出発
出発準備をする事になった。
といってもやる事は多くないが、ひとつだけ大事な事があった。
「後部座席を出そう」
後ろに荷物を積むため、キャリバン号の後部座席は畳みっぱなしだった。
でもアイリスに加えてオルガも加わった以上、後部座席は必要だ。前に三人乗れないからな。
「よし、そこの荷物を下に入れてくれ」
「おっけー、いいよパパ」
「よし」
本当に久しぶりに座席を広げた。
「なんかベンチみたいだねえ」
「積載性優先だからな」
古い軽ワゴンというのは軽トラの親戚みたいなもんだ。後部座席も非常用レベルのものだから、快適性は考慮されていない。
ところで。
「わたしは後ろに行こう。車の隣は確か、誘導したりする者が座るのだろう?」
「ダメ」
オルガが言ったのをアイリスが止めた。
しかしオルガは譲らない。
「アイリス嬢、貴女の仕事はなんだい?」
「えっと、それはパパの補助で」
「だったらアイリス嬢の席はそこだ。
確かにわたしはハチと婚約したわけだが、この車ではあくまでゲストにすぎない。ハチの補佐をしなくちゃならないアイリス嬢こそが、そこに座らなくちゃならないし、わたしはハチの仕事を邪魔したくない。
わたしは何か間違ってるかね?」
「……間違って、ない」
「うむ。だったらそうしたまえ」
「で、でもそれ、きっと乗り心地悪いよ?」
「ああ、悪いだろうね。見ればわかる」
クスクスとオルガは笑った。
「まぁ、後ろでちょっと調査とか小細工させてもらうさ。アイリス嬢はいつもの通りで頼む」
「……わかった」
アイリスは複雑そうだった。ま、そりゃそうか。
「オルガ、本当にいいのか?」
「かまわない。そのかわりといっては何だが、座席まわりを少し改造してもいいかい?」
「かまわないけど、畳めなくするのだけは勘弁してくれ。狭い車なんでそれはちょっと困るんだ」
「わかった」
座席の問題が解決すると、出発準備はもう終わりだった。
あ、そうそう。
「ここがいいのか?」
「わんっ!」
ラウラが俺の肩のポケットに収まってしまったので、座席につけた簡易ベッドみたいな奴が不要になった。
それは取り外して、下の倉庫に収納した。また使うこともあるかもしれない。
「そんじゃ移動開始する。
この車は二人以上のゲストを乗せたことがない。問題とか要望とかあったらすぐ言ってくれ。特にオルガ」
「うむ、わかった」
「そんじゃ始動する」
その瞬間、キャリバン号は胴振いしてエンジン始動した。
「おお」
何かオルガが面白がっているけど、とりあえず放置。
「メーターよし、視界よし、歩行者なしと。よし、出発!」
「……なんだ?」
「なんでもないよー」
ええい、わかってるよ。久しぶりのお客さんだしカッコつけたいんだよ!
クスクス笑いだす女性陣に、思わず俺はためいきをついた。
町の出口にやってきた。
出口といってもここは検問所であり、このさらに外に外壁と結界がある。
「今から出るのかい?しかし出口があの通りだが」
警備の人が眉をしかめている。
そんでその向こうには。
「これはひどいですね」
先日よりさらに増えた人間族の集団。
だが俺がそれについてコメントするより前に、オルガが声をかけた。
「まぁ、何とかするさ。通っていいかねえ?」
「む、あなた先日町に来られた方ですね?」
「ああ、この通り魔族なんでね。わたしが手を貸して通す事にしたんだ」
「そうですか、わかりました。ではお気をつけて」
「ありがとう」
「またー」
「ばいばーい」
「わんっ!」
警備員と別れた。
そしてその分、町の境界──つまり結界の外にいる人間族の部隊に近づいた。
そこで一端停止する。
「ま、動かないよな」
当たり前か。
「しかし、異世界人がどれだけ価値あるのか知らないけどさ。そんなにまでして欲しいもんかね?」
人を集めてここまで来るだけでも、それなりに人も金も使うだろうに。
ぼやいていたら、背後からオルガの声がやってきた。
「価値がある、そう思うからやってくるのさ。だけど彼らの事情は気にしない方がいい」
「え?」
一瞬、オルガの言っている事がわからなかった。
「どういうこと?」
「あとで説明するさ。
ところでハチ、君は今からどうって彼らを突破するつもりだい?」
「どうって、そりゃあまず警告して、そして」
「聞かなきゃ殺してでも押し通る、だよねえ?」
「もちろん」
ひどいと言われるかもだけど、話し合いですむ状況は考えていない。
警告して相手が従わないなら排除する。それだけだ。
「ふむ、だったら今回はわたしに任せてくれないかねえ。
殺す覚悟はしているんだろうけど、殺さずにすむならそれに越した事はないんだろう?」
「そりゃそうだ」
今のところ、腹立たしいけど恨みはない。
しかも町の出入り口で死体なんて作ったら、町の人に迷惑がかかってしまう。
それでなくとも、町に入る時にやっちまってるんだ。できればこれ以上は勘弁してほしい。
「だったら、わたしがよく使う結界を試してみようか」
「できるのか?」
「これでも一応は魔族だ。こういう小手先の術なら竜族よりはマシだね」
「……」
どこか不機嫌そうなアイリスに、オルガが苦笑した。
「アイリス嬢」
「わかってる、竜族はこういうの苦手だもの。オルガのフォローはいらないわ」
へ、そうなのか?
「ハチ。竜族、特に真竜はこの世界で最強に等しい連中だろう?
そんな彼らが、目先をうまくごまかして逃げる術なんて必要とすると思うかい?」
あー、それは。
「なるほど、そりゃそうか」
最強生物にそんなもんいらんわな、当たり前だ。
「そういうことさ。──『道を空けろ』」
何かこう、妙に重たい言葉がオルガの口から出た。
そしたら。
「お、なんか道からどき始めたぞ」
道を塞いでいる連中が動き出して、通れる隙間が開いた。
「言っておくけど、あまり保たないからねえ。すぐ出たほうがいい」
「おっと了解!」
のんびり見ちゃいられないってか?
俺はうなずくと、アクセルを踏み込んだ。
不思議な事に彼らは、全くこっちを見なかった。みても反応しなかった。
その横を俺たちが通りすぎて。
そしてだいぶ後ろになってから、
「パパ、人間族が動き出したよ」
「追いつかれそうか?」
「数は多いけど、飛竜より速い追跡者はいないから」
「ということは、後ろからは追いつかないと」
なるほどとうなずいた。
しかし俺の言葉に対し、オルガが少しだけ反論してきた。
「確かに素晴らしい速さだ。飛竜よりこっちが速いというのもわかる。
だがこいつの運転者はハチ、君だけなんだろう?」
「……つまり飛空艇がやばいってことか?」
「そういう事になるねえ」
やはりか。
スピードはこっちが速い、だけど時速300km出せるわけじゃなくて、せいぜいちょっと速い程度だ。
そして運転者は俺しかいない。
それに対して。
「運転手交代しながら追って来られたら、シャレにならないな」
それはまずいと思う。
「どのくらい引き離せばいいと思う?あいつらの探知能力ってどのくらいなんだ?」
「地平線の向こうまで見失ったら、あとは魔力を感知するしかないんだ。
問題はハチの魔力が大きすぎて非常に目立つ事だ。
これを何とかしないと、君の単位で……そうだな、90kmくらいは範疇になってしまうんじゃないか?アイリス嬢、どうだ?」
「んー、もうちょっと距離が欲しいかも。安全パイをとって110kmくらいは欲しいかな」
「そんなにわかるのか、すげえな」
俺はためいきをついた。
「んー、すごいのはむしろパパの魔力だと思うよ?」
「え、そうなの?」
「うむ、そうだな。つまり、それほどに強力で目立つという事さ」
「うれしくないなぁ」
「そうだろうな」
クスクスとオルガは笑った。
「なんとか連中の動きを止められれば……そういや飛空艇って燃料はどうなってるんだ?」
「あれか?あれは古代のアーティファクトみたいなものだ。
根本的なエネルギー源は自然界のさまざまなエネルギーでな、これを一端魔力に変換、充填式の特殊な魔石に蓄える仕組みになっている。飛行そのものは今もおなじみの魔力システムというわけだな」
「へぇ……わりとエコなシステムなんだな」
だが、ちょっとひっかかる事もあった。
「なぁオルガ」
「何だ?」
「魔力っていうのは昔はなかったんだろ?精霊分ってやつの副産物だとか」
「そうだが?」
「ということは、飛空艇を作った連中は、精霊分が来てから飛空艇を作ったわけかな」
「……ほう、この状況でそこに着目するか。さすが、わたしが気に入った男だけの事はある」
ミラーに映るオルガの顔は、とても楽しげだった。
「飛空艇を作った連中はアマルティアという文明の者たちだが、いつからいて、どうしていなくなったのかは謎も多いんだ。
とにかく、彼らは精霊分を解析し、魔石に着目した。魔力を動力源として利用する事で、効率のいいネルギー資源とする事を考えついたわけだな。
ただあいにく、その根本原理は今は失われている。
魔石を人工的に作れないから魔物を狩ったりして取り出そうとするし、魔力の豊富な異世界人や魔族を、ひとでなく資源として着目するわけだ」
「……縁起でもねえな」
「まったくだ」
俺は砂漠の風景を見ながらぼやいて、そしてオルガもそれに同意した。




