魔石とトンネル
「ほら、心臓ってずーっと脈打ち続けてるでしょう?」
「そりゃまあ」
当たり前だわな。
「いくら魔力で長生きできるっていっても、動物であるかぎりいつか限界がくるんだって。で、肉体的に治しきれなくなった部分は、少しづつ魔で、つまり精霊分と魔力で埋め合わせていくの。
だけど、パパ?精霊分って濃すぎると毒になるって言ったでしょ?」
「おう」
「だから、ちょっとした怪我なんかには使われない。そのままだと死んじゃう部分、重要臓器を中心に補修は行われるわけ。
で、その重要臓器が人族の場合は心臓、脳、そして目なんだって」
「……そうか」
地球でも、年寄りはその3つが特にやられやすい。一生酷使する器官だしなあ。
「構造的に無理の生じた器官は、まず精霊分と魔力でむりやり埋め合わせるんだよ。そしてそのあと、生体として治るものならゆっくり治っていくんだけど……」
「自力で治せない部分はそのままになると?」
「うん」
昔、脳梗塞やった親戚の断層撮影を見たことがある。やったのは40年も昔らしいけど、脳には40年前の穴が今もあいてた。
でも、もしあれが自然治癒するとしたら?
凄いもんだな。
「あたりまえだけど、精霊分や魔力で埋め合わせられないほどのダメージを受けちゃったら死ぬよ?」
「だな」
「うん」
アイリスはうなづいた。
「それと、精霊分や魔力の豊富な人が外から埋め合わせる方法もあるよ?ただ、魔族やドワーフならともかく、相手が人間族の場合はおすすめしないけどね?」
「なぜだ?」
「人間族は体内にほとんど精霊分がないもの。そこに、命を左右するほどの量をながしこんだら?」
「……あー、毒か」
「うん。それに生き延びたとしても、瀕死から救うような治療を精霊分でやっちゃったら、まず確実に種族変化の引き金になるよ。本人が無事でも子供は確実に変わっちゃう」
なるほどな。
「魔石の話に戻るけど。
心臓は特に動きの激しい臓器でしょ?だから何度も壊れて修復を繰り返した結果、心臓はべつのものに変わってしまうんだよ。脈うつことをやめて、魔力で血液を循環されるためのシステムに切り替わるの」
なんか、俺の母を思い出す話だった。
母は何度も心筋梗塞をやり、度重なるステント治療で、晩年の彼女の心臓はボロボロだった。
もし地球に精霊分と魔力があったら、母は……?
「パパ?」
「ああいや、すまん」
頭をふって思考を戻した。
「壊れた心臓を埋め合わせて構造変更……それが魔石ってことか」
「それだけじゃないよ。
人間の身体で深海での水中活動に耐える水棲人もそうだけど、その身体には高濃度の精霊分があるわけ。
で、人間族はその死体から精霊分を石化というかたちで取り出せるんだって」
「……」
本当、ひどいを通り越してるな。
けど。
人間からそんなものがとれて、それが価値をもつというのなら……。
それはもう、同じ人間を資源として狩るってことだ。爪牙を狙って象を狩る考えそのものだ。
その是非そのものについては今は問うまい、今のところ俺はただの異邦人だからな。
だけど。
「アイリスの説明通りなら、俺は絶対人間族の仲間になれないだろうな」
「そうなの?」
「ああ」
正しくは……なりたくない。
同じ人間を象牙のように狩る?おぞましいにも程がある。
でも、俺にはある意味理解できる気がした。
日本にいた俺。アイリスに警告されるくらい、生死や血肉を直接見られなかった俺。
でも、そんな俺でも魚を釣ったらどうしてた?そう、普通にさばいて食ってた。
どうしてだ?
魚は人間ではなく、昔の俺にとっても捕食対象だったからだ。
ならば同じ人を魚、せいぜい牛馬程度にしか認識しなかったら?
だったら気持ちはわからないでもないと思う。
でも、共存は絶対不可能だわ。
だってそうだろ?
君がもし魚だとして、釣り師や漁師と仲良くできるか?
君がもし牛だとして、屠殺場の人間たちと仲良くできるか?
俺には無理だ。絶対。
「アイリス」
「ん?」
「陸路前提で移動ルートを探してくれるか?」
「陸路?行き先は?」
「とりあえず中央大陸以外でいい。人間族の危険の少ないとこかな?
あと、人間族以外の人たちと接触してみたいけど、言葉をどうするかな?」
アイリスが殺した人間たち、全然知らない言葉喋ってたしな。
「わかった。言葉はグランドマスターに問い合わせるからちょっと待って」
「おう、たのむ」
「ルートは南大陸いきがおすすめかな?想定されるルートで一番遠いし、行くなら急がなくちゃだけど」
ほう。
「そのココロは?」
「これを見て」
そう言うとタブレットを机上に置いて、俺にもわかるようにクルッと回した。
「中央大陸南端部がこっち、で、これが南大陸ね。海峡がこれなんだけど。パパこれわかる?」
「……おいまさか、海底トンネルかこれ?」
海峡の部分に二重の点線がある。見まごう事なきトンネルのマークだった。
でもまさか。
ここ異世界だぞ?
「ご名答。千年以上の大昔に使われていた海底トンネルの遺構なんだけど、今もまだ通れるんだって」
おいおい……。
「すげえ長さだぞ。50キロ以上ねえか?」
「その単位だと70キロ以上だって」
70以上って……青函トンネルと大差ないじゃねえか!
「まさかと思うが、これを使おうって話か?」
「そうだけど……どうしたの?」
どうしたもこうしたもねえよ。
「無茶だ、いくらなんでも危険すぎる」
「そうなの?でも隊商とか通ってるよ?」
まじかよ。
でも、それっていうと。
「アイリス」
「なに?」
「そのトンネル、遺構じゃねえだろ?誰か管理してるな?」
「え?なんで?」
ああ、知らんぷりしやがったな?
そうか、そうくるならこっちも考えがあるぞ。
「俺は専門知識こそないけどな、日本じゃこのキャリバン号でいろいろ出かけるのが好きでな。
昔は走り回るだけだったんだけど、近年は人間の作った古い構造物も好きになったんだ。
その中に隧道、すなわち古いトンネルがあるんだけど」
「!」
え、という声が聞こえた気がした。
「俺の記憶を探ったのに、気づかなかったか?」
「……現象?を見るのは簡単だけど、パパの『気持ち』まではわからないよぅ」
そうか。記録は見えても心の機微までわからない、か?
まぁ、アイリスもあのドラゴン氏の眷属だもんな。ヒトガタをしていてもドラゴンはドラゴンってことかもしれないな。
「まあ、それはいい、トンネルに話を戻すぞ。
俺はこの世界のトンネルを知らん。だから、どういう技術で、どういう設計で作られているかわからんから、大間違いをしているのかもしれない。
ただ、わかるのはひとつだけだ。
海底トンネルってことは、どっちの岸から見ても、トンネル本体は海面下にある。つまり、出入り口よりトンネル本体は低い。そうだろ?」
「うん」
「そして、そのトンネルは千年使われてる。そうだよな?」
「うん」
「だったらさ。少なくともトンネル内部から水やホコリを排出する機構がないと破綻するはずだと思う。
どうだろう、俺の考えはおかしいかな?」
「……」
アイリスはしばらく困っていたが、やがてウンと大きくうなづいた。
「アイリスの負けだよ。パパのいう通り、トンネルは生きてる」
「生きてる?」
「昔、一度中央部で破壊されたらしいんだけど。植物系の大型の魔物がトンネルを補強する形でとりついて、そのまま今も事実上の管理状態になってるんだよ」
「ほう……」
魔物が管理する海底トンネル……常識もへったくれもねえな、さすが異世界か。
「パパ」
「ん?」
「ヘッタクレってなに?」
「ああ、それは『減った|クレ(KURE)5ー56』といって……」
「……なにそれ?」
「あーいやごめん、ただの妄言だ」
アイリスに5-56ネタが通じるわけないわな、やばいやばい。
「それでパパ、結局南大陸に行くの?」
「そのトンネルなんだが、通れるんだな?」
「うん」
「キャリバン号も通れるのか?」
「魔獣車が対向ですれ違いできるって」
ほう?
「魔獣車の幅、わかるか?」
「えっとねぇ……はい、これ」
タブレットの画面を見せてくれた。
「へえ、普通車くらいあるのか。そうだ、海底トンネルの情報あるか?」
「んー、これかな?」
「どれどれ……ムラク道?」
見せられたデータは、ちょっと興味深いものだった。
『ムラク道』
かつて中央大陸の帝国首都から、南極大陸のコフィン市までを一本の道で繋いでいた巨大ハイウェイ。現在残っているのは中央大陸側が歴史的経緯ですべて破壊されたので、北ジーハン市街外れから海底トンネルを通過し、南極大陸、「氷の最果てバリコフィン」市の市庁前までの約2331キロである。
ただし一般には南大陸以降の道は単にハイウェイと認識されており、ムラク道の名が残っているのは海底トンネル部のみとなっている。
なお、海底トンネル部は鉄道として再利用されていた時代もあり、複線の線路が引かれていた跡が今も残っている。またそれゆえに幅広く平坦で、現在使われている魔獣車や馬車で利用できないものはほとんど存在しない。
鉄道トンネルとして使われた時代もあるのか、なるほどなあ。
「通れそうだな」
「そう?」
「ああ」
しばし資料を見て覚悟を決めた。
「よしアイリス、南大陸にいってみよう。悪いが案内頼む」
「わかった!」
そういうと、アイリスはにっこり笑った。




