?
「いや違うな、見ろハチ」
「え?」
「これは魔物の攻撃のせいだと思う。ほら、大きな力で扉自体が歪んでいるだろう?壊されてはいないが」
「……確かに」
そういえば歪んでる。
「この扉は引き開けるもののようだからな。たとえばだが、あのコカマキリたちでは開けられまいよ」
「ふむ。でも、だったらどうしてここを開けようとした?」
なんとなく予想はついているが。
「考えている事はわかるが心配するな、そうだとしてもだいぶ前だ。とっくにただの骨だぞ」
「なんでわかる?」
「おまえの予想通りならひどく臭うはずだが、臭わないだろう?まぁ、魔菌類にさっさと分解されていたらそうもいかないが」
「菌類まで魔物がいるのかよ」
ためいきしか出ないな。
「とにかく調べてみよう。ハチ、君はちょっと席を外しているがいい」
「え、いやしかし」
「君は遺体を見慣れていない。違うかねえ?」
「……オルガは見慣れているのか?」
「こちとら、遺跡や古代設備によく行く身だ。行き倒れからセキュリティにひっかかったヤツまで、無数に見てきたさ」
ああなるほど。
「そういう事なら、すまん。確認頼んだ」
「うむ、まかされよう。
あと、同じ意味で母屋もひとりで先に入らないように。最低でもアイリス嬢についててもらえ」
「わかった」
オルガに車庫を調べてもらっている間、アイリスと周囲を調べた。
「パパ」
「ん?」
「裏の四角い土地って、何かあったのかな?」
「いや、ありゃ畑の跡だろ。作物がみんな野にかえってたけどな」
しかもずいぶん広かった。それも妙にきれいに整った四角い区画で。
え、何が言いたいかって?
あの広さ。
「畑仕事の手伝いなんて大昔に北国でやったっきりだけど、あれは五反畑じゃないかなぁ」
「五反畑?」
「そりゃ五反で一枚の畑って……まぁいい、要するに、ひとが耕すにはちょっと広すぎるんだよ」
「……それって特別な意味があるの?」
「あるよ」
首をかしげるアイリスに俺は言った。
「ひとの手で耕すには広いけど、農業機械を入れるには悪くない広さなんだよ」
「つまり、機械を使った可能性が高いってこと?」
「ああ、可能性あると思う。妙にきっちりと四角い区画だったろ?」
定規で測ったようなきれいな区画というのは、近代農業の証みたいなもんだ。
トラクターを入れるにせよ各種農業資材を投入するにせよ、昔の棚田みたいな変形した畑は近代農法には向いてない。たとえ地面を掘り下げても、きっちりと四角形の方が有利なんだ。
「農業機械はモノにもよるけど大きいし、乗用の機械もあるしな。やっぱり、きれいに四角のほうがいいのさ」
つまり。
少なくとも区画を作った時点では、農業機械を入れた可能性があるってことだ。
「そっか。畑だったんだアレ」
「たぶんな。それに野生化した芋があったろ?」
「ああ、あの蔓草?」
「そうそう」
なんか見覚えのある蔓草と思って引っ張ってみたら、さつまいもだった。
調べてみたら、やっぱりだった。
『サツマイモ』
日本産のサツマイモである。日本人が持ち込んだものと思われる。品種は不明。
この世界にないイモなので取り扱い注意だが、元気によく育ち普通に食べられる。
決まりだな。
なお、芋は少し回収した。オルガが興味をもつとは思えなかったけど、どこかでチャンスがあればと思ったからだ。
さて。
表にまわって入り口の方に出ると、ポストと標識があった。
「これなあに?」
「郵便ポストだ。もうずいぶん使われてないようだが」
いかにも昭和時代にあったようなブリキの大きなもの。おそらく元は赤かったんだろうけど、さびてボロボロだ。たててある支柱も古びて倒壊寸前っていうか、もう傾いてる。
「名前は……村上?」
日本名で村上とある。
中身は。
「……これは」
すっかり色あせて見る影もないけど。
これ、電気か何かの検針やった後に入れてく紙じゃないか?
驚いて家のまわりを見たら。
「あ」
断線してしまったのか用をなしてないけど、電気をひきこんでた跡がある。
あたりまえだけど、こんなとこで電気をひけてたとは思えない。
「おいおい、ちょっとまてよ」
機械をいれて整備したっぽい畑。
U字溝の使われている灌漑設備。
これは。
これはもしかして。
「ハチ」
「なぁオルガ、もしかしてここって」
「うむ」
いつのまにか横に来ていたオルガが重々しくうなずいた。
「非常に珍しいケースだが、おそらく土地ごと転移してきたのではないかな」
「……やっぱりそうか?」
「建物というより、土地ごと転移を起こした痕跡がある。ハチも何か見つけたのか?」
「郵便受けに、日本の水道局の紙が入ってた。係員が定期的に使用量や故障の具合をチェックして手で投入するやつだよ」
「ほう、ではやはり確定だな」
なんてこった。
「このあたり一帯がまるごと転移したと?」
「岩山ひとつとか、島まるごと転移してきたケースもなくはない。
だが土地ごと転移は大惨事になりがちだがな」
「というと?」
「周囲の土地との接続が途切れるんだぞ?水脈だっては止まるだろうし、最悪、海上に現れてそのまま沈没する事もある」
「あ」
そりゃそうか。
土地は生き物や物体とは違う。大地にしっかりと結びついてこその土地のはずだ。
「じゃあ、ここは幸いにも?」
「うむ、おそらく水路に関しては近くによい水脈をみつけて接続したのだろう」
そこまで言って、なぜかオルガは俺を見た。まるで学生を前にしたイタズラ好きの教授みたいな顔で。
「ハチ、この事からわかる事はないかねえ?」
「考えるまでもないだろ、住民も一緒に転移してきたってことだ。でも」
周囲を見渡して俺は言った。
「今はいないと。あのカマキリたちにやられちまったのか、それとも。
そういやオルガ、さっきのとこに遺体は?
「遺体はなかった。それよりちょっと変わったクルマがあったぞ」
「変わったクルマ?」
オルガは自動車ならわかるはずだ。
そのオルガが「ちょっと変わった」と表現するクルマ?
どれどれと回って俺も見てみたんだが。
「トラクターじゃないか!」
ヤンマー製の、すごく古い乗用トラクターだった。
「違うぞオルガ、これは自動車じゃない」
「トラクターというのか、どういう用途のものなんだ?」
「耕運機ともいうんだが、要は農業用の作業機械だよ。畑を耕したり肥料を撒いたり、いろいろと多目的に使うんだ」
「ほほう」
オルガはトラクターを見直して、そしてウムとうなずいた。
「これは大型機械だろう、燃料もたくさん食うのだろうね?」
「うん」
おそらく節約しながら使ったろうけど。
それでも、ここぞという時は役立ってくれたに違いない。
「なるほどなるほど」
そしてフムフムとオルガは納得し、何か記録をとりはじめた。
「報告するのか?」
「うむ。
異世界の乗用機械が完全な状態で発見されるのはめったにない事だからな。これはものすごい価値のあるものだぞ。すぐにもケラナマーの学者に連絡をとらないと」
「そうか」
ま、そりゃそうだわな。
俺がオルガの立場だったとしても、これはすごい発見だと思う。専門家がいるなら通報するだろう。
「オルガ」
「何かねえ?」
「当然、中も調べるよな?」
「もちろんだねえ」
そういうと、オルガはにっこりと笑った。




