おまえがいればいい
「ハチの時代にはもう、日本には軍隊はなかったのかねえ?」
「軍に類する組織は確かに戦後日本にもある、でも政治的理由でソレは軍ではないと言ってるんだよ」
「……なにやら面倒な事情がありそうだねえ」
「まぁ色々とね」
細かい説明をしてもよかったけど、とりあえず省略する事にした。
「で、その人はこの世界の魔法を使うと?」
「うむ。実験の時に覚え込まされていたようだけど、開放された今も使えるし、それどころか独自に改良すらしているねえ」
「……やっぱり、旧帝国軍人なのかな?」
かなりの高齢みたいだし、だったらおかしくないか。
けどまぁ、それより。
きっかけはどうあれ自分でこの世界の魔法が使えるというのなら、それは朗報だな。
「もちろんだけどハチ、君を洗脳して術式を書き込むわけにはいかない。だから君は別の方法で魔法を学ばなくちゃならないわけだが。
そして、そのためにこの蔓草、そして魔法陣の勉強は役立つと思うぞ」
「なるほど」
何しろ、テントひとつでさえ魔法が使われているし、一般公道にも日本のガードレールなみの勢いで魔物よけの結界が普通に張られている。いわばこの世界では魔法が日用品なわけだ。
ならば、使いこなせるのはいい事だろう。
「わかった、やってみる。色々質問や指導を頼むかもだけど、その時はよろしくオルガ」
「もちろんだとも」
俺たちはうなずきあった。
「ところでオルガ、さっき、キョウジンとかいう者の話が出なかったっけ?」
「ああ凶刃のことかい?」
「それそれ」
「実は、わたしは名前以外はあまり詳しくない。むしろアイリス嬢が知っていそうだが、どうかなアイリス嬢?」
「あ、うん。じゃあ説明するよ?」
「ぜひ頼む」
「わかったー」
『凶刃』
異世界人の奴隷であり強力な戦士で、中央大陸のどこかの国が飼っているとされる。
だがこの者を危険視するのは純粋な戦闘力よりも、当人がそもそも強い差別意識をもち、特に人間族以外の若い娘を享楽のためにさらい、飽きるまで遊んでから首をはねる等の凶行を日常的に繰り返している事からこの名がある。
この性質ゆえに、名前で縛られているものの実際に縛りを使われた事もないという。
なんだこれ、最悪じゃねえか。
「こんなのもいるんだ」
「まぁ、物騒な名前がついているだけの事はあるな。同郷だから話が通じるとは思わない方がいいぞ」
「思わないよ」
俺だって、こんなろくでもない輩と仲良くしたくはない。それよりも、多少怪しかろうが人畜無害な人と仲良くしたいぞ。
ま、こういうのもいるか。
「まぁ、人間いろいろだし当然といえば当然か」
「うむ、そうだな」
「当たり前だが、この手の人間は避けたいもんだ」
「ふむ。ではもし、君をとらえるためにこの手の人物が送り込まれてきたら?」
「見敵必殺でいい」
俺は断言した。
「同郷なのにか?」
「人間族側の人物なんだろ?同じく敵対者だ」
「同郷者として交渉の窓口にたつかもしれんぞ?」
「国家間の話なら国にいけばいいだろ。俺は関係ない」
「出奔して保護を求めている可能性は?」
「なんで俺が、同郷だからって理由だけで危険人物の面倒を見なくちゃならないんだよ」
「近くの国の窓口まで乗せてくれと言われるかも」
「断る。誰が得体の知れない奴を乗せるもんか」
即答で蹴った。
でもそしたら、オルガは妙なことを言い出した。
「ほう?わたしも得体の知れない存在だろうに、それでも乗せたのにか?それとも、身体を許した女ならかまわないと?」
「はぁ?そもそも、おまえ悪人じゃないだろ?」
そういうと、なぜかオルガが目を剥いた。アイリスは苦笑いした。
なんなんだこの反応?
「ハチ、わたしが指名手配されてる話はしたよねえ?」
「マッドな実験して人間族国家に指名手配された、とは聞いたけど?」
「だったら善人じゃないのはわかるだろう?」
「おまえ、俺やアイリスに対し同意なく実験しないだろ?」
「!?」
なぜかオルガが絶句した。
「あのなオルガ。
地球でも、自分の身体や家族で人体実験やらかした学者はいるし、そういう奴は非難されてるよ。
けどさ。
他に手段がなくて、双方同意の上で実験やらかしたんだとしたら、それは社会的にはともかくとして、俺個人はその行為を非難しようとは思わない。その時に必要だったってことだろ?
で、そこんとこはどうなんだ?」
「……そもそも人体実験はしてないねえ。まぁ、疑いをかけられるようなものは作った覚えがあるけどねえ。
それに、ハチの言いたいことはわかるし同意する。わたしもその状況になったらそうするねえ」
「だったら、そんなオルガを乗せる事に何の問題があるんだ?
俺はどちらかというと無学な人間だけど、学問や学者は好きだし、興味をひかれたら研究書だって読むぞ。何かが研究され、無知が知に変えられるとは素晴らしいことだ。
うむ。
オルガ先生の助けになるなら、それはそれで嬉しいな!」
俺は言い切った。
そして。
「……そ、そうか、そうだな」
なぜか知らないが、オルガは赤面していた。
「え?あの、オルガ?」
「いや、その……なんでもない」
「あー、よくわからないが調子でも悪いのか?」
「ああいや、問題ない!」
今度は子供みたいな首をふりだした。なんなんだ。
そして。
そのオルガの向こうで、おばちゃん笑いでニッヒッヒってやってるアイリスを誰か何とかしてくれ。
「はぁ、まぁいいか。それよりそろそろいい時間だし、寝るか?」
しっかり夜も更けて、そろそろ肌寒くなりだした。
樹精王の許可をもらって焚き火をしているが、さすがに植物系生命体の頭上でガンガン燃やすのは気がひけるわけで、アイリスが調理に使っただけだ。今は火を消していた。
うん、キャリバン号では狭いし、このメンツではテント必須だよな。
だけど。
「ね、寝る!?……あ、ああ、ううん、そそ、そうだねえ?」
「?」
突然に、さらに挙動不審になっていくオルガ。
わけがわからないんだが?
……あ、いやまてよ?
もしかしてこれは……お誘いってやつですか?
あ、ああ、そういうことか。
俺は彼女歴なしイコール年齢だからな、恥ずかしながら全然気づかなかったよ。
しまった。
オルガの方に誘わせるなんて、これは悪いことをしたな。
「ああ、そうだ」
俺はわざとらしくポンと手を打った。
「なぁオルガ、ちょっと頼みがあるんだがいいだろうか?」
「え、な、なに、かねえ?」
めっちゃ動揺してるな、そりゃそうか。
そこで俺は満面の笑みを浮かべると、オルガの肩をポンと掴んだ。
むむ、伝わったかな?
「え?……あ?……!?」
あ、どうやら伝わったっぽい。ぽいけど?
「ちょ、待てハチ、そういう意味じゃ」
む、何か間違いがあたのか?
でもオルガと困ったように、ごにょごにょと赤い顔で小さくつぶやいている。
えっと?
いや、かわいいけど、わけがわからない。
「そ、それは違うんだが、でも魔力が……よくない、よくないんだが……よ、よし!」
よくわからないが、何かを決断したらしい。
まぁ、そのオルガの肩越しに見えてるアイリスの笑顔が気になるけどな。
おまえ、マジでそのおばちゃん顔やめろ。
あとで注意しなくちゃ。
「ハチ、いい機会だと思うし、ここでその、ひとつ質問があるんだが」
「質問?」
意識を戻すと、うむとオルガはうなずいた。
「アイリス嬢の活力源だが、血を吸わせているのだろう?」
「え?うん、そうだとも」
「だが直接血を吸わせるのは、実はあまり合理的じゃない。物理的な血液はいらないのだからね。
別の譲渡法があるのを知っているかねえ?極論すれば、わたしのようにハチとその」
「犯罪者にはなりたくないです」
即座にブッたぎった。
どう考えても18歳以上って外見じゃないだろ。さすがに犯罪だ。
「うむ、そういう意味ではわたしも薦めないねえ。
まぁ、そういう方法でチャージする眷属も知っているが、そもそもアイリス嬢の見た目からして、そういう用途を考えてないのは明白だからねえ」
だろうな。
「それもそうだが、大人の外見でも俺はどうかと思うぞ」
「ほう?それは彼女が人間ではないからかねえ?」
「ちがう」
「ではなぜ?」
なぜっておまえ。
「それをオルガに言われるのはちょっと心外なんだが?」
「え?あ!?」
オルガが意味を理解して、そして今度こそ俺の目でもわかるくらい瞬時に真っ赤になった。
つまり俺の言いたいことは。
──女ならおまえがいるだろう?
「……」
「……」
フリーズしちまったオルガ。
俺が何かいわなくちゃと思うんだけど、俺も言葉が見つからなくなって。
マヌケにも、向かい合って棒立ちのままのふたり。
「ねえねえオルガさんオルガさん、テント建てるから貸して?」
「え、あ、うん」
そんな中、アイリスだけがマイペースにオルガからテントを受け取っている。
……だから、おばちゃん笑いはやめろアイリス。
マジで。




