テント
結論からいうと、オルガの天幕は素晴らしいものだった。
「これは……すごいな」
いわゆる地球のゲルと呼ばれる草原の民の家に似ていると思うけど、手のこみようが全然異なっている。ただし当然といえば当然だけど、地球のゲルのもつ美しいまでの合理性はない。おそらくこの世界の魔法ってやつが使われていて、この世界なりの美観で仕上げられているんだと思うけど。
そんなものが、まるでワンタッチテントのようにスパッと一瞬で建てられてしまった。
「……これがワンタッチで建つのかよ」
思わず、唖然としてしまったのは言うまでもない。
「話の前に車をいれたまえ。ほら、そこが入り口だ」
「お、おう」
おそらくオルガ本人はあまり使わないんだろう入り口。
そこにキャリバン号を入れた。
「はい、ストーップ」
「おう」
停止させて降りた。
そして中から見上げると……もう驚くしかない。
「居住空間はこっちだ。きたまえ」
「おう」
こうなったらもう、覚悟を決めるしかない。
外の雨音は激しくなり始めていた。
数分後、俺たちはオルガのゲルもどきの中で、組み付けのテーブルセットでお茶をもらっていた。
ケルベロス組もしっかり移動してきた。ササヒメ(♂)がそのへんは心得ているようで、ラウラを誘導して遊び場を中に移動していた。
おそらく年代的にもお兄さんなんだろうな。名前はお姉さんだが。
「このお茶や水なんかは組み込みなんだけど、サプライ品の扱いなんだ」
「サプライ品……つまり消耗品は別途追加できるってことか?」
「その通り。この天幕には専用の亜空間収納があって、そこに物資を収めたり逆に不要物を捨てるのさ」
「よくできてるもんだ」
もはやコメントも出てこなかった。
すごいな異世界。
俺は今までの評価を全面的に改めざるをえなかった。
だってそうだろ?
馬車と冒険者の世界と聞いて、俺はまぁその、遅れた中世ヨーロッパ的世界を想像してたんだ。
まぁドラゴンしかり、飛行機械や通信機、トンネルから聞く古代超文明のニオイしかり、地球のそれとは違うものが入ってるのもわかってたわけだけども。むしろ洋ゲーファンタジーか?
だけど、この現代技術も真っ青な超絶豪華テントはなんだ?
これでワンタッチで使える文明て……。
もしかして。
方向性が地球文明と違うだけで、ここはここで地球なみかそれ以上の文明世界なんじゃねえか?
思わず、つばをのみこんだ。
「なぁ」
「何かねえ?」
「魔族は、こういう装備をよく使うのか?」
「いや、使わないね」
オルガは微笑んで否定した。
「これは最近売り出したもので、わたしの資金源のひとつさ。直接販売は知り合いの商会に委託しているが、そこそこ注文がくる状態かね。バカウケはしないが、価値を見出した人たちには非常に魅力的なものらしい」
ああなるほど、わかる人にはわかる品物ってことか。
いいね。俺もマジでひとつほしいわ。
「資金源って?」
「資金調達は我々研究者の悩みのタネだからねえ」
オルガは苦笑した。
「これは技術的にいえば、古代遺失技術に属するものなんだ。
具体的には、遊牧民の移動式住居をベースに父の開発した空間魔法と組み合わせたものだ。元々彼らの家は伝統的に空間魔法で設営と撤収をするようになっていてね、ただ大魔力がいらない代わりに本体のみで、いわゆるサプライ品などは自分でなんとかしなくちゃならない。これに対応したものだね。
出し入れに魔力がたくさんいる事、当たり前だが組付けの物資以外が収納時に転がり出てしまう問題があるが、それにしてもこの利便性は捨てがたい。少なくともわたしはそう思ってる」
「そうだな、確かに捨てがたい」
うん、俺も激しく同意するよ。
「むろん、世間でも類似の研究も始められているそうだが……正直、瞬時に設営と撤収のできるメリットは他にない。できればもっと進化した量産品も出て欲しいんだが、今のところ競合商品は全くないそうだ」
「なるほど、すばらしいな」
俺は思わず手放しで賞賛していた。
「地球にもしこれがあったら、俺の人生そのものが全然違ってたかもしれない……いや、本当にいいなぁこれ!」
心の底から賞賛していたら、なぜかオルガに不思議そうな顔をされた。
「どうしたんだ?」
「いや……高評価は光栄なことだし、わたしもこれを自信作だと思っちゃいるんだが」
えっと?
「すまん、何を言いたいんだ?できれば率直に」
「あ、ああ、すまないね」
オルガがなぜか慌てた様子だった。
そして深呼吸をするかのようにっていうか本当に深呼吸をしてから、ふたたび俺を見た。
なんなんだ?
「えっとその、本気で言ってるのかねえ?」
「本気とは?」
「この天幕の真価についての君の評価さ」
「本当に素晴らしいと思うが?」
俺は即答した。
「特に、瞬時に設営と撤収できてこの内容っていうのが素晴らしい。しかもサプライ品コミで一気にやれるってんだろ?はっきりいって、千の宝にも勝るぞこれは!」
いや、本当に。
「……そうか」
ふむ、とオルガは少し考え込んだ。
「ハチ、すまないが、君がどうしてこの天幕をそこまで評価してくれるのか、話してくれないかねえ?
確かにわたしは、これを主力の商品のひとつと考えている。
でもね、今までハチのように手放しに評価してくれた人はほとんどいないんだよ。
だからハチ、あえて教えてほしい。
君はこの天幕について、どういう理由で、そこまで素晴らしいと評価してくれてるんだい?」
「……」
俺はオルガの驚きにむしろ驚いた。
「そうか……わかった、じゃあ説明するよ」
「うむ、よろしく頼む。ところでお茶のお代わりはいるかい?」
「おう、できれば茶菓子も」
「わかった」
さて、ここでちょっと解説しよう。
俺は近年でこそキャリバン号で週末旅行を楽しむ生活をしていたが、元々はバイクでテントをしょっていた。
最初は家にあった原付で、次に250ccのスポーツバイクで。
失業したあとは通勤に使っていた90ccのカブを転用し、時間があるのをいいことにゆっくり回っていた。
それがどうしてキャリバン号になったのか?
理由は二つあった。
まずひとつは、雨対応。
「日本て国は雨が多くてな、しかも降りだせば一日中なんだ。
無職の時はよかったけど、仕事してるとな。雨がふったら連泊とはいかないんだよ」
奥の細道みたいな有名な紀行文にすら、雨で連泊した記録はある。だからそれ自体はおかしくない。
だけど仕事に追われる現代人は、雨だから連泊ってわけにはいかなかった。
そしてもうひとつの理由は……テントをいちいち設営するより車中泊が簡単だったからだ。
なにしろ、緊急で移動するだけなら運転席に滑り込むだけでいいのだから。
「地球のテントはこんな簡単に設営も、撤収もできないんだ。
設営して環境を整えるまで慣れても十分以上かかるし、大装備で旅していた頃なんか、フル装備の設営や撤収にそれぞれ一時間以上余裕でかかってたよ」
「ほう、それは大変だ」
「だろう?」
もっと話してくれと言いたげなオルガの目線に、俺はうなずいてつづけた。
「もちろん、ワンタッチテントみたいな試みはなされていたが、それでも限度があった。
それに、手間ヒマかけて張ったテントも、こんな居住性のよいものじゃなかったんだ。
悪天候で夜中に移動する羽目になった事もある。
災害時に至っては撤収時間もなくて、全身ずぶ濡れで結局何もかも捨てて脱出した事さえあった」
「……」
「撤収が速いのはね、オルガ。多少の不便を囲ったとしても、それだけで価値がある。少なくとも俺はそう思うんだ」
「なるほど、それで箱型の乗り物に移行したというわけかねえ?」
「ああ。俺がこれを素晴らしいと賞賛する理由がわかってもらえたかな?」
「ああ、もちろんだとも」
もし地球にこの異世界天幕みたいなのがあったとしたら、おそらく俺はバイクを降りる事もなかったろう。走行中に濡れたとしても、目的地につけば瞬時に屋根の下なんだからな。
そして撤収も一瞬とか。
本当に素晴らしい。
「いやホント、これいいわ。マジ欲しい……オルガ?」
ふと見ると、楽しそうにクックッとオルガは笑っていた。
しかもまるで泣き笑いといった風だった。
「お、おい、どうした?」
「もちろん嬉しいのさ、ほかに理由なんかないねえ」
クックッとオルガは笑った。
「実際、この天幕のお得意様はキャラバンを率いた商会なんだ。これのおかげで移動中も朝露に濡れず、雑魚の魔物くらいなら建物に入れないから安心できる。しかも設営と撤収の手間が笑えるくらい簡単になったとね。
だが正直、一般客はまずこれの意義を理解してくれない」
「だろうな」
価値のわかる人には値千金だろうけどな。
俺は大きくうなずいた。




