南進再開
朝っぱらからの釣りが終わり、出発になったんだけど。
「移動研究室を作りたい?」
「天幕の改良もそうだけど、移動のアシも改良したいからねえ。いつまでもハチに頼りっきりというわけにもいかないし」
「別にかまわないけど?当面、調査ルートの折り合いもつきそうだしな」
ああ、ちょっと説明が必要だろう。
そもそもオルガがどうしてバラサくんだりまで来ていたかというと、それは俺に会うためだったらしい。でも当然だけど、地球のように交通網の発達していないこの世界で、わざわざ俺に会うためだけに東大陸の向こうにある魔族の領域から旅してきたわけじゃあないんだと。
つまり。
元々オルガは学者としての自分の生活の中で、大陸間移動を必要としているらしいんだな。
「話したように、わたしの仕事には移動が欠かせない。各地にある、現存する古代のシステムを定期的に調査し、そしてデータをとる事も長年のわたしの職務のひとつだからねえ。
そしてその移動には父様の残してくださった転移門が役立っているが、転移門は所詮転移門にすぎない。大陸の各地をあまさず網羅することはできず、移動の足は欠かせない。
このキックボードはそういう意味の商売道具でもあるんだ」
「それを一刻も早く修理したいと?」
「うむ」
よくわからないが、おそらく交通網におけるラストワンマイルってやつなんだろうな。
え?ラストワンマイル知らない?
ではちょっと説明をば。
『ラストワンマイル』※wikipediaより抜粋
ラストワンマイル(英語: Last one mile)とは、家庭や企業のユーザーに通信のための接続を提供する最終工程であり、通信事業者の最寄の加入者局からユーザの建物までのネットワーク接続のための手段のこと。現在では特にインターネット接続の最終工程を指す。
主に通信会社やケーブルテレビ業界で使われる用語だったが、雑誌やウェブサイト上で紹介されたために一般のユーザーにも定着するようになった。
え?地球のネットワークが今のおまえに関係すんのかって?
まあまあちょっと聞いてくれよ。
実はこの言葉、交通網でも使われる事があるんだよな。
つまり。
クルマでなく電車を交通網の中心にすえた場合、最寄りの駅から目的地までの最後の交通の穴を埋めなくちゃならないわけだ。でないと、全ての人が徒歩でいける範囲に駅がなくちゃならないからな。
この「駅から目的地まで」という意味で『ラストワンマイル』がしばしば使われるわけだ。
ま、ここまで言えばわかるだろう?
オルガにとってあの小さなキックボードは、その『ラストワンマイル』を埋めるものってわけだな。ま、転移門とやらを公共交通機関になぞらえるのが正しいかどうかはわからないが。
「その転移門とやらだけど、中央大陸にはないのか?」
だったら楽に戻れるんじゃないか?
「あるにはあるが、今は使えないのさ。人間族たちに起動できるとは思えないが、万が一の危険を思えば彼らに見せるべきではないからねえ」
「そりゃそうだ」
そっちの問題があったか。
「一番近い転移門は南大陸・コルテアのはずれにあるんだ。あの門は近郊にドワーフの技術者がひとりいるんだが、ここ二百年ほど使っていない。きちんと機能することは確認済みなんだがね。
だから、修理さえできればあとは、そこまで連れて行ってもらえるだけで問題は……ハチ?」
俺は大きくためいきをついた。
「あのなオルガ」
「む、なんだねえ?」
「俺は現状、別にこの世界でしなくちゃならない事があるわけじゃないんだ。地球に転移するための方法は探し続けるつもりだけど、そもそも急いだからって今日や明日見つかるわけじゃないだろうしな。だろ?」
「う、うむ」
「おまけに、俺はおまえさんと婚約まで交わした身なんだが。
それともなにか?
おまえは俺が、自分の予定があるわけでもないのに婚約者をほっとくような奴に見えると?」
「いや、それはないが……いいのかねえ?婚約といってもハチとわたしのは」
状況で押し流したようなもんだと?
「いや、悪いけど……オルガがどうしても解消したいってんじゃないのなら、俺は全然かまわないぞ」
「え」
オルガが、あっけにとられたような顔で俺を見ていた。
……おい、そんなに意外か?
あー、その、なんだ。
そこまで拒絶されると、俺としてもちょっと傷つくんだが。
「あーオルガさんや。
そこまでイヤだっていうんなら俺も男だ、すごく残念だけど婚約の解消も仕方ないと思うわけだが?」
「な、なくはないねえ!解消なんて冗談じゃないねえ!」うわっとっ!」
なんか、いきなり詰め寄られた。
「いやでも、おまえ今、なんかイヤそうな顔を」
「そ、そそそそれはわた、わたしがっ!」
おいおい落ち着け、口調まで戻ってるぞ。
でもオルガの肩をポンポンしようとした俺は、オルガの次の言葉に目が点になった。
「わ、わたしがハチの『帰りたい』って気持ちの足を引っ張ってるんじゃないかとっ!!!」
「……」
「……」
おう、なんか空気が重くなったぞ。
俺はためいきをひとつついて、そしてオルガにチョップをくらわした。
「アホ」
「っ!!」
「天才科学者で、こんないい女のくせに何、どこぞの小娘みたいになってんだかね」
「し、しかし」
「心配してくれる気持ちはうれしいけど、考え過ぎだっつの
言ったろ?あっちに戻っても自分の家族がいるわけじゃないし、だいいち戻っても仕事があるかどうかも怪しいくらいなんだって」
戻る手段ですら、簡単に見つかるかもわからない。見つかったとしても、会社に席が残っている程度の時間経過ですむ可能性はゼロに近い。
おまけに、戻れば俺はただの貧乏人のおっさんで。
とどめに、あっちに残している自分の家族もないんだ。
はっきり言おう。
アイリスとオルガのいる今の俺には、そもそも帰ろうって意識がなくなりつつあるんだ。
だってさ。
あっちにはアイリスもオルガもいないんだぜ?
まぁ、あえていうならば。
「だいたいだな、俺のことを心配してくれるんなら、そもそも俺に里心がつかないように女として捕まえとけばいいだけの話じゃないか」
「……ふふ、そうだな」
ぶっちゃけた話さ。
異世界人だし子供ができるかどうか知らないけど、こっちで子供なんて生まれちまったら俺に帰る選択肢はもうねえぞ。
せいぜい、俺の行方不明の処理してくれたろう連中に詫び状のひとつも出しておきたいくらいだ、それしかねえよ」
「子供?できるぞ」
「そうか、できるのか……って、できるの!?」
「妊娠や出産の流れが母体よりになる以上、おそらくハチが知る地球の女より妊娠期間が長くなるだろうがな」
「そういうもんなの?つーか混血可能なのかよ」
異星人よりとんでもない組み合わせじゃねえのか?
「驚くことはないぞ。
この世界の人間と異世界人の混血は、精霊分が仲立ちをする形で行われているらしいが……実のところ、この世界の人族はもともと地球人にかつて救われているらしいからな」
「というと?」
「人間族が精霊分やそれに付随する変化に過剰反応するのは、選民意識のせいだけじゃないんだ。実際、この星の人類は精霊分をうまく受け入れられず、滅びかけたのさ。ずっとむかしにね」
なんだって?
「古代アマルティア人については聞いてるだろ?
どうやら彼らは精霊分の受け入れにつき、地球からの迷い人の女性の手を借りたらしい。つまり、すでに大量の精霊分に汚染されつつも生き延び、生殖も可能なその女性の胎を借りて、精霊分とうまく結びあえる新しい人類の種をこしらえる事に成功したというんだな。
そして、その措置を生き延びたすべての子どもたちに行った。
この星の住民が今も生き延び、こうして種族変換の歴史を辿っている裏には、そういう先人の挑戦と、そしてそれに応えた度胸ある異世界の女性の働きがあったということさ」
「へぇ」
そんな昔に地球人の女性が、この世界の人々を救っていたと?
すごいな、どんな人だったんだろう。




