閑話・28號
注意・性的に屈辱的な表現があります。
R18にはならないよう配慮したつもりですが、ご注意ください。
いつもと違う特別編のため、少し長いです。
主人公とは別の異世界人の話。
ハチ(仮称)が異世界転移だの、愛車を異世界から呼び寄せるだのという異常事態に陥っていた、ちょうどその頃。
その強烈な魔力変動に驚き、騒ぎを起こした者たちが中央大陸には結構いた。
それらの多くは研究者などが多かった。彼らは地球的感覚でいえば地震計のようにグローバルな魔力変動を感知する道具を持っており、どこかでおきている大きな魔力変動を、天体観測のように行っているからなのだが。
しかし、ここの彼らはちょっと毛色がちがっていた。
「なんだこの変動?」
「おい、これ見ろよ」
「おいおいおいおいおい、なんだこれ!なんだこれ!」
「異世界人でも来たか。しかし、なんでこんな短時間に反応か2つも?」
「二人組、いや片方はアーティファクトか?どちらにしろ」
「おお、すぐ上に知らせるんだ!えらいこった!」
彼らは慌てていた。あまりの事態に、とんでもない大失敗をしてしまった。
つまり。
あまりの異常事態に作業中のものを半端なまま、置き去りにしてしまったのだった。
彼らの研究室には、一体の戦闘奴隷が寝ていた。
見事に老いさらばえた、しわくちゃの老人だった。
ずっと彼を拘束していたはずの、隷属と封印の首輪は今は外されていた。
高性能の奴隷だが高齢者のうえに意識を封印して操っているわけで、定期的に健康状態を調べられていた。で、そのときには邪魔になるので、薬を打った上で首輪を外されていたのだけど。
そう。
毎回そうやって首輪を外しているうちに危機意識が甘くなり、前代未聞の魔力の揺らぎという異常事態のほうに頭がいってしまった……まぁ推測するに理由はそんなところなのだろう。毎回首輪が外されているのは短い時間なので、これは本当に奇跡のような偶然ではあった。
だが、理屈をどうこねようと彼らが致命的ミスを犯したのは間違いない。
「……うう」
老人がうめき声をあげた。
いつもすぐ再封印するので彼らは気づいてなかったが、度重なる投薬の結果、薬の効き目が落ちていた。そのため彼らの計算の実に三分の一以下という短い時間で、老人は意識を取り戻したのだった。
それも封印の外れた状態で。
「なんだ……?」
老人は重い頭で周囲を見渡し、記憶を反芻する。そしてどうやら自分がとらわれていたこと、何か理不尽なことをさせられていた事にも気づいた。
「……なるほど……ゆめでは、なかった、か」
ゆっくりと起き上がる。
その時点ですでに、老いさらばえた顔に子供のような赤みがさし始めているが、当人はもちろん気づいていない。夢の中でそうしたように身体に魔力とやらをこめ、革ベルトをちぎった。
診察台から降りた。
なぜ助かったのか?わからない。
だが、今やるべき事はわかる。
「千載一遇の……機会というやつか」
老人は、恐ろしく鋭い眼光で周囲をじろりと見回した。
実験器具のひとつを取り外し、支柱になっていた重い鉄棒を手にとった。
「ふむ、太さが足りぬが……まあよい、つなぎにはよかろ」
ヒュンヒュンヒュン、と軽く振り回すさまは、明らかに素人のものではない。
「衣類はこれか。まったく少しは老人をいたわれと……ま、どこぞで手に入れるか」
腰巻きのようなボロきれ一枚を身に着け、外に出た。
建物の中は無人に近かったが、それでも誰もいないわけではない。しばらく行くと衛兵を見かけた。
おあつらえ向きに、自分に近そうな体格だった。
猫のように音もなく気配も殺して近寄ると…。
「!」
刹那。
声を出される前に、背後から首をへし折った。
そのまま、獲物を隠す野獣のしなやかさで老人は物陰に兵士を引き込んだ。
「やれやれ、まさかこの歳で大陸時代の続きをするハメになるとはの」
物騒きわまりないことを言いつつ、さっさと衣服を剥がす。
「悪いが冥福は祈ってやらぬぞ」
老人は兵士の服を着込んだ。
「靴は無理か……別途さがすしかあるまい」
武器はなかった。
魔法の発動体はあったが、記憶によるかぎり老人はいらないらしい。
売れるかもと思い、これも持ち去る事にした。
「さて、いくか……ではまたな」
老人はそれっきり、研究所から姿を消した。
彼が最後に見せた笑顔は、わずか一時間前とは別人のように若々しく、希望にあふれて見えた。
二週間後。
中央大陸の砂漠の片隅。かろうじて水が汲めるだけで何もない、本当に小さなオアシス。
ひとりの青年が身を潜めていた。
(情報によると、ここで取引をしてるって話だったが?)
青年は、若返った老人だった。
二週間たった今、青年にはかつての老人の面影はどこにもない。首輪によって阻害されていた魔力の流れが正常に戻り、そのあふれる魔力が、年相応の外見に戻した結果だった。
今の彼は、砂漠地帯に時々いる一人旅の青年だった。どうやらこの世界を程よく楽しんでいるようだ。
(お、きたきた)
逆方向からやってきたキャラバン。
しかし、どうも雰囲気がおかしい。それに雰囲気がものものしい。
(ふむ?ここで重要な取引が行われるって情報は……ガセだったか?)
情報屋にまんまとかまされたか?
いや、まだだ。
重要商品は情報で荷物はダミーの可能性もある。
(……)
青年は気配を殺し、そろそろと近づいていった。
だが約一時間後。
青年の期待は、ちょっと情けない方向に裏切られていた。
(重要ねぇ……まあたしかに重要なんだろうが)
テントの中。裸で後ろ手で縛られ、猿轡を噛まされたた娘たちが並べられている。
どう見ても女奴隷、それも、そういう目的の奴隷なのだろう。
街でなく、こんなところで取引している理由も、青年にはよくわかった。そして、ものものしい雰囲気も。
やたらと美女美少女ばかりというのもあるが、それ以上に青年のカンにふれるものがあった。
つまり。
(王侯貴族とか豪商の娘とか……わけあり、いわくつきってやつか)
どの娘も手が綺麗だ。おそらく貴族かそれ以上。
(はあ、久々にいやなものを見るハメになったな)
服を着せてないのはスケベな理由ではなく、逃がさないため。
猿轡をかませているのは、舌を噛んで死なせないためだろう。
誇りのためにあっさり死にかねない娘たちだからこそ、逆らったり自害できないように自由を奪っているのだろうから。
おそらく専任の侍女までつけられ、大切に、しかし絶対逃げられないようにしているのだろう。
(相手の心を折り、逃がさないようにするのに服を着せない……異世界でも同じかよ)
いやな方向に懐かしい風景に、内心ためいきをついた。
そんなことを考えていたら。
(お)
ひとりが逃げ出した。
両手を後ろで縛られ猿轡をかけられ、しかも全裸……どう考えても絶望的状況なのに。
(ヤケになったか?)
ありえないことではないだろう。
逃げ切れる確率は低いし、かりに逃げきれても全裸で両手固定、猿轡だ。何も食えず飲めず、灼熱の太陽で直接肌を焼き焦がされる。魔物に襲われても戦うこともできない。
まあ、一日たたずに死ぬだろう。
でも。
その娘の顔をふと見た瞬間、青年は自分の考えが間違っているのに気づいた。
(いや、違う。諦めてない)
まだ目が死んでない。
たとえゼロであっても、それでも足掻いて死にたい。
最後まで抗う、決して屈しない心。
(おもしろい!)
そうなったら、もう無視はできなかった。
気づくと手をかざし、魔力を込めている自分がいた。
魔法も駆使して遠方の、地図にもない森に逃げ込んだ。
青年は追手を撒いたと判断したところで、一緒に逃げた娘を再度拘束した。といっても上着を着せたのでギリギリ隠れているし、会話が必要なので口も拘束してないが。
「さて、ここまで逃げれば大丈夫じゃろう。あっちもそれどころではないからの」
「……」
「不満なのはわかるが聞け。
お主は自分だけ被害者のつもりなのじゃろうが、恥ずかしい話、わしもじつは被害者でな。情報がたりんのだ。不本意じゃろうが、おまえさんですら心底から信用できてはおらん」
「……」
「わしはな、騙されてあの場に来ていたのじゃよ。はめられたんじゃろうな。
たまたま隠密の心得があったからよかったものの、でなければあいつらに殺されておったろう」
「……なんで」
「ん?」
「わたしを助けたの?」
身体が目的か、とその目は言っていた。
「そりゃ、おまえさんが諦めてなかったからじゃ」
「?」
「逃げよう、逃げようと足掻いて、実際ににげだしたじゃろう?」
青年は肩をすくめた。
「たったそれだけ?」
「たったとはなんじゃ。
あの状況でそれでも折れてない。充分な理由じゃろうが」
ふむ、と青年はためいきをついた。
「あとはまあ、個人的な理由もあったがな。
実はわしには、行方不明のかわいい姪がおってな。ま、姪といっても厳密には姪の娘じゃが。
おまえさんの必死な顔を見て、なぜかあの子を思い出してな。助けた理由にはそれもあるじゃろ」
「……そうなんだ」
娘は少し考えていたが、やがて青年の顔を見た。
「頼みがあるんだけど」
「ふむ?わしにできることで、対価が払えるならきいてもよいが?」
「わたしを国まで連れ帰ってくれる?対価は戻ったら手配するから」
「すまぬが、そういう、あてになるかわからぬ対価は信用しない主義なのでな」
やっとこ自由の旅に出たのだ。
見た目こそ若いが百歳を超えた身でもあり、いつまた衰えるかもしれない。やっかいごとの種はごめんだった。
「そう……じゃあ、わたしの身体で払うわ」
娘がそういうと、男は苦笑した。
「な、なによ、何が言いたいのよ!」
「はあ、何を勘違いしておるのやら」
青年はためいきをついた。
「そなた今、裸同然で両手を後ろで縛られておるのを忘れておるのか?
身体で払うもなにも、今まさにおまえは我が手の中にあるのだが?
既に手中にあるものを取引材料と言われてものう」
「ふ、ふざけるな!」
「ふざけておらんぞ。その証拠にほれ」
「や、やめろ、触るなやめ……!」
服ごしに触るマネをしてやると、ビクつきながらも猛然と怒りだした。
しかし、気づいてないのだろうか?怖がっているのが丸見えで、まるで怖くない。
むしろ青年は可愛いと思った。
「よしよし悪かった、そう睨むな。
しかし、これですこしは状況が理解できたであろう?
取引というからには、相手の持たないものを提示せねばな。そうであろう?」
「……」
困ったように娘は眉をしかめた。
青年は、正直いえば拒否されても娘を助ける気だった。男たちの会話などから、聖国というところの女らしいことはわかっていたし、聞く限りそれほど遠くもなかったからだ。
ただ娘の反応がとても可愛いものだったので、ついつい意地悪をしているにすぎない。
(ふふ……しかし何だな。子供同然の小娘なのに、こうしてみると)
正直いうと、さっきから身体が反応している。欲しくてたまらない。
若さとはすばらしいことだし、これほどに制御がきかないのも久しぶりで懐かしい。
触りたい、ふかく触れたい……本能から欲してしまうから始末にこまる。
(おかしなものだ、孫かそれ以下の年代なのに)
青年は、娘ほどの曾孫すらいた身だ。当然、理性の上では彼女は子供にしか見えない。
なのに彼の身体は、娘を若いメスと認識している。どうしても反応してしまう。
青年は気づいていない。
身体が若返ったことで自分の心も若返っていることに。
そして。
そんな自分の身体を持て余してしまっていることにも。
「わかった、じゃあ、わたしの『心』をあげる。それならどう?」
「……何?」
「いやいやじゃなくて、本気でずっと尽くしてあげる。
妻、お妾、なんなら専属の性奴隷ってことでもかまわない。とにかく、わたしを国に連れ帰って大お祖母様にもう一度会わせてくださるなら、それでわたしはあなたのものよ。どう?」
「……身体を代償にするのと、どう違うんだ?」
わけがわからない、青年は本気でそう思った。
「あら。契約だからってイヤイヤお相手するのと、心から積極的にサービスするのでは違うと思うけど?」
「……それはそうだろうな……いやいやちょっと待て」
青年は首をふった。
「わかったぞ、お前が承諾したとしても、お前の国が黙ってないのだろう。違うか?」
「その可能性がないとは言わないけど、わたし、どちらかというと国のお荷物だもの。上司である大祖母様は、本物の元聖女様だけど」
「ほう、聖女?」
「ええ。もうお歳で表には出てないけどね」
聖女。
(たしかこの世界で聖女と呼ばれる女は、聖国という所にしかおらんと……やはり娘は聖国の者か)
「お荷物というのは?」
「わたしも聖女扱いされてるけど、オミソだもの。だから外で単独のお仕事とかしてたの」
「で、対立する国の息のかかった奴隷業者に捕まったと……そりゃあご苦労なこった」
「う……で、でも、そういうわけだから、説得すればいいのは大祖母様だけなの!」
「ふむ。おまえを救い出した実績をもって、祝言を上げたいと言えばいいと?」
「うん!」
「……」
これはダメだろう、そう青年は思った。
ヘタすれば、手出しした時点で聖国に指名手配されるだろう。いわゆる地雷というやつだと。
しかし、今さら捨てることもできない。
なにより、どうしてだろう?
娘はこの世界の人間のはずなのに、どこか安心できるような、不思議な懐かしさがあった。
このまま別れるには惜しいと。
(……まあ、普通に送り届けてみるか?)
うん、そうしよう。
お礼が請求できるなら、諸国で通じる合法な身分証明でも作ってもらえばよかろうと。
青年はそう判断した。
「うーん、まあわかった。心がどうのは置いといて、とりあえずお前を送り届けるのは引き受けよう」
「え、あ、うん」
「こら、何を誤解しておる。
心をよこせとか、そういう話は棚上げと言ったじゃろう?
とりあえず、お前を送り届けてやろう」
「……報酬はいらないの?そんなの知らないって突っぱねるかもよ?」
「どうやら、しっかりした身元の人間のようじゃからの。
それにわしも、ちゃんともらえるなら強欲なことは言わんよ。たとえば旅に役立つ身分証明とか、そういうものを手配してもらえればありがたい。どうだ?」
「え、そ、そんなのでいいの?」
「そりゃあ、お前さんが姫君扱いでお大尽ツアーで帰りたいというのなら実費を請求するが、普通でよいのじゃろ?」
「あ、あたりまえだよ!……でもいいの?」
「当然じゃろ。わしは、女の弱みに付け込むような男ではないぞ?」
「……そっか」
なぜか娘は、楽しげに笑った。
「な、なんじゃ?」
「なんでもない……お名前聞いていい?」
「おお、わしの名はウエスト。故あって家名は名乗っておらぬ」
「わたしはエミ。外では家名は名乗らないの、安全のために」
「うむ?なるほど、そうじゃな」
ふたりはお互いに笑いあった。
ただし二人の思惑は、だいぶ違いがあったようだが。
(すっごい魔力、やっぱ異世界人だよね。それに誠実でいい人みたいだし。……うん、これは天の采配ってやつ?)
(貴族または神職の娘ということか?ああ、それで懐かしい雰囲気があるのかもしれぬな。
ふふ、顔つきも懐かしき鷹司の女を思わせるものだし、よき子を産めそうな体つきでもある。
おっといかん、妙な誤解をされぬよう、注意注意と。
……しかし普通に送り届けるとなると、服を何とかせぬとまずいのう。
まずった、やはり前の町で娼館へ行っておくべきだったか!
小娘連れて娼館など入れぬし……ううむ)
季節は流れる。
「エミ、いよいよ聖国じゃぞ」
「……ん、おはよう」
さわやかな朝。先に起きて朝食を作っているのはウエストだった。
「あー……ごめんウエスト、わたしの当番だったのに」
「構わぬ。それより調子はどうじゃ?」
「調子……」
馬車から顔を出したエミの顔が真っ赤になった。
「腰がだるいんだけど……鬼畜」
「すまぬ、とびっきりの上物につい我を忘れてしもうてな」
「……その言い方はどうかと思うんだけど」
真っ赤な顔のままエミは眉をしかめた。
「ほう、そうか?」
「……!」
ウエストが目に力を込めて見つめると、エミがビクっと反応した。
どうやら、とても口に出せないような変化が、この旅の空であったらしい。
「まあ、出てくるがよい。しかし無理はせぬようにな、急ぐ必要はないんじゃから」
「うん」
おとなしくエミは出てきた。
エミはドレスを着ていた。それも清楚でありつつもどこか色気を強調するもので、少し子供っぽい外見のエミを大人の女性に見せていた。
ウエストは知らないが、エミはこの手のドレスを今まで着たことがない。勧められても拒否してきた。
なのに今朝は自発的に着た。その意味はもちろん……。
「うむ、よく似合っておるな。華やかで実によろしい」
「う、で、でも、これじゃろくな武装できないし、魔法くらいしか使えないし」
「充分であろ、わしが前衛をやるしのう。それに聖国も近いこの場所では、二本足で喋る魔物くらいしか出まい?」
「……たしかに。でもウエスト」
「わかっておる。喋る魔物は、それはそれで厄介じゃからな」
「ええ」
ふたりは食事を始めた。
食事中の二人は静かで、あまり語らない。
しかし彼女が隣の青年……ウエストとただならぬ関係であることは、素人目にもありありと分かるものだった。
「ところでエミよ。
入国の件じゃが、わしが異世界人でも問題ないとはどういうことじゃ?」
「ああそれ、言ってなかったかしら、実はわたしの大祖母様って異世界人なの。神殿で相談役のお仕事をしてるのよ?」
「なんじゃと!?異世界人!?」
「うわ……ごめんなさい、やっぱ言い忘れてたんだ」
しれっと舌を出すエミだが、意図して隠していたのは見え見えだった。
実際、旅の空で何度となく大祖母様とやらの自慢話を聞いたのだが、異世界人だなんて一言も言わなかったのだから。
わざわざ隠していた?何故?
盛大にいやな予感がして、ウエストはエミをまじまじと見た。
「なあエミよ」
「なに?」
「今思うにそなた、最初からわしに逃げられるという考えが全然なかったように思うのだが……それはつまり、もしやその、異世界人の大祖母様とやらのせいなのか?」
「んー、それは違うよぉ」
「では、なぜ隠した?」
「そりゃあ……異世界人の血族なんて言ったら、嫌がられるんじゃないかって。
最初はウエストのこと、異世界人かなあって思っても確信なかったし」
「……そうか」
異世界人はこの世界では超人的扱いだが、それは化け物扱いということでもある。
そう言われたら、ウエストには何も言えなかった。
「しかしま、だったらそうだと言えばよいのに。仕方のないやつだ」
「ごめんなさあい」
「やれやれ」
ウエストはためいきをついた。
「そういえばエミ、そのご自慢の異世界の大祖母様じゃが、名はなんという?
これから聖国にはいるわけじゃし問題あるまい。そろそろ教えてくれるかの?」
「名前?どうして?」
「そりゃあ、ちゃんと責任をとるつもりだからじゃ。その大祖母様こそ事実上、そなたの保護者であり育ての母なのじゃろう?」
「!」
エミの目が丸くなった。
「なんじゃ、イヤなのか?」
「嫌じゃない!ないけど……いいの?」
「よくなけりゃ、元聖女の身内なんでややこしい娘に手などださぬわ」
「そっか」
ウエストはもう、エミを手放すなど考えもつかなかった。
彼女は素晴らしい。パートナーとしても有能だし気も合う。
行きがかりで始まった関係ではあるのだけど、彼はしっかりと責任とる気まんまんだった。
……エミの口から、保護者の名を聞く瞬間までは。
「うん、あのね。大祖母様は『シオリ・タカツカサ』っていうの!」
「……な、なに?」
ぽかーんとした顔でエミを見るウエスト。
「すまんエミ、もういちど言ってくれぬか?」
「うん。シオリ・タカツカサ。わたしの大好きな大お祖母様だよ!」
「……」
「ウエスト?」
「まさか……ウソじゃろう?
鷹司栞……お嬢?まさか……まさか!」
まさかという顔でエミを見たウエスト。
しかし、エミは困ったように苦笑する。
「うん、たぶんだけど……大祖母様、ウエストの……そうだと思う」
「エミ、お前」
「?」
「おまえ……いつから気づいておった?」
「んー……ウエストの話を聞いてたら、大祖母様の昔話といろいろ一緒だったし。
ねえ、ウエスト。
大祖母様の昔話にでてくる『オウシュウのオオオジサマ』って、ウエストのことじゃないの?」
「……」
「大当たり?」
「……」
冗談だろ。
さすがのウエストも血の気が引いた。
ちなみに孫姪の玄孫ともなると、さすがに直系と違って近親扱いにはならない。だからその点の問題はないだろう。異世界ということもあり、結婚の問題はあるまい。
まあ寿命の問題があり、地球ではそもそも成立しない組み合わせだが。
だがウエストが引いたのはそこではない。
だってそうだろう。
かつて、自分がおしめを取り換えた女の子の子孫に手を出してしまったのだから。
たとえ法的に問題なかろうと、やっちまった感でいっぱいいっぱい。
しかも、もう後に引けない関係。
さすがのウエストも冷や汗ものだった。
「エミ、悪いが急用が」
「さ、いよいよ国境だよ?がんばろうね!」
「まてエミ、そなた最初から狙っておったな!?」
「ウエスト、大お祖母様から逃げるんだ……わたしを捨てるんだ……」
「……」
「さ、いこ?」
「……ああもう、わかったわい!」
「♪」
がっくりとうなだれ、エミにヨシヨシと慰められるウエスト。
その姿はどこか、罠にひっかかった動物を思わせるものだった。
二日後。
聖国のとある神殿の一角で、異世界語の悲鳴が聞こえていたという……。
ちなみにエミのフルネームは、エミ・タカツカサ・シターヴァ。
そう。
最後までフルネームを教えなかったことといい、捕まえる気まんまんのエミ嬢でした。




