車内でいろいろ
無事に魚介類をゲットして、南への旅を再開した。
ところで。
「シャリアーゼって国までは、あとどれくらいあるの?」
「どれくらいって?」
ああ、まぁ言わんとする事はわかる。
だってさ。
「ま、決まったハイウェイを走ってるわけじゃないしな。おおよそでいい」
「おおよそ?んー」
しばらくアイリスは悩んでいたけど、やがて結論を出した。
「道とか気にしないで、まっすぐいったら2000キロちょっとかな?」
おっと。
「さすがにまだ遠いな。ちなみにまっすく行けるもんか?」
「たぶん無理」
「ふむ。実際には2400キロくらいってとこかなぁ?」
「そんなもんかも」
え、どんぶり勘定すぎるだろって?
まあまあ。
昔なんだけど、俺はこんな計算をした事があるんだ。
神奈川県川崎市の友人宅を出発して、宗谷岬に向かった。
で、こんな感じだった。
一日目、高速で都内を出てから下道へ。仙台はずれのどっかでぼっちテント泊。
二日目、冷たい豪雨にやられて十和田湖近くの宿に退避。
三日目、何とか大間からの昼の船に乗り(わざわざ待ってくれたターミナルの人たちに大感謝)、東大沼キャンプ場に。
四日目、ニセコの野営場に。
五日目、雨でニセコ連泊。同類の連中とバンガローで遊んで温泉へ。
六日目、留萌を通って海沿いに。羽幌スポーツ公園キャンプ場で「この旅すんだら結婚するんです、彼女は15歳」ってほざいたおっさんを吊し上げ。
七日目、宗谷岬到着。
それで、当時の愛車の初日からのトリップは2400キロをさしていた。
当たり前だが、どんなツールで計算してもこんな距離は出ないだろうし、出しても意味はない。これは当時の俺の旅の記録であって、統計的なものとはなんの関係もないからだ。
ちなみに川崎から宗谷岬までの最短をグーグルマップで計算したら、たぶん1500キロくらいだと思う。けど、この距離を全くの寄り道なく最短で行く人はまずいない。
ひとは寝て食べるもんだし、ガソリンスタンドだって探さなくちゃならない。
1500キロで行けるところに2400キロ走った俺は900キロも無駄に走行した事になるけど、それを無駄とは思わない。
だって。
その無駄なはずの寄り道のほとんどで、二度と忘れられない経験をしているからだ。
実はものすごく昔の事なんだけど、まだ普通に思い出せるんだもの。
おっと、話を戻そう。
まぁ2400キロにしろ2000キロにしろ、舗装すらされていない荒野の旅としては長大な部類に入ると思う。人によってはうんざりしてしまうかもしれない。
だけど、そこにうんざりした顔、退屈した顔はない。外は変化の少ない砂漠だというのに。
その理由はというと。
「よしササヒメ、ちょっとここからここへ走ってみろ!」
「オンッ!」
「ワンッ!」
迫力のあるササヒメ(こんな名前だがオスだ)の声に、ササヒメに比べると少し可愛いラウラの声が重なる。で、天井の方からドスドス、ドカドカと楽しげな運動会の音が響く。
「にぎやかだねえ」
「ああ、楽しそうだな」
俺とアイリスは顔を見合わせて笑った。
で、その騒動の犯人はというと。
「ハチどうだ?揺れを感じるかねえ?」
オルガの声まで天井から響いてくる。
「いや、賑やかだけど大丈夫だぞ?」
「オーケーオーケー、うまくいったようだ。じゃあ、とりあえず仮眠でもしてみようかねえ」
「オルガ、この状況で大丈夫なのか?別に今晩、停泊中にやってもいいんじゃ?」
「それでもいいが、どのみち移動中に使えるかも確認しといたほうがいいと思うねえ」
そういうことか。
「わかった、じゃあ任せた」
「うむ、任されたねえ」
え?何をやっているのかって?
あのさ、オルガが作業場が欲しいって言った事から話は始まってるんだけど。
まぁ、ちょっと説明しよう。
俺は運転手、アイリスがナビゲーターだろ?すると当然だが走行中、オルガはヒマになるわけだ。
あたりまえだな、彼女はこの車ではあくまでゲスト扱いなんだから。
しかし、いくら浮いてるとはいってもキャリバン号は空を飛んでるわけじゃないから、多少なりとも地形の影響を受けて唐突に揺れる。だから、ヒマだからって例のキックボードに術を書き込むにはちょっとまずいらしい。
『揺れた瞬間に書いちまったりしたら、シャレにならないからねえ』
『なるほど』
結果として、オルガは俺のスマホで地球の情報を色々見ていた。
まるで家族ドライブそっちのけでスマホゲームに講じる少女みたいな姿にちょっと笑ったけど、彼女が見ているのはもちろんゲームじゃない。
俺がたまたまインストールしていたのは、フライトモードでも使えるwikipediaのオフライン辞書。それからネットなしでも読める電子本のたぐい。とてもじゃないけど、学者先生が喜ぶようなもんじゃない。
だけど、そこには彼女の興味の対象が無数にあったらしい。
で、一時間ほど見ていたところで『ハチ、これはなんだ』とつきつけてきたんだけどさ。
それ、いったいなんの記事だったと思う?
なんと。
ワンボックスカーを改造して作ったキャンピングカーの記事だったんだよね。
オルガいわく、こんな事だった。
『移動力を確保しつつ、止まればそこが野営地、しかも何かあれば野営地ごと出発か!すばらしい、なんて素晴らしいアイデアなんだ!』
車中泊ならいざしらず、移動式住居として作られたクルマって発想は、彼女には驚愕もんだったらしい。
だけど。
『いやまてよ、この世界にも馬車や魔獣車ってのがあるわけだろ?飛空艇だって寝泊まりしたりしてるんだろう?なんで今まで思いつかなかったんだ?』
『だから言ったろう?わたしも含むこの世界の人間には、大きなものを小さく収納する知恵はあっても、小さいところに大きなものを押し込む発想はないんだって』
『……なるほど』
そうなんだよね。
飛空艇ならサイズがあるから寝泊まりもありうるけど、馬車サイズじゃ、それこそ車中泊的なもの以外はありえないと。
ゲルみたいな移動家屋をワンタッチテントにしてしまう技術があるのに、狭い場所に大きなテントをぶったてる発想が出ない。
なんとも歯がゆい話だ。
でも、この世界の人たちというのは基本的にそうらしい。
『まぁ、なんだ。それだけ魔族の空間魔法が便利すぎるって事かな』
『そうだな。ハチからすると笑える話だろう?』
『いや、むしろ興味深いね』
何しろ日本には醤油があるからな。
醤油は万能調味料として素晴らしい発展を遂げた。
ところが、日本はあまりにも醤油と味噌が万能チートすぎたせいで、欧米ほど多彩なスパイスや調味料類が発展しなかったって現実がある。
そう。
魔族が陥ったという空間魔法のジレンマみたいなのは、どこの世界にもあるものさ。
で、まあ。
オルガはがっつり食いついた。まるで釣り堀の魚みたいだった。
そしてアイリスが引くほど質問しまくったあげく、キャリバン号の屋根をいじらせて欲しいと言い出したのだ。
いわく。
今あるルーフキャリアはそのままに、屋根裏部屋よろしく居住空間を作ってみせると。
まじかよ、そんなことできるのかと思ったんだけど。
『こらササヒメ、そこはわたしのベッドだ、おまえのニオイをつけてどうする!』
……何をやってんだかなぁ。
しかし、こんな上でドタバタやってるのに揺れを感じないというのがすごい、さすがは魔族の技術というべきだろう。
本当、みんなチートだよなぁ……俺以外は。




