痕跡[2]
「威力の調整に標的への射線まで、全部使い手の意思次第か。都合がいいのか悪いのか」
「そのあいまいさの代償が、バカ食いする魔力だけどねえ」
クスクスとオルガが笑った。
「意思さえあれば事が成るか。そう考えればすごい代物だよな魔法ってのは」
「そう言えるのはハチ、君が莫大な魔力を常に秘めているからだけどねえ。それどころか、今もなお増加し続けている」
「増加し続けている?」
「このクルマが原因だねえ。間違いなく」
オルガの笑いは止まらない。
「これが幻想上のものだとしても、動物なら良かったんだろうけどね。無機物ではどうしてもそうなるさ」
「どういうことだ?」
ちょっと気になるニュアンスを嗅ぎつけた俺は質問してみた。
「前に話したろう?本来は騎獣に近いものなんだって」
「あー、そういえば」
確か、オルガにも運転できるのかって話をした時だよな。
「考えてみてくれ。
騎獣は生き物だ。幻想上のものであろうと現存するものだろうとな。
……そして、生き物なら生きる事によって自分で魔力を生み出し活動するわけだが」
「あ」
そういうことか。
なんか言わんとする事がわかったぞ。
「キャリバン号は、自分で魔力を生成なんてしないぞ」
クルマだからな。あたりまえだ。
「うむ、君にとってはそうだろうな。
そして、だからこそ君はこのクルマを活動させるために魔力を与え続ける必要があるのさ。
それは燃料としてだけの意味ではない」
「燃料だけではない?」
「おそらくはね」
そういうと、オルガはちょっと何かを探るような顔をした。
「厳密にいえば、やはりこのクルマにも意識のようなものは存在すると思う。騎獣の一種だからな。
だが君は、このクルマが勝手に走ったり言葉をしゃべってほしいと思うかい?」
「それは、ないな」
しゃべったら面白いだろうとは思う。聞いてみたい。
でも。
それはクルマとして正しいのかいうと……うーん。
未来のインテリジェント・カーならどうか知らないが。
俺のキャリバン号が突然しゃべりだしたら、それは何か違うような。
そういうと、オルガは「うむ」とうなずいてくれた。
「君がその認識である以上、このクルマも固有の意思発現もしないし、自らエネルギーを発する事もないのさ。
そして君は、ガソリンのかわりに燃料を与え続けなくてはならないと、まぁ、そういうわけだな」
ふむ。
「すると、俺が『こいつは生き物だ』と認識すれば、自力で魔力生成してしゃべりだすと?」
そういうとオルガは、にやにやと笑った。
「原理的にはそうだが、実現するのは難しいだろうな」
「そうなの?なんで?」
「思い込みというのは人を制限するけど、同時に人を助けるものでもあるからねえ」
「助ける?」
「つまり、そうした能力制限というものは、その人のもつ価値観とか世界観から生じるものだからさ。
鳥は翼を広げ、羽ばたかせて空を飛ぶ。
ところがある種の鳥は魔物と化す事によって、明らかに翼とは違う原理で浮き上がって空を飛ぶんだよ。
でもね。
そうした鳥であっても、飛行時にはやっぱり、その役立ってない翼を動かしている事が多い。
それはどういうことかというと」
「羽ばたいて飛ぶという事が、その鳥の身体に染み付いてしまっているから?」
「うむ、おそらくはね」
オルガはうなずいた。
「思い込みなんて言い方をすると、まるで邪魔な制限のように思えるかもしれない。
だけどねハチ、そうではないんだ。
価値観や世界観というのは、その人がその人である事、それ自体の根底ともいえるものなんだ。
ひとはそれを壊すことに抵抗をしめすし、また抵抗するのが正しい。
そうだろう?
ひとは誰だって、自分を基準にすべてを認識し、考え、そして行動しているんだからね」
「なるほど」
キャリバン号が空を飛んだり時速300キロではしれたら、そりゃすごいだろう。
だけど俺は、ぽんこつ軽四の性能がどのくらいのものかは実感として知っているし、空を飛ばないことももちろん知っている。それは理屈ではなく、それ以前の認識としてだ。
それを壊すことはできないし、また壊すべきではないか。
なるほど、そういうものか。
そんなことを考えていたら、なぜかアイリスが口をはさんできた。
「ねえオルガさん」
「何かねアイリス嬢?」
「別に今の性能が倍になってほしいとか、空を飛んでほしいとは思わないけど……細かい改善ならできないかな?」
「細かい改善?」
「だってほら、さっきから」
そういうとアイリスが俺を指差した。
「パパじゃないよ、ラウラだよ」
「え?ラウラがどうした?」
「パパがキャリバン号を飛ばすと、イヤそうな顔をするんだよ。最後には中にひっこんじゃう。
たぶんだけど、エンジン音と振動が苦手なんじゃないの?」
「え」
それは。
「それは確かに言えるが、エンジン音というより、こう、無理して回ってる音が車内にわんわん響くのがダメなんじゃないか?」
「あー……」
それは、なぁ。
古いクルマで防音もちゃんとしてないし、古い550だから回すと高負荷で音もでかくなるし。
ああ、でもそうだな。
これが『キャリィバン』じゃなくて、これの後継機種の『エブリィ』だったら660だし音も振動も静かになるんだよなぁ。
うん、前に試乗させてもらったエブリィの静かだったことったら。同じ軽四とは思えないものがあったよな。
そんなことを考えていたら。
「あ、静かになった」
「おや」
「お」
そういえば静かになったな。振動もウソみたいに減ったぞ。
ていうか、この感覚って試乗の時の新型の感じに似てねえか?
そういうと、オルガが「ふむ」という顔をした。
「思い出に引っ張られたんだろうねえ」
「引っ張られた?」
「同じクルマの新型に乗ったんだろう?で、それを思い出したと」
「うん。でも、その程度で変わるもんか?」
「普通は変わらないねえ。
おそらく同型であることも理由のひとつだろうけど、この場合、最大の理由はこの子たちだろう」
そういうと、肩から顔を出してきたササヒメの頭をなでた。
で、その意味を悟ったアイリスは口をとがらした。
「アイリスが、前に性能アップを薦めた時はダメだったのに……ケルベロスの不満はきくんだ」
「ん?いや、ワンコは耳が敏感だからな。かわいそうじゃないか」
「そういうことを言いたいんじゃないよぅ」
不満げに眉をしかめるアイリス。
そしてオルガは楽しそうに笑った。
そんなこんなで南下の旅は続く。
ケルベロスたちが原因とはいえ、振動と音が減ったキャリバン号き少し快適性が増したようだ。そう考えているのは俺だけではなかったようで、すぐに出ていた休憩希望がかなかな出なくなった。
やっぱり、なんだかんだで皆、うるさいって思ってたんだな。
まぁ、これは仕方ない。古い軽四で高速道路もかくやのペースで走り続けてりゃ、うるさいのは当たり前だもの。
そんなことを考えていた時だった。
「あれ?」
タブレットを見続けていたアイリスが、急に不思議そうに首をかしげた。
「何かあったのか?」
「廃村が近くにあるよ。今度は漁港みたいなのじゃなくて」
ほう?
なんだと思っていたら、今度はオルガが反応した。
「こんな場所にか?アイリス嬢、ちょっと見せてもらっていいかねえ?」
「あ、はいどうぞ」
オルガはタブレットを受け取ると、ああでもないこうでもないと見ていたが、
「これは村という規模じゃないな」
「というと?」
「ここいらじゃ珍しいケースだが、多くて数軒単位の家が小さな集落を形成しているんだと思う」
「ほほう。昨日の漁港みたいなパターンは?」
「農家でその季節だけ、というのは、まったくないとは言わないが珍しいぞ。それをやるのは遊牧民くらいのものだが、中央大陸にはいないな」
「いないのか?」
「歴史的経緯があってな。この中央大陸の砂漠にはいないはずだ」
そうか。
となると、ここは?
「調べてみようか」
「え?」
「え、じゃない。気になるんだろ?」
「あ、うん、でもいいの?」
なぜか俺とオルガを交互に見るアイリス。
「俺はいいと思う。オルガはどうだ?時間的問題はあるか?」
「まったくない。むしろわたしも興味あるな」
「よし決まりだ」
俺はうなずくとアイリスに言った。
「そんなわけだ。頼むアイリス、誘導してくれ」
「あ、うん。わかった」




