おまえ
わけもわからないうちに、左手に謎のつる草をつけられてしまった。
しかもこれ、勝手に動くわ謎の機能があるわと。
「ハチ、とりあえず今夜はこれの使い方の研究をしよう。アイリス嬢すまないが」
「うん、調理はまかせて。オルガさんはパパをよろしく」
「すまない、まかされた」
「オルガさん謝る必要ないよう。パパ、ちゃんとお勉強してね~」
うわぁ、アイリスがおばちゃん化した。笑顔が下世話になっとる。
人間らしくなるのはいいが、そんなとこまで人間ぽくなってほしくないなぁ。
アイリスに食事の準備はまかせた。
手伝いたいのか盗み食いしたいのかアイリスについてるケルベロス二匹は置いといて、こっちはつる草問題に集中しよう。
それにしてもだ。
しかし、いつのまにか女子二人は役割分担まで決めてるし……って女子だよな?
え?失礼だと?
でもな、生後一ヶ月たってない竜の眷属と、何百年生きてるかしらない魔族の女だぞ?
どっちも「女子」って年代じゃないんじゃ
「って危ねっ!」
なんか今、目の前をビュッと横切った反射的に飛び退いた。
「ハチ。何か今、失礼なこと考えてたねえ?」
「めっそうもない」
横切ったものは、なんと例のつる草。オルガの左手から伸びていた。
「もしかして、自分で操ってんのか?」
「どうやら自我が希薄のようでな、魔力を込めてやるとおもしろいように操れるぞ」
「自我が希薄て」
それはそれで、まずいんじゃないのかね?
そしたら、樹精王の声が聞こえた。
『問題ない』
「えっと、そうなんですか?」
『宿主と個体の組み合わせ方法はいくつかある。
それは我らの生存戦略なので詳しくは語らないが、そなたら二名の挙動や言動から分析し、現時点では個性をもたないほうがよいと判断し調整した。自我が弱いのはそのせいになる』
現時点で、つまり一時的なものってことか。
「すると、いずれは自我に目覚めるということか?」
『いずれはそうだが、それは本当に遠い未来だ。現状はそのままそなたらに飲み込まれ、その生体システムの一部になる方がよいだろう。
最終的に自我を得るのは、そなたらの命が尽きる時でよいと考える』
「は?」
首をかしげていたら、オルガが俺の疑問を形にしてくれた。
「つまり、一時の腰掛けでなく、使徒になれと?」
『ひとがどういう呼び方をするかは知らないが、そういう事になるだろうか。
そなたらは定期的に……まぁ毎年春あたりに新しい株をどこかに植えてくれればよいわけだ』
「それはかまわないが……」
ふむ?それってもしかして?
「もしかして、クラゲのポリプみたいな事をやれと?」
『今そなたの記憶を読んだ。うむ、その認識で間違いない』
ポリプについて説明しておこう。
動物であるはずのクラゲが海底などに海藻のように固着して根をはった状態のことをポリプという。
このままでも高い環境耐久性をもっている事が多いけど、おそろしいのはこのポリプ状態、分裂するのだ。具体的には、株分けみたいな仕組みで大量の子クラゲ(こっちをメデューサという)を、しかも長い年月にかけてばらまいてしまうんである。
だから、たとえばエチゼンクラゲの大発生みたいなのが一度起きると、定期的に何度も起きてしまう。おそらく近海にポリプがたくさん作られてしまったからだと思う。
以上、解説おわり。
「協力するのはやぶさかじゃないんだけど、ぶっちゃけ、一生あんたのの操り人形っていうのはごめんなんだが?」
この腕についている苗がクラゲのポリプのようなもので当面外れないのなら、それ自体は別にかまわない。
問題はそこじゃなくて、自由意志や行動をこいつに支配されるんじやないかって事だ。
もしそうなら、ふざけんなって話だが。
しかし。
『自由意志なく縛られる事を心配しているのなら、問題ない。なぜなら、それでは意味がないからだ』
樹精王はひとことで否定してきた。
「意味がない?」
『そもそも動物に種や苗を持たせるのは何のためだと思う?彼らの自由意志で、彼らの裁量で運ばせるためなのだ。その方がいいのだよ』
「その方がいい?自分たちの都合で操るよりも?」
『そなたらには不合理に思われるかもしれないが、これが一番いいと長年の結果が出ている。
どこに運ばれるかわからないということは、失敗も当然ありうるだろう。
だがそれは同時に、こちらが想定しない、まったく新しい土地で根をはる事もできるのだよ。
これぞ、長い年月をかけて作られた究極の繁殖システムだと言える』
「……なるほど」
そういうことか。
『わかってもらえたかな?』
「ああわかった、理解できた。むしろごめん」
『謝ることはない。一方的に異生物の子供を託されても普通は迷惑だろう、そのくらいは我でも理解できる』
「たしかに」
俺は思わず笑った。
『それより話を戻そう。
魔族の娘は魔力で操っているようだが、もちろんそなたも可能だ。やってみるがいい』
「いや、そう言われてもな。魔力を操るなんてやったこともないし」
『できるはずだ。
げんにそなたは、ここに来るまでに、自分の想像や妄想通りの事象を起こしたり、ものを出したりしているだろう?』
「!」
たしかに、そうだった。
いつしか、当たり前のように腰についているホルスターから、魔力銃を取り出した。
『そう、その武器だ。
そなたはそれを偶然でなく、自分の思うようにデザインして取り出したはず。それは自分の意思で魔力を操るからこそ可能な事なのだよ』
「なるほど」
マテバの時の事を思い出してみた。
ああ。
なんとなく、やれる気がした。
「──おお」
動き出した、かも。
「む、できたのかハチ?」
「できたできた、やったよ──あ゛」
そう言いながらオルガの方を見た瞬間だった。
俺の左手から伸びた触手が、迷わずオルガのスカートをまくりあげていた。
……あ、白のドロワーズ。
うおぅ、アイリスとオルガの沈黙が重い。
「ハチ……初心者だと一瞬の心の揺れが動きに出るぞと言いたかったんだが……いうまでもなかったねえ」
「いやいやいやちょっと待て!」
「……パパ、えっち~♪」
「やかまし、わざわざタメまでつけて言うなアイリス!」
「あはははっ!」
しばらく練習をして、何とか俺もつる草を操れるようになりだした。
自由に動くようになると、今度は色々試したくなる。
魔力を流して操った蔓草を、いろんなものにペタペタ触らせてみる。まぁ、最初になぜかオルガの胸とか尻とか触っちゃったりしたんだけど、それも制御が落ち着いたらきちんと動くようになってきた。
「なんでセクハラするかな、この蔓」
「君の意思を反映しているからだろう」
「……なんかごめん」
「別にかまわない、それに」
「それに?」
「これから向かうコルテアやタシューナンで、要人の尻や胸を触りまくるとまずいだろう。……練習しておくがいい」
「お、おう」
オルガさん、なぜそこで俺をじっと見つめますか?
いやその、なんだ。
「パパ、この子たち連れて一時間ほど外出してきていい?」
「……アイリス」
「なあにパパ?」
「チョップ」
頭にチョップくれてやった。
「いたいよー」
「やかまし、ガキが何、変な気ぃ回してんだ」
「そうだぞアイリス嬢、ケルベロスはそういうのは大丈夫だから気にしないでいい」
そして、こっちはこっちで別の方向にちょっとおかしい。
だから突っ込んでみたんだけど。
「おま、いや、あんたはちょっと気にしろオルガ」
「ハチ」
「な、なんだよ?」
「今『おまえ』と言いかけて訂正したろう?」
「ああ」
「『おまえ』と言いたいのなら『おまえ』でいいんだが?変えなくていいぞ」
「いや、それは」
それは良くないだろう。
あんた、おまえって言い方は嫌いじゃないけど『おまえ』は上から目線のニュアンスを含んでる。不愉快になる女は多いと思うが?
でもオルガは笑うだけだ。
「わたしは気にしないから、好きに呼べばいい」
「しかし」
「言っちゃなんだが、そういう女は自分に自信がないんじゃないか?自信がないからこそ、些細な言葉尻に反応するのさ。
ほら、男でもいるだろう?自分が上位でないと許せないってやつが。同じことさ」
「そうなのか」
「ああそうさ。だからハチ、君はわたしを『おまえ』と呼んでいいんだ」
「いいのか?」
「うむ」
「俺はバカだぞ。おまえを自分に都合よく扱おうとするかもしれん」
そういうとオルガは笑った。
「イヤなことは拒否するし、必要なら話し合いをもてばいい。そこは遠慮なく本音でぶつかろうじゃないか。相手の顔をうかがって窮屈に暮らしたくはあるまい?」
「そりゃそうだ」
「そもそも、身内とは美醜見せてこそ身内だろうに。
決めたからにはボケてもオムツの履き替えまでしてやるし、させてやる。安心するがいい」
「お、おう」




