朝釣り
変な灯台を見たり、クラーケンの子供をとったりと何やらアレな無人漁村の翌朝。
オルガより先に目覚めた俺は床を抜け出し、防波堤に座って釣り糸を垂れていた。
え?獲物はとれたろうって?
それはその通りだけど、とんでもない大物ばかりだったし、そもそも獲ったのは俺じゃなくてアイリスだ。
なんていうかさ。
ちょっとは自分で捕りたかったんだよ。
「ふむ」
今朝は大物が入り込んでないらしくて、ひょいひょいと面白いように小物が釣れてくる。
うん、いいなこれ。
「クゥン」
「おう、釣れてるぞ」
いつのまにか、気配もさせずにラウラが隣に座っていた。護衛のつもりらしい。
まぁ、気配を感じられなかった時点で俺よりラウラの方が優れているのは間違いない。そのままお仕事続行してもらう事にして俺は釣りを続ける。
「お」
今度は、骨まで食えそうな小魚が釣れた。口がちょっと大きいところがハゼっぽいんだが、魚体はキビナゴに似ているかな。
「食いたいのか?」
「くぅん」
「ちょっと待ってろ」
興味を示したラウラを待たせ、検分してみる。
『ルル』
この地方ではルルと呼ばれる小魚群のひとつだが、学術的には未分類。共通する特徴としては、小さいが魔物種である事。過酷な環境でもよく生きてよく食べ、よく繁殖する。
なんでもよく食べ、取り込んだ自然毒を蓄積しているので、人は食べない方がいいだろう。
名も無き魚だったようだ。
スマホで何枚か撮影して、それからラウラにやってみたら、うまそうに食べ始めた。
ほうほう。
本来、犬に生魚はよくないと思うんだけど、アイリスやオルガの話によるとケルベロスは強い対毒性をもっていて平気なんだと。
お、また違うの釣れた。小さいが肉食っぽい面構えだな。
これは何だ?
『サージ・ミイ』
有名なクロコ・クマロの近縁だが、純肉食性で毒を持たない。
変わった名称だが、これは異世界語の『サシミ』がなまったものだと言われる。異世界人がよく好み、ナイフ一本でさばいて生のまま食べる事があるのでこの名がついたとの事。
実際、一度でもサージ・ミイを生食した異世界人は、よくこれを食べたがる。
サシミ……刺し身か!
さっそくナイフを取り出して解体をはじめる。内臓をもらって釣りの方も再開するが、そっちは秘密兵器を使う。
蛍光オレンジに塗られた、おなじみの玉ウキだ。
てぐすを通してから調整し、爪楊枝を隙間に差し込んで止める。
その状態でポンと投げ込み、これは放置。
懐かしいな。
このオレンジの玉ウキを教えてくれたやつ。マサっていって親友だったんだよ。もう死んじまったがな。
おっと、しめっぽい話はいい、こっちを続行しよう。
三枚におろし、きれいな海水でちょっと洗う。
虫は、いないようだな。
ああそうだ、小皿にわさび醤油がほしいなと。
「お」
なぜか都合よくポケットからおでまし。
うーむ、本当に便利だなこの能力。特に飲食系で。
おお、これはうまい。
公害も何もないようだし、左手でチェックしても鉱物とか入ってなさ気で、安心して食えそうだ。
「よし、いいぞラウラ。……って、おまえもかササヒメ」
いつのまにかササヒメも沸いていたので、いいかと俺のぶんからも分けてやった。
それにしても。
「犬は生魚がダメだってガキの頃きいたんだがなぁ……まったくおまえらときたら」
うまそうに食ってる二匹をみて笑った。
なんというか、のどかでいいや。
ふふふと苦笑していたら、ウキがぽんと沈んだ。
「おっと、もう来たかい……って、なんだこりゃ?」
今度は、妙にビリビリと細かくて魚雷みたいに走る引きだ。
なんだこの、リーフの中でカワハギの子供でも引いたみたいな動き!?
どこかに逃げ込まれちゃたまらんので、さっさと巻き上げてみると。
「おや、モンガラ(カワハギ)かこれ?」
そんなに大きくはないんだけど、立派なカワハギじゃないか。俺の釣り道具じゃ、これ以上きたらタモ網か岸に走るしかない。
さて。
片手でおさえつけて針をとる。
うん、間違いない。
この硬い口、ザラついた装甲みたいな手触り、でも平べったい形状。
こっちでなんて言うかしらんけどカワハギだろ。
左手で確認する。
『ルルップカワハギ』
異世界からの帰化種で、あちらではモンガラカワハギと呼ばれていたらしい。魔物化する事で生き延びた。
主食は雑食性で、特に魔物化した小型の蟹を好む。
おうまじでモンガラだった。
懐かしいなオイ。
カワハギの仲間は頑丈な頭部とアゴをもち、貝だの甲殻類だのを食べる奴が多い。おそらく、ただそいつらを食うだけでなく、そいつらの硬い身体で怪我しないためにも頑丈になっていったんだろう。
こいつを嫌う釣り人もいるけど、俺は結構好きだ。
まぁ何を食ってるかわからない地域では迂闊に食えないのかもしれないけど、俺がカワハギ覚えたのって某所の離島なんで、問題なく食えたんだ。
泳ぎもハコフグ的というか、ボディは動かずにヒレをオールのように動かして活動するやつが多いんだよな。
っと。
「おはようオルガ」
なぜか足音を忍ばせていたオルガに声をかけた。
「おはよう。なんだ、さっそく気配を読めてるじゃないか」
ああ、それで抜き足差し足してたのね。
「なに、こいつらには出し抜かれたさ」
魚食ってるラウラとササヒメを指差してやると、オルガは笑った。
「そりゃそうだ、ひとに出し抜かけるようじゃケルベロスとは言えんだろう」
「そうなのか?」
「ケルベロスが魔族の守りてなのは知ってるだろう?
実はな、ケルベロスはもともと番犬だったんだ。わたしたちがまだ人間族だった頃はな」
ほう。
「進化したわたしたちを組織的に人間族が狩りだしていた時代があってな、主人を守ろうとした犬がたくさん殺されたんだ。
それを魔力嘆いていた当時の魔族にとあるドワーフが手を貸して、殉職した忠犬たちを元に最初のケルベロスが作られたのさ。それ以来、わたしたちは常に共にいる」
「そうか」
別の生き物に姿を変えられても、それでもなお魔族と共にあるのか。
そのことの是非はわからないが……だからこそオルガも自分のササヒメだけでなく、うちのラウラもかわいがるんだな。それほど、魔族にとりケルベロスは大切な存在ってわけだ。
ま、座れやと無言でうながすと、オルガは隣に座った。
ああ、ちなみになんだが。
俺は日本の防波堤釣り状態だけど椅子をもってきないので、たぶん地球の港にもある、船をつなぐボンズっぽいでっぱりのひとつに座っている。
ひとつの大きな椅子を分け合うみたいで、ちょっと気恥ずかしいな。
「釣れてるか?」
「主食に使えるほど大きくないが、ぼちぼちな」
「ふむふむ。おや、ルルップまで釣れたのか」
カワハギをみてオルガがうなずいた。
「ルルップ?」
「ルルップは東大陸の言い方なんだが、あっちと魔族の領域でよくとれる魚なんだ」
「ほう?」
「しかし驚いた。こっちにも分布しているというのは聞いたことがないぞ」
そういうと、タブレットに似た機材を持ち出して記録をはじめた。
「どうするんだ?」
「つきあいのある商会を通してケラナマーの学者に流しておく。おそらく調査が入るだろう」
「え、そんな大事なのか?」
魚類の学者には興味深いかもしれないが。
でもそんな俺の考えはオルガに一蹴された。
「何をいってる、ルルップは結構人気の魚だぞ。あまり数が捕れないうえに味わいが上品なのでな、富裕層むけの料亭でも好まれる」
「なるほど」
そういう需要があったか。
「珍しいのか?」
「ルルップ最大の消費地は中央大陸なんだ。こんな近郊で捕れるとなれば喜ぶやつは多いだろうさ」
「なるほど」
しばしオルガと魚の話などする。
「魔族も魚を食うのか?」
「むしろ主食のひとつだ。我らの領域は島がたくさんあってな、自動的に海産物も豊富だ」
「おお、そりゃ楽しみだ」
それは素晴らしいな!




