痕跡[1]
俺ひとりだったはずの旅。
それがいつのまにか、いつのまにか二人と二匹という仲間ができた。
いやいやそればかりか、その中のひとりは竜の眷属であり、さらにひとりはなんと魔族で俺と婚約してくれた。で、二匹のペットはなんとケルベロス。ま、片方は彼女サンの連れ子(?)なわけだが。
しかも、俺の愛機である軽四は無軌道のリニアモーターカーか何かのように浮いてるし。
ま、といっても空を飛べるわけじゃないし、飛んでくれても困る。だって俺はパイロットじゃないから、空飛ぶクルマなんてどう扱えばいいんだって事になっちまう。
それに。
正直、この世界の道は地球なら中世レベルっていうか、少なくとも俺のキャリバン号がまともに走れる道には未だ遭遇していない。だから浮いてくれているのは本当にありがたいんだけどね。
だってそうだろ?
こんな、安いわりによく働くだけがとりえのニッポンの軽自動車が、こんな三国志時代のシルクロードもかくやっていう、道なき道の大陸ロードに耐えられるわけがないわけで。
「それは順序が逆なんじゃないかねえ」
「逆?」
俺のつぶやきにオルガ、つまり俺の婚約者様が反応してきた。
あ、もちろん今は運転中だから、オルガがいるのは後部座席。当然だが彼女の姿はミラーに写っている。
そのミラーの中の彼女の笑いは、どこか不敵に思える。
うん、なんか妙にかっこいい。まるで俺が好きなアニメに登場する、ネコミミのアンドロイドを連れた伊達メガネの女科学者みたいだ。
いや、実は彼女好きなんだよな。
昔から、白衣の科学者というのは個人的に好みなんだけど、女科学者っていうのはなぜかヒロイン枠に入らないものだからな。
いやま、それ以前に科学者というのは物語ではお助け役が多くて、ヒロイン扱いにならないのかもしれないが。あれだ、『そんなこともあろうかと』ってやつだ。
おっと、話がそれた。
彼女の話に戻ろう。
「いいかいハチ、このクルマが浮遊走行するようになったのは、道のない砂漠に君が突然投げ出されたせいだろう?
自分のクルマを無意識に呼び寄せるにつけ、こんな場所じゃ走れないって思いがそうしたわけだから」
「いや、それなんだけどさ、なんか都合良すぎるんじゃないかな?」
「都合良すぎる?」
俺の言葉にオルガも、そしてアイリスまでも首をかしげた。
「俺が不整地に来ちゃったから、無意識に呼び寄せちゃったクルマも不整地に適合させちゃったと。
それは確かに合理的なんだけど……理屈も何もわからないはずの俺が、どうしてこうも見事にクルマを改造してしまえたんだろう?」
そう、合理的だけど何かおかしいと思う。
ガソリンの代わりに魔力で動くようになり、そして浮いて走るようになった。
燃料も手にはいらない、そしてまともな道もないんだから、確かにそれは合理的だ。
でも。
それと願えばなんでも手に入るなんて、そんな都合のいい話があるわけがない。
なのに我がキャリバン号は、ものの見事にこの世界に順応してしまっているわけで。
いったい、これはどういう事なんだろう?
その疑問に対して、オルガはウンウンとうなずいた。
「普通はまったくその通りだな。ただハチの場合、ふたつの事柄がそれを可能にしたのさ」
「ふたつの事柄?」
「うむ」
オルガは鏡のむこうで大きくうなずいた。
「まず、魔術・魔法に大切なのはイメージだという事だ。
魔法というものは、正しく術式を使えばその通りに起動するというものではない。いやそれも間違いではないのだけど、人間が使う際にはそれでは効率が悪いんだ」
「効率が悪い?」
「たとえば、あかりを灯そうとするだろう?これには2つの方法がある。
たとえば、指先にあかりがある姿を想像してこう指を出すと」
オルガの出した指先に、ポンと光がともる。
「わたしは術式を刻んでいない。単に意思をもって魔力を流し込み、これを具現化しているわけだな。
このように、簡単なものならこうして意識だけで発動させられる。
でもね、ハチ。
こんな簡単なものならこれでいいのだけど……油を燃やして動くエンジンの代わりをさせよう、なんて考えてしまうと、意思の力だけでやるにはあまりにも非効率になってしまうんだ」
「そうなのか?」
「そりゃそうさ。
決まり決まった動作をひたすら繰り返す、なんて用途だぞ。そんな事に、流れる雲のように揺れ動く人間の心を使って効率よく駆動できるわけがないだろう?」
ああ、たしかに。
「で、そこに登場するのが、魔法陣に代表されるロジック化された術式群だ。
意思だけならぼんやりとしたものにすぎないものを明確化する。
そうすることで動きが固定化され、さらに魔力自体も効率よく運用されるわけだな」
ウンウンとうう聞くうなずくオルガ。
だけど次の瞬間、彼女の顔はちょっと渋いものになる。
「だけどね、これは逆のことも言えるのさ」
「逆?」
「膨大な魔力と強い意思があれば、細かい屁理屈は全部すっとばせるってことさ」
「!」
思わずオルガの顔を見返した。
「どういうこと?」
「どういうこともなにも、聞いてなかったのかねえ?
複雑なロジックは魔力を効率よく固定運用するために生まれたものであり、逆にいえば、何かをやるために一瞬だけ何かをしたいというのなら、単にイメージを明確にして、そこに必要な魔力を送り込めばオーケーということさ。
いやそれどころか。
明確なイメージがなくとも、そのロジックの不合理さを穴埋めできるだけの莫大な魔力があるのなら、それでも間に合ってしまうんだ。
そう。
たんに『ガソリンが手に入らない、どうしよう』って不安を抱いただけでも、理屈も何もかもすっ飛ばして燃料いらずの動力システムを構築してしまえるほどにね」
「あ」
なるほど、そういうことか。
「燃料系が魔力で統一されているのは?」
「魔力によって事をなすんだぞ、魔力で運用するのが一番自然なのさ。
むしろ、たとえば魔力で蒸気機関を作り上げるほうがはるかに難しいぞ。各装置の原理や動作を明確にして、きちんとひとつひとつ作らないと到底再現できないからな」
「そうなのか?」
「ああ。ちなみにその場合、油断してしまうと一部の装置が魔力システムでごまかされてしまうんだ」
「魔力システムでごまかされる?」
どういうことだ?
「理屈のあわないところは、なんとなく魔法で実現されてしまうということさ。
早い話、君の使っているあの銃もそうだろう?」
「これは」
ちなみにマテバは今、ダッシュボードにぶちこんである。運転中に腰にさげとくわけにはいかないからな。
「魔力を弾丸にして打ち出すといえば格好いいが、君はそのシステム構造を理解しているわけじゃあるまい?
ゆえに、君の銃の中を分解すればおそらく、入っているのは魔力装置だけだ。
つまり君の魔力を受け取ったら瞬時に銃身と弾丸を構成すること。
そして君が引き金をひくと、君がその瞬間に期待する動作を起こさせること。このふたつを実行するための装置だな」
「……えらく不合理な気がするんだが」
手にもつたびに中身を作っているようなもんじゃないか、それ。
「もちろん不合理だ。だからこそ魔力もバカ食いするだろう。
だが同時にいえば、おそろしく君に都合のいい発動をするはずだ。魔力さえ与えてやれば」
「それは」
確かにそうだ。
「銃なのに狙いを付ける必要がない、なぜなら君が当てたいと思う、その意識をシステムが具現化するからだ。
一発撃ったはずなのに多数の敵に同時に当たるのもそうだ。多数にあてたいという君の願いをシステムが実現化してしまうからだ」
「……威力は落ちるよな?」
「弾丸にしているのも君の魔力で、なおかつそれが分散するんだ。あたりまえだろう」
当然のようにオルガは言った。
「だが昨夜の虫のことを言うなら、ハチの無意識が威力を抑えたともいえるだろう。虫たちに大きな威力は不要だからな」
たしかに。




