なんか別なもん釣れた[2]
さて、いろいろ話がそれたが釣りをはじめよう……って、その前にやる事があった。
「オルガ」
「何かねえ?」
「さっきの件なんだけど」
「ああ、回収してきたものかねえ?」
「おう。できれば見たいんだが」
「もちろんかまわないとも。ハチ、何か作業台みたいなのはないもんかねえ」
「えっと、これでいいかな?」
あいにくキャンピングテーブルは持ってないので、キャリバン号の後部ハッチをオープンしてそこに畳んでいた作業台を広げる。
「お、いいね」
そういうとオルガは、ポケットから何かを封入したらしいビンをふたつ取り出した。大きい。
「なんだこれ?」
どちらのビンも、何かの生き物が「みっしり」とつめられてうごめいている。
「ハチ、解析を教えてやろう」
「解析?」
「難しい術法なんだが、ハチの場合は左手の蔓草を使えば簡単だ。指示するだけできる」
「解析?」
なんだろ、バソコンのファイルみたくプロパティでも検索すんのか?
一瞬、そんなことを考えていると、左手の蔓草が勝手に動き出して、ビンにチョンチョンと触りだした。
「お」
その瞬間、脳裏にこんな情報が出てきた。
『ビン』
魔族がよく使う硬化ビン。単純なものだが落としたくらいでは割れない。
「なんかビンって出たぞ」
「うむ、とりあえずそれでいい。いろいろ触ってみるといい」
クスクスとオルガは笑った。
「さすがに、はじめてでビンごしの中身は見えないか。じゃあ、簡単に教えてやろう」
そういうと、オルガはビンの中に入っている謎の生き物について教えてくれた。
『寄生耳』
大きな猫耳のカタチをした生物。
いろいろな呼び名があるが、魔法生物の一種で魔導補聴器の材料でもある。人間族の頭に寄生し聴覚やバランス感覚を補助し、あるいは飛躍的に上昇させる能力がある。これによりその者の能力を引き上げ、生き延びさせる。
ただし憑かれた人間は本来の耳が失われてしまい、二度と外せなくなる。
そればかりか体内の魔力濃度が一気に引き上げられるため、女性につけた場合、その子は確実に人種変換を引き起こす。
ある意味危険な代物であるが、そもそも補聴器を必要とするのは子孫を残す役割をおえた老人が多いので実はあまり問題にされない。周囲も「ああ耳が遠くなったのですね」と認識してくれるわけで社会的にも問題ない。
さらにいうと。
魔力のあるものを安全に食べられるようになり、さらに健康増進にも役立つこともあり。
ネコミミが生えるという劇的な外見変化があるにもかかわらず、寄生耳をつけている者は存外に多い。
高齢者のほかには警察官など治安維持の仕事をする者がつけている事もある。ただしそういう警官は出世ルートから外れた者が多いので、今さら出世などという者が仕事を続けるために使っている事が多い。
『エビルテール』
巨大な長い猫科のしっぽのカタチをした生物。
いろいろな呼び名があるが、要するに魔法生物の一種。寄生した人間の運動能力やバランス力をはねあげ、最終的に飛躍的な運動能力を与える。これによりその者の能力を引き上げ、生き延びさせる。
ただし憑かれた人間は尾骨が失われ、かわりにエビルテールが本物の尻尾となって外せなくなる。体幹部の神経と完全に接続してしまうため、切除はまず不可能。しかも下半身に尾がつくため、人間族用の衣類は使用不能となる。また体内の魔力濃度が一気に引き上げられるため、女性につけた場合、その子は確実に人種変換、特に獣人種になってしまう。
この時点で人間族の貴族の女性などは殺されたのと同じことであり、わざと殺さず自害させたり発狂させるという刑罰にも使われている。
さらに神経系に直結のためか性欲を異様に賦活化してしまう事も、女性の自尊心をひどく傷つけることがある。
これらの事から、身分の高い人間族女性の心を折り、社会的に抹殺するのにしばしば用いられる。
また、いくら運動能力があっても手足がなければ意味がないので、裏社会ではそういう趣味のペット作りにも使われていると言われているが、さすがにこれらについては都市伝説の域を出ない。
「……どんな用途に使われていたか、なんて聞かないほうがいいのかなやっぱり」
「うむ、聞かないことをおすすめするよ」
まったく人間の業ってやつは。
「で、これどうする気なんだ?わざわざ回収したりして」
「ろくでもない代物だが、望んで使いたいものには希望の道具でもあるんだ。特に寄生耳は、耳の遠くなったお年寄りで高価な補聴器を買えない人に頼まれる事もある」
「ほう」
「あと尻尾の方だが、身体を痛めてバランス感覚のおかしい人には耳と共に好評だぞ。つまり欲しがる者もいるってわけさ」
ふと俺は、もういない故郷の母を思い出した。
彼女も晩年は耳が遠かったし、めまいもしていた。
ネコミミ……似合うだろうか?
思わず想像してしまい、ちょっと苦笑いしてしまった。
「どうしたんだ?」
「いや、死んだ母がもし生前にこれを知っていたらと思ってね」
もっとも母は旧世代の女性だけあってプライド高かった。外せないネコミミと尻尾はさすがに無理かな?
ふむ。
割り込みが色々入ったが、ようやく本来の釣りに戻れた。
「さて、アイリスはどうしてるかな……およ?」
見てみると、ちょうど何かをみつけたようで、むーんと両手を広げて唸っている。
「もしかして?」
「うむ。何かを海から引き上げているようだな……出て来るぞ」
そして、あがってきた魚は。
「うおでけえ!」
「ほほう、立派なものだな!」
なんと。
クロマグロほどもある、巨大な魚だった。
「まさかこのカタチ……カサゴの仲間か?」
クロコ・クマロといい、なんでこの世界はカサゴの類が多いんだ?
「ふむ?何か問題あるのかねえ?」
「こいつら雑食性なんだよ。いったい何食ってるのか知らんが。
あと、この仲間は毒を持ってるやつが多いんだ。蓄積毒ってやつだが」
「チクセキドク?……ああ、世界の毒か」
「なんだそれ?」
「君のいう蓄積毒の事さ。こっちの神話でね、無害に見える世界から抜き出した毒を蓄えることから、世界の毒という意味でユゴラ・カイというのさ」
「へえ」
なるほど伝説由来か、変な名前なわけだ。
「それよりハチ、さっきの復習だ。蔓草を使ってみたまえ」
「おう」
そうだった。
左手を出して、今度こそ意図して蔓草に探らせてみた。
『ゲルカ』
クロコ・クマロの一種が魔物化したもの。かなり大型になるし精霊分の蓄積が多いが、魔族や魔獣ならおいしく食べられるだろう。
なお生活パターンなどは原種のクロコ・クマロと同じ。ヒレの毒トゲも同じなので要注意。
「やっぱり毒もあるのか」
「ふふ、それは仕方あるまい」
「まあね。アイリスお疲れ、よくやった」
「えっへへー」
これだけの大物なら、これ一匹だけで倉庫はいっぱいになっちまう。打ち止めだな。
だけどオルガの意見は違ったらしい。
「もうやめるのかい?まぁ、これだけ立派なのがとれたら小物がとれないだろうし、その意味ではわからなくもないが」
「あーいや、そうじゃなくて。
このサイズになると俺もさばくの初体験だし、だいいち倉庫がこいつだけでいっぱいになるよ」
「なるほどそっちか」
フムフムとオルガは何かを考えていたが。
「あの倉庫ならわたしでも拡張できるぞ」
「え、マジでか?」
「冗談で言うつもりはない。今ちょっと確認してみるか?」
「頼む。積載量が増えるならこれ以上うれしいことはない」
俺ひとりのはずの旅が、ずいぶんと同行者が増えちまったからな。
それに。
「ケルベロス組、ちゃんと食わせないとダメだろ」
「それはそうだが、ササヒメはわたしが子供の頃から共にいるんだ。食い扶持はわたしの責任であって」
「ンな水臭いことを言うな、一緒に行動する以上あてにする食料は一緒でいい。違うか?」
「え……そ、そそそ、そうか?」
「おう……なんだ?」
「いや、う、うむ……確かにそれもそうだな。我々はもう事実上夫婦のようなものだし、うむ」
「へ?」
「わかったハチ、ありがとう。すなおに甘えるとするよ」
「お、おう」
オルガは一瞬悩んだようだが、何か納得したように大きくうなずいた。
しかし今度はこっちが意味不明だ。
首をかしげていたら、またアイリスが「にひひ~」とおばちゃん笑いになっていた。
「な、なぁアイリス」
「あのねパパ、食料庫をひとつにするっていうのはね、魔族にとって『もう他人じゃない』って宣言と同じ意味があるんだよ」
「な!?」
ふりかえると、うれしそうにウンウンと納得しているオルガ。
あ、あはは。
やっちまったか……うん。
まぁいいけどね、訂正するつもりもないし。
「と、とにかくオルガ、倉庫を見てくれるか?」
「うむ、いいとも」




