倉庫と魚とり
オルガに床下倉庫を見てもらった。
「今朝みた時も思ったが、これはちょっとおもしろい作りだな」
「そうか?」
「ああ。わたしの知る小型倉庫とは発想が明らかに異なっている。こんな小さなもので、しかも、構成しているのはこの世界の素材だというのにな」
キャリバン号の後部座席をひっくりかえし、床下倉庫に降りたオルガだけど、あちこち検証してフムフムとうなずいている。
「どうかなオルガ、うまく広げられそうか?」
「問題ない、さっそく今、広げてみよう」
そういうとオルガは空中から……ああつまりラウラたちを入れているのと同じ異空間のポケットのようだけど……から何かの道具、それから素材を次々と取り出した。
「これは?」
「この壁素材と同じものさ……よし、これでいいだろう」
結構な量のドロドロした素材の入った樽のようなものをドンと置いた。かなり重いものだと思うが、重さを感じない置き方だった。重力を殺しているのかもしれない。
「Ö──」
何か耳慣れない発音の言葉を並べ始め、それがなにか規則性を持っている事を知る。
ああそうか、もしかしてこれが魔法の詠唱ってやつかと感心していたら、突然に倉庫が広がりはじめた。
「お、おお?」
すげえ光景だなオイ。
こんな特撮かアニメめいた光景を見る事になるとは。
ビックリしているうちにも、みるみるうちに倉庫が広がって。
庭の隅っこにたてられた小さいプレハブ倉庫くらいの容量だったのが、ハイエースのロングだって丸ごと入れられそうな広さになってしまった。
そして、樽の方はきれいに空っぽになっていた。
「とりあえずこんなもんかねえ?壁の材料がもうないので、これ以上やろうにも後日になってしまうが」
「充分すぎる!」
キャリバン号が三台は余裕で並べられるじゃねえか!
「もともと不自然な広さだったが……いったいどうやってこの空間を確保してるんだ?」
「いい質問だな。ハチ、水面に広がる水の波紋を想像してくれ」
「水の波紋?」
言われて思わず、子供の頃、川に石を投げ込んだ時の波紋を思い出した。
「平面に波をたてると一瞬だが表面積を増やすことができる。これは理解できるかねえ?」
「表面積?ああたしかに」
同じ幅のものなら、まっすぐより波打っているほうが表面積は広い。当たり前といえば当たり前だな。
「実はハチ、同じことは空間にも適用できるわけで、それがつまり空間魔法の根本原理なのさ。
空間魔法を最初に編み出した者は、夜の寒さを避けるためにこの原理で小さな空間ポケットを作った。で、そこに潜り込んで寒さをやり過ごしたんだそうだ」
「ああなるほど、それで初歩がコレなんだ」
左肩を見る。
今はラウラが抜け出しているので空間に微かな亀裂があるだけだが。
「うむ、そうさ。その空間ポケットが初歩にして究極、それこそが我々魔族の魔法の始まりというわけだ」
「おお」
そういうと、空っぽになった樽や箱たちを片付けていった。
「これでいいとは思うが、念のために二時間ほど様子を見よう。ハチ、なくなっても構わないものを四隅においてくれるかねえ?」
「わかった」
肉類の一部をとって、ビニールシートをしいてから四隅に接地した。
「これでいいか?」
「それでいい。二時間後にこれが食われたり紛失していなければ設置完了だ」
「わかった」
上に戻ると、さきほどの『ゲルカ』がドーンと目の前にあった。
しかし、クロマグロサイズの巨大カサゴって……つくづくこの世界の生態系って変わってるな。
悩んでいるとオルガに質問された。
「どうした?」
「こいつでかすぎるだろ、何食ってるのかなって」
でかい生き物は当然、その巨体を維持できるだけのものを食わなくちゃならない。
「なあオルガ、これは地球の話なんだけどさ。
雑食の動物は色々いるけど、雑食動物が大きくなるには理由があると思うんだ。
たとえばクマってやつがいる。
これはもともと肉食動物なんだが、気候の変動なんかでエサがなくなった。多くの同胞が飢えで死滅する中で、なんでも食べられるようになったり、その土地でよくとれる果実を狙ったり、他の動物が食べないものを食べるようにして生き延びたんだな。
中でも、耐性を獲得して蜂の巣を襲うようになった例は典型的だろう。
はちみつくまさん、なんてメルヘンチックに言う人もいるけど、本来、肉食獣はああいう小型で攻撃的な群体生物は苦手なはずだ。一匹一匹の攻撃力はたかが知れているし彼らの分厚い毛皮と皮膚は簡単に破られないだろうけど、危険に気づかないわけがない。
それでも危険をおかして巣を襲い、蜜をとらなくちゃならなかった……それだけ食べ物が足りなかったんだろうね」
「ふむ。だが、単に選り好みしないだけという可能性はないかねえ?」
「ありうると思う。でも、こんな話もきいたよ。
北海道の知床半島って豊かな土地がある。冬はとても寒いんだけど未開拓の自然が豊かでね。
その土地じゃ、山のみのり豊かな年にシカを倒したヒグマは、そのシカの中でも一番おいしいとこしか食べないんだと。あとは放置していくんだって。
これを逆に利用して、ヒグマの危険度や森の豊かさを判断もしたらしいよ。つまり、より好みをして食べるほど豊かなら、人里を襲ってこないだろうってわけだね。
……ま、あくまで昔、地元のおじさんに聞いた与太話だけどね」
「ふむふむ」
オルガは面白そうにその話を聞いていた。
「ハチは生き物そのものを見るより生態系に興味があるようだねえ?」
「生き物って見ていて飽きないだろ。まぁ待ち伏せ動物は動きが少ないし、植物はさすがにアレだけどさ」
生態系は不思議で、そして面白い。
「俺、家が金なくて研究者の道には進めなかったんだけど、やっぱり生き物好きでさ。でも家でペットを飼うっていうのはイマイチ関心がなくてね。
おっつけ、ネットで動画を見たり、あちこち出かけて生き物を見るのが好きだよなぁ」
昔、サンゴ礁の海に遊びにいった時も、穴のあくほどリーフの魚を見ていて笑われたっけ。
「だろうな、おまえの興味の対象は単体生物そのものではないからな」
オルガはなぜか断言した。
そんなわけで釣りをはじめたわけだが……結果からいくと寂しい釣果ではあった。
やっぱり、最初につかまえたデカブツのせいだろう。ああいうのがいると、食われそうって判断した小さい奴らが逃げちゃうからな。
それでも数時間釣ると戻ってくるかなとも思ったんだけど。
「パパー、あははははっ!」
「うわ、あぶねえ!」
アイリスが騒ぎだしたから何かと思ったら、馬鹿でかいタコと笑いながら格闘していた。
冗談じゃねえ!
でも俺が出る前にオルガが行くと、
「『炎剣』」
それだけ言うと右手から炎の剣みたいなのを出し、まっすぐタコの中央部につきたてた。
すると。
「おお」
グタッとタコの力が抜けた。
「パパぁ、離れないよぅ」
だろうな。
タコは生命力が強い。本体を殺しても身体の各所はまだ生きている。
「待ってろ」
ポケットから塩を出してぶっかけ、アイリスのまわりを塩もみ状態にして取り外してやる。
ああぁひどい、ドロドロじゃないか。
「ハチ、それはなんだ、塩か?」
「おう。オルガすまんこのタコ処置頼めるか?」
「任されよう」
「アイリス、自分をリフレッシュできるか?ヌルヌルだぞおまえ」
「……エロい?」
「あほ」
しかし参ったな。
俺はリフレッシュ使えないし、こんなとこじゃシャワーもない。どうにかしないとな。
おっと。
それもそうだけど、このでっかいタコについても調べておこう。
左手の蔓草をのばし、例のやつをやってみる。
お、見えた。
『マヌーダコ』
中央大陸近海のタコ。魔物化していない通常種だが、かなりの魔を帯びているので次代あたりには魔物化するはずだった。
「普通のタコなのか」
「すっごい力だったよ?」
「タコってのは怖いんだよ。地球でもタコに殺される話は多いんだぜ?」
これは本当のことだ。
俺の昔の友達も自分よりでかいタコを海中でとらえたけど、死ぬかと思ったと言っていた。タコとはつりあげたりひっかける、あるいは蛸壺でとらえるもので、直接戦うなんて無謀な事だそうだ。
かくいう俺も、昔よく1mくらいのマダコな捕まえたけどなぁ。酒の肴にいいんだこれが。
そんなこんなでこの日の釣りというより捕獲作戦じみた事は終わり。
夕方が近づきはじめていた。




